第29話
一度ホテルに帰ってシャワーを浴びてから、再びビーチへと戻る。
あのビーチはサンセットビーチとして有名らしく、夕暮れの景色を堪能しながら夕食を食べるのだとか。
なんだよ、それ。サイコーかよ。
しかし朝日達は「景色を見ながら食べる意味がわかんない。味が変わる訳でもないのに」と呟いていた。
まぁ、子供には料理と風景の関係性が分からないだろうな。私も子供の頃は理解できなかったし。
話戻って、夕食はバリ島名物のイカンバカールだ。
現地語でイカンは魚、バカールは焼くことを意味していて、意味通り新鮮な魚介類を豪快に焼いて食べる料理らしい。
話を聞くだけでも美味しそう。
初めて食べる未知の料理に期待で胸が一杯になる。
両親に続き、ビーチ沿いに並んでいた一番大きな店に入ると、ブワッとスパイスの芳ばしい香りが鼻孔をくすぐった。
匂いからして、まず期待が裏切られることはないな。これ絶対美味しいやつだ。
ワクワクしながら案内された席につく。
夕景が見渡せるようにと壁がガラス張りだ。
「お待たせしました」
少し待っていると店員さんが、焼いた魚、エビ、イカを持ってやってきた。
焼きたてなのか、皿の中でジュージューと音を立ており、一層食指をそそる。
今すぐにでもガブりつきたい。けど、まだ料理は揃っていないし、ガッつくとはしたないって怒られそう……。生殺しとか酷い……。
てか、さっきの店員。やけに日本語が流暢だったな。移住した日本人とかなのかな。
「追加でございます。以上で注文のお品は全てです。追加注文をしたいときは、店員までお声掛けをお願いします」
感情を紛らわせるため、そんな事を考えていると、先程の店員が追加料理を持ってやってきた。
想像は当たっていたようで、やはり日本人の顔立ちをしていた。
……だから何だって話だけど。
とりあえず軽く一礼して、料理に目を戻す。
テーブルの上にはロブスター二尾と飲み物が追加されていた。
大人は酒、子供はオレンジジュースの采配らしい。無難だが、本音を言うとオレンジジュースより水の方が欲しかった感がある。
オレンジジュースは好きなんだけと、ご飯の時に飲むのは、味が乱れるって言うか……、まぁ最後に飲めば良いんだけどさ。
「じゃあ料理も出揃ったことだし、食べるか」
「「「いただきます!」」」
ビーチのサンセットを眺めながら、イカンバカールを味わう。
そんな幸せな一時を過ごした。
「ねぇ、夕ちゃん。この前の入れ替わりのことで話したいことがあるんだけど……」
ホテルに戻ると、朝日が不意にそんな事を言ってきた。
今、両親と奏時は部屋にいない。何の話かしらないけど、話があるって両親に奏時が連れてかれた形だ。
だからこそ、このタイミングで話しかけてきたのだろう。入れ替わってたことがバレたら色々不味いし。
「なに?」
「あのときは詳細までは聞かなかったけどさ、常葉ちゃんに何をしたの?」
冷や汗が垂れる。
壁ドンしましたーなんて恥ずかしくて言えるか!
「……別に何も。何かあったのか?」
「常葉ちゃんの私を見る目が変なの。初めはね、私の気のせいだと思ってたんだけど。一月前にね、常葉って名前で呼ぶようにお願いされて、更にお姉様呼びされ始めて……。今じゃどこ行くにも付きまとわれてる……。ねぇ、夕ちゃん。理由知ってるよね?」
「…………」
ナニソレ知らない。
確かに壁ドンしてから、顔合わす度に赤面してたけど……。私の所為じゃない。
「何で目を逸らすの? ねぇ、夕ちゃん?」
「……」
やめて、強制的に目を合わせようとしないで。もう首曲がらないって。
誰か……助けて。
その時、祈りが届いたのか、黙って話に聞き耳を立てていた夜瑠が朝日の肩に手を置いた。
「諦めなさいよ、朝日。夕に任せたのが運の尽きよ。私だって、夕に任せたからアイツに……アイツに…………思い出しただけでもムカムカしてきたわ! 夕!!!」
いや、何でだよ。
敵が二人になった。もはやどうにもできない事態。
ち、ちくしょう。もう言うしかないのか……。
「―――」
「そこまでにしといた方が良いんじゃないかな。もうすぐお父さんとお母さんとお兄ちゃんが戻ってくるよ」
口を開き掛けた、刹那。真昼がフワァと小さく欠伸をして「ほら、微かに足音が聞こえるでしょ」と笑う。
「くっ、……この話は旅行から帰ったあとね」
「次はちゃんと話してもらうからね、夕ちゃん」
……でしょうね。
所詮はこの場凌ぎ。追及されないわけがない。
この旅行が終わるまでに、それらしい言い訳考えとかなきゃな。
「あ、真昼。さっきはありがと」
「いいよ。…………自分で解決しようとしない二人が悪いんだから」
「え? 何だって?」
いいよ、の後が小さくて何言ってるのか聞き取れなかった。何て言ったんだ?
「何でもないよ」
だが、聞き返してもその答えを知ることは出来なかった。
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