第31話
どうやら父が渡してくれたお土産はバリ島にいる間ちらほら見かけたクソダサ―――ちょっと個性的な仮面だったらしく、あの後すぐに母に呼び止められ、引き取られると同時にクッキー缶を渡された。
……いるんだよな。お土産に意味のわからない仮面とか買う人。前世の職場の課長もそうだったわ。旅行行ってきては、現地の変な置物をお土産として社員に配ってた。
ぶっちゃけ、そんなもの貰っても置き場に困るから要らねぇし、そもそも旅行行く暇があるなら休暇寄越せってイライラしてたのを今でも覚えている。
だけど、まさか父が課長と同じタイプの人間だとは思わなかった。
本当にお土産がゴミ……ゴ土産だと気づいてくれた母には頭が上がらない。
あんな仮面をお土産として渡していたらどうなっていたか。想像するだけでも恐ろしい。
最近ようやく縮んできた友人との距離がまた遠くなるところだった。
まぁ、これでお土産問題も解消したことだし、次は朝日達を対処しないとな。
朝日達はきっとまだ私の部屋にいるだろう。
私はその対処法を考えながら、自室へと足を踏み入れた。
「あれ?……誰もいない。おーい、朝日? 夜瑠? 真昼ー?」
しかし、自室には人の影一つなく、呼び掛けてみたが返事は返ってこない。クローゼットを開けてみたが、誰もいない。他に隠れる場所もないし、完全に部屋には存在しないと受け取っていいのだろう。
別れ際の様子からしててっきりまだいるかと思っていたが、どこかに遊びに行ったのかな。
「……まぁいいか」
少し思慮を巡らせていたが、別に何があったかなんていつでも聞けるし、下手な推測をするのは時間の無駄と考え、途中でバッサリ切り捨てる。
何にせよ、今ここに三人がいないこと。それは揺るぎない事実だ。ならば、グータラする以外にやることはない。
私は素早く扉に鍵を閉めると、ヘッドホンを装着してベッドに飛び込んだ。
ガチャガンガンガン。
扉を強引に開けるような音が音楽の向こうから聞こえ、何事かと視線を上げる。
「あ、やべ……」
視界に映った時計の針は七を指しており、夕食の時間を告げていた。慌てて音楽を止めヘッドホンを外すと、私を呼びに来たのだろう。先程までは聞こえなかった真昼の声が耳に届き始める。
急いで解錠し扉を開けるとそこには膨れっ面の真昼が立っていた。
「悪い、音楽聞いてて気づかなかった……ってお前……それ……」
「どう? 似合ってる?」
真昼の白い手から、肩までの長さになった黒い髪がこぼれる。
真昼の髪型は変わっていた。
「ああ、似合ってるよ。にしても、大分切ったな。……よく母さんが許してくれたな」
「いつまでもみんな同じ髪型じゃ友達に覚えてもらえないよ~って言ったらすぐだったよ。朝ちゃんも夜瑠ちゃんも切ったんだよ」
私は背まで届く自分の髪を手でパサッと軽く払う。
母さんは女の子はロング! と言い切る人だったので、私たち姉妹は皆ロングヘアーだったのだが、今の真昼の髪型はボブ。遂に髪型変更を解禁したのか。
少し、いや大分嬉しい。
と言うのも、ロングは髪洗うのも一苦労なので、色々とめんどくさかったからだ。
私も早く真昼くらいの長さまで切りたい。
「私もそのくらいまで切ってもらお」
「あ、夕ちゃんはダメだってお母さんが言ってたよ」
「え、何で?」
「女の子らしさが欠けてるからダメなんだって」
「……」
泣きたくなってきた。
女の子らしさって何ですか。どうやったら取得できるんですか。女の子なら誰でも取得できるものじゃないんですか。もしかして生粋の女の子じゃないと取得できないとか? うん、だとしたら間違いなく私には取得は無理だな。
一生ロングかー。まっ、いいや。もう慣れてきたし。
食堂に着くと、既に家族が勢揃いしていた。
「ごめんなさい、疲れていて寝てました」
さすがに音楽聞いてて遅れた、なんて言えるわけがなく、口からデマカセ。そう謝罪すると、両親は仕方ないと笑いながら許してくれた。
「……嘘つき」
真昼が笑いながらそんなことを小声で言ってくる。仕方ないだろ。怒られるのは私だって嫌なんだ。
「夕、見なさい!」
食事が終わり部屋に戻ると、案の定姉妹たちが押し掛けてきた。
夜瑠が駆け寄ってきて、その場でクルリとターンをする。
夜瑠はセミロングになっていた。
前髪に少しパーマがかかっていて、どことなく高飛車なお嬢様感が出ている。それが夜瑠のツンとした雰囲気とマッチングしていて実によく似合っている。
「夕ちゃん、どうかな?」
対して朝日は髪の長さはそのままにヘアアレンジをしたようで、ポニーテールになっていた。いかにもスポーツ少女って感じが出ている。
「二人ともよく似合ってるよ。……ところで、何で髪型を変えようと思ったんだ?」
「いつまでも同じ髪型だと、すぐに夕ちゃんに頼ることができちゃうからだよ」
私の質問に真昼が答え、続ける。
「ただでさえ私たちは夕ちゃんに頼りっぱなしだからね。このまま頼りきってたら、きっとダメになっちゃう。だから私が二人に提案したの。入れ替わりが簡単にできなくなるように、すぐに頼っちゃわないように髪型だけでも変えようって」
「……」
私はその言葉に感動を覚えていた。
真昼がとうとう、妹離れをした。
寂しくないこともないが、嬉しさの方が強い。
この前まで感じていた真昼に対しての違和感はきっと妹離れの前兆だったのだろう。
「……真昼、ありがとう」
「ちょっ、夕ちゃん!!?」
一人立ちをする子を見送る気持ちってこんな感じなのだろうか。目頭に熱いものが込み上げてきて、私はそれを隠すように真昼に抱きついた。
それから暫し、どことなく溢れる達成感に浸っていると不意にポンっと肩を叩かれた。
振り向けば、良い笑顔をした朝日と夜瑠が、
「……じゃあ話してもらうわよ、夕!」
「そうだよ、夕ちゃん」
感動がぶち壊された。
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