第42話

 ――体がダルい。


 強烈な違和感を覚え、起き上がった私はグニャリと歪む視界。頭痛。全身に広がる関節の痛みに、ハッとして、手のひらを額に当てた。


 それは推測から確信へと変わった。


「あー、あー……うん。風邪かな……」


 触ってみた感じ、結構熱はあるっぽい。38℃くらいだろうか。声もかすれている。


 原因はおそらく、ずっと続いていた緊張状態から解放されたからなのだろう。

 緊張が緩んだときに体調を崩すのは前世ではよくあったことだが、今世で体調を崩したのは初めてだ。



「……とりあえず着替えるか」


 目だけを動かし時計を見ると、もう朝食の時間に差し掛かろうとしていた。

 私はじんわりと痺れのある身体を起こし、寝間着を脱ごうとして。


「これ……無理だ…………」


 再び仰向けでベッドに倒れ込んだ。


 前世の時は熱があっても気にせず出勤できるほど動けていたはずなのに、今は「体が石になったのでは」と思うほどに動かない。

 だんだんと頭痛も悪化して酷くなっている。


 どうするっかな。コレ……


「夕ちゃん! 起きて! もうご飯だよー」


 天井を見上げたままぼんやりしていると、私が寝坊していると思ったのか、扉の向こうから朝日のそんな声が聞こえた。


「ごめん……いま無理……」


 しかし、当然かすれかすれになっている私の声は聞こえていないようで、やがてガチャリと外側から解錠される音がして、朝日が部屋に入ってきた。


「夕ちゃん、ご飯…………?え、大丈夫?」

「大丈夫……じゃないかも……喋るのもダルい。悪いけど……父さんと母さんを……呼んできてくれる……?」

「う、うん。わかった……待ってて。すぐ呼んでくる」


 父と母はすぐにやって来た。その後ろから兄姉妹達も心配そうに私の様子を伺っていた。


「夕立、大丈夫か? 今熱を測るからな」


 そう言って父は私のおでこに体温計を当てる。体温計は十秒ほどで測定完了を告げる音を鳴らし、私の体温を表示してみせた。

 

「38度7分ね……。あなた、医者を呼んできてくれる? 私が夕立を看ておくわ」

「分かった」

「ほら、あなた達も。早く朝食を取って学校へ行ってきなさい」

「……分かりました」


 母は父や兄姉妹達にテキパキと指示を出すと、私の頭を撫でた。

 どこか懐かしくて心の底から落ち着く。これが母の安心感ってやつなのか。


「夕立は寝てなさい。目を閉じて、ね?」

「うん………………」


 元よりダルかった私の身体は目を閉じるとすぐに意識を手放した。







 結局私は風邪だったらしい。

 目覚めると、ずっと看病してくれていたのだろう。すぐそばにいた母からそう聞かされた。

 すっかり日が落ちて暗くなるまで眠っていたが、熱はまだ完全に下がりきっていないようなので、念のためと言うことで今週は学校を休むことになった。


 ……つまり、週末にある遠足が行けなくなったのだ。


 今年の遠足の行き先は誰もが一度はテレビのCMで耳にしたことがある有名どころの動物園で、少し楽しみにしていたのだが、残念だ。




「母さん、ご飯食べてきてください。僕が代わりに見ておきますので」


 夕食の時間になると、奏時がおじやを持って私の部屋を訪れてきてくれた。


「ちゃんとマスクを付けてね。夕立、ちょっとご飯食べて来るわね」


 母は奏時の言葉に頷くと、そのまま入れ替わるようにして部屋を出ていった。


「よし。じゃあ夕。ご飯は食べられるかい?」

「ああ……」


 朝から何も食べてないにも関わらず食欲は余りなかったが、胃に何か入れておいた方がいいと考え、頷く。


 すると奏時がスプーンでおじやを掬い、私の目の前に持ってきた。


「ほら、夕。口を開けて」


 え、嘘だろ……。あ、あーんをやれと?

 確かにまだ身体に痺れがあって自分では食べれそうにないが……え、マジで……?


「? ……あぁ、そうか。ごめん、配慮が抜けてたな。ふーっ……ふーっ……」

「ちょ、ちょっと待てぇ!!」


 別に熱くて食べられないから固まってた訳じゃないっ!! 息を吹き掛けるのはやめろ!!


 私は慌てて奏時を止めさせると、差し出されたおじやを口に含んだ。


 あーんは恥ずかしいが……下手に時間をかければさっきみたいなことに成りかねん。


 差し出されたらすぐ食べる。差し出されたらすぐ食べる。


 そんな攻防戦がおじやが無くなるまで行われた。

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