第32話

「あの四つ子が髪の毛切ったんだってー」

「ほんとだ、みんな違う髪型になってる」

「夕立ちゃんだけ変わってなくない?」

「だけどこれで見分けれるようになったな」


 夏休みが終わると、二年生の間では私たちの話題が持ちきりになった。

 まぁ、髪の毛を切る前の私たちは下準備なしで入れ替わっても気づかれないほど、そっくりだったからな。誰でも安易に見分けれるようになったことは良いことだと思う。


 人の噂も七十五日。私たちのことが話題にされるのは少し照れ臭いが、七十五日間の辛抱だと思えば我慢ができた。

 実際はそんなにも長くは続かなかったが。


 秋の恒例行事である運動会がやって来たのだ。一年に一度しかない運動会。

 話題はすぐに私たちから運動会へと入れ替わった。






 場所は教室、時間はホームルーム。

 いつもなら集会とかに回される時間だが、本日は運動会の選手決めの時間になっていた。


「―――じゃあ玉入れは以上の十名ですね。しっかり頼みますよ」

 

 選手決めもいよいよ本題。大玉転がしや玉入れといった前戯の選手決めが終わり、運動会の華である五十メートルやクラス対抗リレーの選手選考が行われる。


「―――まずは五十メートルですね」


 来た。


 私は静かに挙手をした。


 私は知っていた。運動会の種目で最も楽なのは五十メートル走なのだと。

 なぜなら、言うまでもなく五十メートル走は五十メートルを走るだけの種目だ。実質労働時間は十秒にも満たない。つまり十秒頑張れば終わる。これ以上楽な種目があるだろうか。いやない。

 欠点があるとしたら、足が遅いと恥をかく、ということだろう。


 だから私は前世、一番楽な種目は五十メートルと知っていたながらも五十メートル走を全力で避けていた。だが、足が速い今世では遠慮することもない。

 去年同様今年も五十メートルに参加する、つもりだった。


「異議あり!」


 そんな声が響くまでは。

 声をあげたのは真昼だった。真昼は軽く椅子を引いてから立ち上がったかと思うと、私に笑顔を向けた。


「ねぇ、夕ちゃん。去年、言ったよね?一緒に走るって。だったらリレーの方が良いんじゃないかな?」

「え、いや……」


 リレーは一人百メートル。五十メートルの倍である。しかし、その疲労は倍以上……。うん、フツーに嫌なんだが……。


「そ、そういうのは朝日と夜瑠に相談してから―――」

「うん。大丈夫だよ。朝ちゃんも夜瑠ちゃんもリレーに出るから、一緒にがんばろうね!夕ちゃん!」

「あ、うん……」


 必死の一手も読まれていたようで、間髪いれずこの有り様である。これに頷く以外何を返せばいいと言うのか。

 せめて、周りが反対してくれればなんとかなるのだが。


「うん。真昼さんも夕立さんも足が速いですからね。納得の人選ですわ」

「となれば、あと二人だな」


 なんて会話があったくらいで、反対意見は特になかった。


「じゃあ西四辻さんは二人ともリレーで決定ですね」

「はい!」

「……はい」


 こうして私がリレーに駆り出されることは決定した。

 あぁ、しんどい。

 顔をあげてるのもダルくなって私は机に突っ伏せた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 わたしは嫌な子です。


 最近それをよく実感します。


 "すぐに頼ってしまわないように"


 これはわたしが髪型を変えるにあたって、朝ちゃんや夜瑠ちゃんに言った言葉です。


 ううん、こんな理由は建前。


 後付けにすぎません。


 わたしはただ、夕ちゃんに頼る姉妹の姿が見たくなかっただけ。


 それは夕ちゃんを困らせたくないから、なんて理由ではなく、わたしが頼られていない、そんな現状が嫌だったから。


 わたしではなく夕ちゃんが頼られている光景を見るのが嫌だったから。


 そんな、自分勝手な理由です。


 わたしは、妹ながらにわたし以上に頼られている、夕ちゃんに嫉妬していたのです。



 私は嫌な子。


 だけど。


 ふと顔を上げると、机に突っ伏せた夕ちゃんの姿が目に入りました。


 夕ちゃんは優しい子です。


 わたしのワガママにも、多少文句は言いますが最後は折れて乗ってくれます。


 そんな夕ちゃんは、きっとこんなわたしでも、笑顔で助けてくれるでしょう。


 でも、それじゃあダメなのです。


 敵わないとは知っています。


 だけど、それでもわたしは夕ちゃんの隣に立ちたい。


 姉として、頼られたい。


 だからこそ、私は夕ちゃんを頼ってはダメなのです。


 頼ったらそこで終わってしまうような気がするから。


 わたし一人で、何でもこなせるようにならなければ。


 わたし、一人で。

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