第25話
こうして二年生が始まったばかりだが、もう既に最初の行事が始まろうとしていた。
この時期に行う行事と言えば一つ、遠足だ。
去年は入れ替わりを多用して、疲れた思い出しかない遠足だが、今年は宿泊するわけではなく日帰り。また夜瑠との約束もあって、朝日達と遊ぶ時間が減っているからか、姉離れ妹離れが順調に進んでいる。昔より私を頼ることも減ったし、もう入れ替わる必要もないだろう。
なんて思ってた時期が私にもありました。
青色に輝く水の中を鮮やかな色をした魚が優雅に泳ぐ。
鰯の群れがキラキラと水面を輝かせ、岩の隙間からはウツボが顔を覗かせている。
そんな神秘的な光景の中、ガラス張りの水槽に映る自分の瞳はどこか虚ろになっていた。
そう、今回の遠足の行き先は都内屈指の巨大水族館。
普段は観光地として賑わっている水族館だが、本日は二年生と引率の教員、係員以外の姿はない。
貸し切っちゃったのだ。
観光地を貸し切るとか…………。もう前世の常識は今世に通じないって考えた方が良いのかもしれない。困惑しないで済むし。
さておき。
「朝日ちゃん! はやく!」
そんな理由からして、普段の賑わいなら確実に掻き消されるであろうその声は、はっきりと私の耳に届いた。
水槽から目を離し、声をかけられた方角を見てみると、通路の突き当たりでツインテールの少女がこちらに向けて手を大きく振っていた。
彼女は朝日の友達の……さ、坂………そうそう。
「どうしたの、翔子ちゃん?」
「翔子ちゃん?」
慌てて駆け寄り謝ると、坂寺は訝しげな表情を顕にした。
何故だろう。すぐに思い当たる節は見つかった。
確か、朝日は坂寺のことを翔ちゃんって呼んでいたんだった。
言ってしまったことは覆すことができない。
なら誤魔化す他ない。
「どうしたの、翔ちゃん?」
あくまで自然体に呼び方を変えると、坂寺は先程の呼び方が聞き違いだと考えたのか、表情から訝しげさが消え、あどけない笑顔が再び浮上した。
「……ううん。なんでもないです! それより見てください!」
「おお……」
坂寺が指差していたのは、さっきまで見ていた巨大な水槽ではなく別で配置された円形の水槽。
その中を大量のクリオネがプカプカと泳いでいた。
写真では見たことはあるが、現物を見るのは初めてだ。そもそも水族館になんて行く機会ほとんどなかったわけだし。
食いつくように見ていると、目の前で泳いでいたクリオネが宙返りをした。一つ一つの動作は小さいが、何か見ていてほっこりする。
「可愛いね、朝日ちゃん」
「うん」
「あらあらあら。朝日さんじゃないですか。そんな端の方で何を見ているのですの?」
「どうせつまらないものに決まってますわ」
和やかな気持ちになっていると、唐突に甲高い声が聞こえてきた。次いで、いかにも気の強そうな女の子と、その取り巻きの女の子の姿が目に入る。
天城院家の次女でもあり、傲慢の代名詞である彼女の姿を納めた私はチッと聞こえない程度に舌打ちをした。
だってそうだろう。
こいつが、私が朝日として入れ替わることになった原因なのだから。
今回の遠足は、二回目と言うこともあって、一年時みたく二人一組ではなく四人一組のグループで回ることになっていた。
朝日は私よりも友達が多い。だからすぐに四人グループを作れたらしい。だけど、他のペアはそう上手く作れなかった。
去年一年間同じクラスとして、その傲慢な性格を近くで見続けてきた生徒達は、その取り巻きである一人を除いて、揃いに揃って天城院とグループを組むのを嫌がったのだ。
しかし、それではいくら経ってもペアが決まらないと考えた担任の先生が「決まらなければ番号順のペアにする」と言ったことで、クラス内で押し付け合いが発生。
そんな雰囲気に嫌気がさした朝日が自分から立候補、朝日を心配して坂寺が一緒に天城院グループに入ったことにより無事番号順は免れたが、プライドをひどく傷つけられた天城院はその日から朝日に強く当たるようになっていったとか。
その所為で遠足が嫌になってしまった、と昨晩、朝日の口からそんな話を聞いたとき、私は思わず口に出していた。
「ある程度落ち着くまで私が替わってあげる」
それは遠足だけではなく、長い期間、最悪一学期が終わるくらいまで入れ替わるという提案。
前世の経験でネチネチと絡まれることには慣れていた。だから大して負にもならず、軽くいなせると考えての発言だった。
朝日は、ごめんね、と呟きながらもそれを有り難く受け取ったことにより私は現在朝日として行動しているのだが。
この女、思ったよりもウザい……。
まさか入れ替わり初日でここまでストレスが溜まるとは思ってもいなかった。嫌味と自慢話しかしねぇもん。嫌われるのも無理ないわ。
前途多難。
後悔の二文字がうっすらと見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます