第34話 閑話
オレが西四辻家の令嬢を知ったのは入学式の一週間前のことだった。
「天城院と西四辻には決して無礼のないようにしろ。お前と同級生になるかもしれん」
きっかけは父の言葉。父が自分に干渉してくるなんて珍しい。
それはそうと、西四辻?
天城院の二女がオレと同世代なのは知っていた。何度か社交パーティーで会ったことがあり知人関係だ。
だが、西四辻に同世代の子がいるなんて聞いたことがない。
そもそも西四辻はパーティーに参加することはないので情報がなかった。
だから興味が湧いた。性別は女らしいので、天城院の二女みたいな傲慢な女だろうか、それとも長女みたいなフレンドリーの女だろうか……。
しかし、西四辻はそんなオレの想像を易々と越えてきた。
「同じ顔が……四人!?」
人の顔を見て驚くなんて無礼極まりないが、気付けばオレはそんな事を口走っていた。
まさか、四つ子なんて……。想像できる方がおかしい。
一応、冷静に対処できる様に、あらゆる場合を想定してきたのだが―――
「軽々と越えてきたな……」
やはり三大資産家の血筋はオレの想定を越えてくるか。
初めて天城院の令嬢に会った日を思い出すな……。
父のあんぐり口を開けた姿を横目に、オレの口角は確かに上がっていた。
これは良い暇潰しになりそうだ、と。
入学式が終わるとクラスが発表される。
三年間クラス替えが無いそうなので、交友のある人と同じクラスになれますようにと、緊張している生徒もチラホラいた。
「馬鹿馬鹿しい」
思わず小言が漏れる。それもそのはず、オレにはクラスなど何の意味もないのだから。
『有力な家以外と関わりを持つな』
父から事前に言われていたもう一つの忠告だ。
曰く、おこぼれを狙う害獣を追い払うためだとか。
だけど、そんな事を言われても、どの家が有力なのかなんて分かるはずがない。
めんどくさいな…………もういっそ関わり持つの止めるか。
なんて考えてるうちに自己紹介が回ってきたのでチャンスとばかりに宣言をした。
「えー。オレは桜小路宵凪です。馴れ合うつもりはないので近寄るな。以上」
ただそれだけ。が、聞いている方はそれだけで充分だったらしく、オレの周りに寄り付こうとする人はいなくなった。
なんだか寂しい気もしたが、害獣が寄ってくるよりはマシだ。
オレの自己紹介を聞いて担任の先生は困ったように眉を八の字にしている。
すまない。先生。まぁ、オレよりひどい自己紹介は多分ないから安心してくれ。
「西四辻夜瑠よ。私も人と関わりを持つ気はないから。休み時間とか話しかけないでね。私の唯一の楽しみを邪魔したら絶対に許さないから」
前言を撤回する必要がありそうだ、と思った。
オレと同じクラスメイトになった四つ子の一人、夜瑠さんは常につまらなさそうな顔をしていた。座学を受けているときも体を動かしているときもその表情は変わらない。ぼおっとどこかを見ていた。
いつ何時もつまらなさそうにしている彼女。だが、休み時間だけは例外だった。
彼女の姉達が訪ねてくるのだ。
「おーい! 夜瑠ー?」
「やっときた! 遅いじゃない!」
「仕方ないだろ……」
パアッと花のように満面の笑みを浮かべる夜瑠さん。
楽しそうに話す彼女の表情には、普段のツンツンとしたものは一切なく、いかにも普通の女の子に見えた。
そんな夜瑠さんと初めて会話したのは遠足の時だった。
クラスで孤立しているオレと夜瑠さんは、余り物同士とバスの席で一緒になったのだ。
せめて挨拶程度はしておくか。どうせ無視されるだろうけど。
彼女は姉達以外にまるで興味を示さない。だからそう思ったのだが。
驚いたことに、軽く挨拶をすると丁寧な挨拶が返ってきた。
それどころか適当な雑談をしても返してくる。
あれ?この人、ホントに夜瑠さんか?
普段とあまりにも雰囲気が違いすぎる。
そういえば、夜瑠さんは四つ子だ。もしかして誰かと入れ替わっているとか?
鎌を掛けてみるつもりで言ってみたら、目が凄い泳いだ。ええっと……マジなのか。ひとまず気づいてないフリをしたが……、ちょっと頭の整理が追い付かない。一体誰と入れ替わっているんだ……?
これは何としても見抜く方法を習得しなければ。
何もなかった学園生活に目標が出来た瞬間だった。
そしてこの日からオレは夜瑠さんと少しずつ雑談を交わせる仲になっていった。
時は進んで十二月。
「宵凪! これを西四辻の令嬢に渡してくれ! 仲が良いんだろう?」
不意に呼び止められ父に渡されたのは一通の封筒だった。
オレは郵便じゃない、と舌打ちしたい気分になる。
「……これは?」
「今年のクリスマスパーティーの招待状だ。宵凪も仲良くしてもらってると聞くし、是非とも西四辻家とは付き合いを深くしたい」
抑えきれず内心舌打ちをする。やはり夜瑠さんのことを話したのは不味かったか。
要はこの狸親父はオレをパイプに西四辻家と交流を取ろうとしているのだ。道具に使われてると分かっててイラつかないはずがなかった。
だけど、ここで断ったら余計にめんどくさいことになるのは目に見えている。
二つ返事でOKする以外オレに選択肢はなかった。
そしてクリスマスの日。
夜瑠さんと一曲ダンスを踊ったあと、オレは部屋に戻る途中で顔面蒼白で母と話している父を見た。
聞き耳を立てると、とんでもないことがわかった。
どうやらこの狸親父。サラッとオレと夜瑠さんを婚約者にしようと画策していたらしい。だが、言葉選びを間違ったようで西四辻の逆鱗に触れてしまい、西四辻が席を立ったことにより話し合いは終了。成果を得られるどころかギスギスした関係になってしまったのだとか。
……聞かなかったことにしよう。
面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだとその日はすぐに寝た。
そんなオレが遂に四つ子を完全に見分けれるようになったのは二年生の運動会の三日前のことだった。完全にと言うのは、髪型が同じでも、と言うことだ。夏休み明け髪型が変わっていたから普通に見分けるのは容易になっていた。
その日もオレは雑談を交わしながら、夜瑠さんのその宝石のような綺麗な瞳を眺めていたら、偶然朝日さんが教室にやって来た。
その時に知ったのだ。
一見同じ瞳だが、光の指し方が違うと。
それは角度の問題とかじゃなく、もっと何て言うか特徴的で、多分感覚的に違いを捉えてるのだろうと思った。
そして三日後の運動会。
オレはこの日、夕立さんと真昼さんの瞳を覚えた。
これでこの四つ子が今後入れ替わってもすぐ誰だか判別することができる……。さぁ、いつでも入れ替わってみろ。
そんな事を考えていたからか、リレーでは負けてしまった。
……別に悔しくなんかないけど。
とりあえず来年は絶対勝つからな?
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