第43話
「帰ったら土産話を聞かせてあげるから大人しく寝てなさいよ」
「また具合が悪くなったら無理しないでお母さんに言ってね?」
「じゃあ、夕ちゃん。私たちそろそろ行くね?」
「うん。分かった、皆ありがとう。行ってらっしゃい」
週末。
遠足に向かう姉妹達を玄関で見送った私は、彼女達の後ろ姿がすっかり見えなくなったところで、扉を閉め、自室に向かって歩みを進めた。
あれから二日たって、熱はすっかり下がってるし、現にこうして見送り出来るほど体力だって戻ってきた。すぐにでも普通の生活に戻れるくらいには回復したはずだ。
だが、予め告げられていた通り、遠足は断念せざるをえなかった。
一応親に行かせて貰えるよう頼んでみたのだけど、説得することが出来なかったのだ。
残念だが、仕方がないことだろう。
と、頭の中では理解できていても、モヤモヤが少し残る。
遠足に行けなかったと思うのではなく、一日ゴロゴロ出来る権利を手に入れた、と思うことにしよう……。うん、そうしよう……。
よし! 部屋に戻ったらゴロゴロ満喫するぞ!!!
「あっ、夕立。ちょうどよかった」
「……ん? 何、お母さん」
「ちょっと来てくれる?」
そんな風に自分の気持ちに区切りをつけていると、廊下で母に出会した。
手招きしている母の所に駆け寄って……何故か手首を強く掴まれた。
「あの、お母さん?」
「これちょっと着けてくれるかしら?」
そう言って母が掴んでないもう片方の手で取り出したのは……。
猫耳のカチューシャ。
「……」
いや、まて。ツッコミが追い付かない。まずそもそも何故そんなものを持っている。
「あの……お母さん?」
「絶対可愛いと思うのよね。あっ、あとコレも」
追加で差し出される謎の尻尾。
あの……お母様…………? 何でそのようなものを……?
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、いかんせん。手首を掴まられている状態。逃げ出せない。
「うーん。寝間着には合わないから服も着替えましょうか」
現れたのは、フリルの付いたミニスカート……。そして胸元に大きなリボンが付いたブラウス……!
「ッ!!?」
「あら、夕立。何逃げようとしてるの?」
母の手を振りほどこうとしたのだが、まるで万力で掴まれているかのように、何をやっても振りほどくことが出来ない。
こうなったら、もう私が取れる術は一つだった。
「……勘弁してください」
完全なる屈伏。
「ダーメ」
しかし、それは無情にも聞き届けられることはなかった。
き、気を取り直して。
あれから謎のコスプレを終え、満足したのか母から解放された私は、部屋に戻るやいなやベッドに飛び込んだ。
ベッドのモフモフとした柔らかさを時間にして五分弱。充分に堪能すると、ヘッドホンを装着する。
何かを忘れたいときには音楽を聞くのが一番だ。
だから今日はいつものように無音ではなく、クラシック音楽を流した。
「……たまにはクラシックもいいな……ふわぁ……」
転がりながら音楽を聴いていると瞼が重くなってきた。心地好い音色の所為だろうか。瞬きの回数が知らず知らず増えていく。
寝てしまったらゴロゴロを実感できる時間が減ってしまうので少しの間耐えていたが、もう限界だ……。
「…………ギブ……」
今世はスペックは前世より圧倒的に優れているものの睡魔には滅法弱いらしかった。
◇
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、奏時。あなたに見せたいものがあるのよ」
帰宅した僕は、手招きする母さんに釣られ。
「? 何でしょう……おおおお!?!? ご、ごほん……し、失礼。母さん、この写真は一体……!?」
猫耳姿の夕立が映った一枚の写真にすっかり目を奪われた。
写真に釘付けの僕に、母さんは横から経緯を説明してくれる。
「ちょっと暇だったからね。ほら、夕立。あまり可愛い服着たがらないじゃない? だから今日は強引に着せ替えてみたのよ。可愛いでしょ?」
はい可愛いです。めちゃ可愛いです。
しかし、それを親の前で即答できるわけがなく、代わりの言葉を何とか捻り出した。
「……ま、まぁ夕立にしては可愛いですね…」
「写真が欲しがったらあげるけど……どうする?」
勿論貰います。
「い、一応貰っときます! ええ、一応! め、珍しいので」
「ええ、あげるわ。はい」
「ありがとうございます! では僕はこれで!」
早く夕立の写真をじっくりと見たくて僕は急いで自室へと向かった。道中スキップを踏むような足どりになってしまったことは仕方がないことだろう。
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