第26話

「で、一体何を見ているんですの?」


 そんな私の後悔など微塵足りとも知る余地のない天城院はクイッと首を動かし、目を丸くした。


「まぁ、可愛い! チョコロネですわね!」

「クリオネな?」


 何だチョコロネって。やけに美味しそうな名前してるじゃないか。


 反射的にツッコミを入れてしまうと、天城院の目がみるみるうちにつり上がり攻撃色へと変わっていく。

 しまったと思ったときにはもう遅い。


わたくしを誰だと思っているのかしら!天下の天城院よ! 天城院!! ちょっと同格として扱われてるからって調子に乗らないでくれる? そうだ! 良いですわ、この際ですもの! はっきりと言っておきましょうか。どれほど天城院家が優れているかってことを。まず我が天城院家は――――」


 うわぁ……また始まった。今日だけで三回目だぞ、家自慢。

 自慢してるだけならまだ許容範囲なのだが、合間合間に嫌みを混ぜてくるのが天城院クオリティ。

 その上とても目敏く、すごい! あなたはやっぱり違いますねー! と褒めても、心の底から言っていないということが何故かすぐバレる。

 前世、上司の自慢を対処してきた褒めスキルが全く通用しない。理由はたぶん褒めなれてきたからだと思う。ある意味流石、天城院だ。



「―――まぁ、今日はこの程度にしといてあげるわ。せっかくの遠足ですものね」


 時間にして五分弱自慢し続けていた天城院だったが、満足したのかその取り巻きを連れ、オホホと高笑いしながら去っていった。



「大丈夫? ごめんね、私力になってあげられなくて」


 彼女らの姿が見えなくなると、坂寺が心配そうな顔で訊いてくる。

 そういや、坂寺の家は天城院グループに所属しているから天城院相手には何も言えないって朝日が言ってたな。


 友達が絡まれているのに、自分は何も言えない。その罪悪感からか瞳にうっすらと涙の膜が張っていた。


「ぜんぜん大丈夫! 私は気にしてないし! それよりもっと色々見ようよ! ほら、あっちにイソギンチャクがいるらしいよ」


 私は坂寺の心配を払うように笑みを浮かべると、そのまま彼女の手を引いて駆け出した。

 普段の私なら絶対やらないようなことだが、朝日ならきっとこうするだろう。


「…………うん!」


 うん。小学生に泣き顔なんて似合わない。やっぱり笑顔が一番だ。

 坂寺がはにかむのを見て、そんなことを思った。






 帰りのバスの中、私はこれからのことを考えていた。

 

 今日はそれっきり天城院に絡まれることはなかったので、そこそこ遠足を楽しむことができた。


 問題は明日以降だ。

 遠足が終わったからと、天城院が大人しくなる。なんてことは絶対にない。

 これからも今日のようにネチネチと絡まれることだろう。それこそ一学期だけでなくクラスが替わる四年生まで。


 これが「私」だけだったら、めんどくさい、で終わる話だが……。「朝日」に向けられている以上、何らかの対策は必要だ。


 それに。チラと目を横に向ける。

 遠足の疲れからスヤスヤと眠っている坂寺が視界に映った。


 このままだといずれ「朝日」の友人である坂寺にもヘイトが向けられることだろう。そうなったとき、天城院グループ所属である坂寺は抵抗できるのか。今は自慢しかしてこないが、そのうちに行動がエスカレートしていきそうで怖い。


 現状維持何か生易しいことは言ってられない。

 早急に現状を打破する必要がある。行動に移さなければならない。


 決行は次に絡まれたとき。

 こちらからアクションを起こしてやる。


 私は腹を括る事を決めた。

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