第30話

 楽しい時間程過ぎ行くのは早いもので。

 一週間もあった旅行は最終日を迎えていた。


 昼過ぎには帰国する予定なので、本日はどこも観光をしない。まだ日が出てない時間帯からホテルを立ち、一直線に空港へと向かう。


 この一週間は本当に楽しかった。


 海に行ったり、ショッピングをしたり、海に行ったり、伝統芸能を見たり、海に行ったり、海に海に海に……。

 こうして思い返してみると、ほとんど海にしか行ってない。

 日焼け止めがなかったら入浴時に大惨事になっていたことだろう。日焼け止めの存在にこんなに有り難みを覚えたのは初めてかもしれない。日焼け止め様様だ。


 なんて思い出に耽りながら歩いていると、ものの数分で空港に到着した。

 朝早くだからか人がいない。朝早くでも混雑している日本の空港とは大違いだ。


 そんなものだから、空港内は静寂に包まれていて、コツコツと自分達の足音が響く。


 行きは陽気に聞こえていた父の引きずるキャリーバックのガラガラ音がどこか虚しく感じた。




 保安検査を受けて、搭乗口に向かう。

 いよいよ帰国だ。


 椅子に座って待っていると、やがて便の到着を告げるアナウンスが流れた。


「来たな。じゃあ皆、行くぞ」


 眠たそうに目を擦る真昼の手を父がバックを持っていない片方の手で、それを見ていた母が両の手で朝日と夜瑠の手を繋ぐ。


 さっきから三人とも足元がおぼついてなかったから、転ぶ前に、との配慮だろう。

 前世の影響で眠さ耐性がずば抜けて高い私はしっかり歩けていたはずだから問題はない。


「……僕が手を繋いでやろうか?」

「遠慮しとく」


 なのに何を勘違いしたのか奏時が可哀想なものを見る表情でそんな事を提案してきたので即行断る。


「……プライドが高いと損をするよ?」

「余計なお世話だ」


 睨むと、やれやれとした顔で奏時は肩を竦めた。反抗期の子供を見るような、慈悲深い目をしている。

 衝動的に殴りたくなるが、何とか抑えて飛行機へと乗り込む。

 



「ふあぁ……案外眠くなってきたな……」


 三十分後、飛行機はバリ島を飛び立ち、私たちは再び空へと上がっていた。


 飛行機が飛んですぐ、疲れが押し寄せてきたのか、朝日、真昼、夜瑠が眠る。

 よく見たら、奏時と珍しく父と母も眠っていた。

 父の寝顔は滅多に見ることが出来ないのでレアである。しかし、レアなだけで価値はない。


 あっ、シワみっけ。少し老けたね。けど相変わらずイケメンだなぁ。

 なんて思うくらいである。それ以上の感想はない。


 現状起きているのは私だけ、か。


 首を左右に振り、機内を見渡す。ファーストクラスだからか、私たち以外の客の姿はない。

 微かな物音と、寝息だけが耳に届く。


 そんな中、しばらく窓の外を見ていたが、雲ばかりで飽きてきた。行きは興奮して見れた景だが、二度目となればつまらない。


 小さく欠伸。

 ダメだ。本気で眠くなってきた。瞬きの回数が多くなり、時間が長くなっていく。


 ……もう無理、寝る………………。


「って、ああ!!!?」


 そういえばクラスメイトにお土産頼まれてたことを今思い出した。やべ、完全に忘れてた。


「……まぁいいか…………」


 今後悔しても空を飛んでいる以上何にも出来ないし、後悔するだけ時間の無駄。

 空港の購買でそれらしいもの買っておけば何とかなるでしょ……。


 私はあっさりと意識を手離した。





「おはよう夕ちゃん、家に着いたよ?」

「……え」


 頭を揺らされ、目覚めて一番に真昼にそんなことを言われた。

 初めは頭に全く入ってこなかったが、時間が経つに連れて徐々に言葉の意味が呑み込めてくる。


「…………おっと……これ詰んだんじゃ……」


 寝て起きたら自室にいた。

 つまり、つまりだ。


 お土産が買えない……。


「さぁ、夕! あの時の話の続きをしてもらうわよ!」

「夕ちゃん!」

「悪い! 今は付き合ってられない」


 連続して現れた二人に軽く返事を返して、両親の元へと向かった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「どうしたのかしら?」

「さぁ……」

「……ちょうどいいね」

「「え?」」

「あのさ朝ちゃん、夜瑠ちゃん。話したいことがあるんだけど……」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お母さん! お父さん!!」

「夕立?」

「どうしたんだい?」


 二人はリビングにいて、荷物の仕分けをしていた。


「―――なるほどね。あなた?」

「あぁ、大丈夫だ。お土産用にいくつか物を買っておいたからな。ほら」


 事情を話すと、両親は笑顔で丁重にラッピングされたお土産を複数渡してくれた。


「ありがとう!!」


 ふぅ……首の皮一枚繋がった。

 よかったよかった。


 ところで、これ一体何なんだろう。割りと重いんだけど。

 それに、さっき朝日達に何も言わず飛び出してきちゃったんだけど、大丈夫だろうか。


 一難去ってまた一難。

 結構大きな溜め息が出た。





 その頃。


「そう言えば、夕立に何のお土産を渡したの?」

「仮面だよ」

「へ?」

「現地の仮面。ほら、伝統芸能を見たときに使われてた儀式の仮面。いいセンスしてるだろう?」

「夕立、待って! そんな変なものじゃなくて、ちゃんとしたお土産渡すから待って!」

「変なものだと!?」

「変なものでしょ!」


 ちょっとした騒ぎがリビングで起こっていた。

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