第23話 閑話

 僕には二つ下に四人の妹達がいる。


 妹達は世にも珍しい一卵性の四つ子で、誰が誰だか見分けがつかないほど顔が良く似ていた。

 妹達が一歳になり、初めて対面を許されたときには自分の目を疑ったものだ。

 夢を見ているんじゃないかってね。

 だけど、いくら頬をつねっても目の前の現実は変わらなかった。


 何がともあれ、僕はこの子達の兄なんだ。この子達は僕がしっかり守ってあげないと……。

 なんてことを考えた。





 妹達が三歳になった。

 その頃からだろうか。母があまり自分に構ってくれなくなったのは。

 今思えば、一気に四人の子供が増えたので自分より妹達の方へ注意が向くのは当然だと考えられるのだが、当時は激しく嫉妬したものだ。

 とにかく構って欲しくて何度も妹達の遊び部屋に乱入したりした。

 その過程でおままごとをマスターしたのは今となっては完全に黒歴史だと思う。


 そうして半ば無理やりだが遊んでいるうちに、妹達の中に一人歪な存在が混じっていることに気づき始めた。


 三女の夕立だ。


 夕立は、朝日達が夢中になっている遊びにもまるで興味を示さず、どこか傍観者のような目でその光景を眺めていた。


 変な子だな、と思った。


 だからある日、僕は夕立に話しかけた。


「へんなやつだな」と。


 普通、実の家族からそんなことを言われたら悲しむだろう。少なくても僕なら一週間寝込むくらいのダメージを負っていたはずだ。あの時の僕はそんなことにも気が回せないほど浅はかだった。

 だけど夕立は悲しむ素振りを見せるどころか、それが何か?と笑みを溢してみせた。


 まさか笑みを返されるとは思わなかったものだから、多分僕は変な顔をしていたことだろう。直後、夕立が噴き出していたのだから、余程変な顔だったに違いない。


 羞恥心やら怒りやらもあったが、重要なのはその後。この日から僕は四姉妹の中でも特に夕立を意識するようになり始めたってことだ。





 それからは遊び部屋を訪れる度、毎回のように夕立に絡みに行った。兄の偉大さを見せつけてやろう的なことを考えていたんだと思う。

 しかし、夕立はやけに賢く、僕はほぼ必ず言い負かされた。泣いて部屋を飛び出したことも多々あった。


 そうした光景を見ていたからなのか、朝日達が僕より夕立を頼りにするようになっていった。

 夕立は夕立で僕のことを「兄」と呼ばず名前で呼び捨てしてくるし……。とても悔しかった。

 絶対に「兄」だと認めさせてやる。そう思った。



 


 数年が経ち、妹達が僕と同じ学校に入学してきた。

 チャンスだと思った。

 未だに夕立に「兄」と呼ばれていなかった僕は即座に父さんと母さんに直談判して一緒に登校する許可をもらった。


 華麗に学校を案内して、「兄」として認めさせてやる。


「―――正直、白雪王子なんて呼ばれている人と歩くの恥ずかしいんだよ」


 そんな目論見は、僕の学院内でのあだ名が知られた瞬間霧散した。

 夕立に続き朝日達もそれに賛同したことで、結局登校はバラバラになってしまった。





 何の進歩のないまま夏休みへ突入した。

 このまま僕は夕立に一生「兄」と呼ばれないのだろうか。

 こうも進展がないと、そんな想像が脳裏を過る。


 そんなある日、僕は部屋から出ると朝日達が追いかけっこをしている姿を目にした。

 その中に、いつもならあるはずの夕立の姿がない。

 不思議に思って朝日に訊ねてみると、朝日はぎこちない笑みを浮かべながらもその全てを話してくれた。



 曰く、夕立の一人称が母さんにバレて矯正をくらっているらしい。それでなにやら落ち込んでいて、遊びに誘うのも躊躇う状態なのだとか。


 夕立が自分のことを「俺」と呼んでいるのは知っていた。父さんや母さんには隠しているようだけど、夕立はしっかりしていてそうで、どこか抜けているところがあるため、いつかはバレるだろうなとも思っていた。

 しかし、それで落ち込むとは思ってもいなかった。


 僕はすぐに夕立の部屋へと向かった。

 教えてもらった通り、夕立は落ち込んでいた。

 初めはそれを隠そうとしていたが、訪ねてきたのが僕だと分かると素の表情を見せてくれた。


 僕の夕立に「兄」として認められていない。だけど、夕立は僕の「妹だ」。力になってやりたいと思った。


 矯正のせいで落ち込んでいるのか?

 その問いかけに夕立はNOと答えた。


「そうか。じゃあ何があったんだ?」


 夕立は一瞬躊躇したが、やがてゆっくりと口を開いた。



 話を聞くところによると、どうやら夕立は一人称を変えると自分が別人になってしまうのでは?と考えているみたいだった。

 そんなわけないだろ……呆れて笑い飛ばすのは簡単だ。だが、その選択肢は取ってはいけない。

 僕にとっては笑い飛ばせるようなことでも、夕立にとっては深刻な悩みなのだから。


 だから僕は代わりにこう言ってやった。


「―――一人称が変わっても夕立は夕立。僕の妹だ」


 ポンポンと頭を叩くと、夕立はポカンとアホ面を浮かべて、何を思ったのか笑いだした。元気になったのは良いけど、そこは普通泣くところでしょ……。

 まぁ、そこが夕立らしいと言うかなんと言うか……。

 とにかく、元気になったならよかった。

 そう思い部屋を出ようとした、その刹那―――。


「悪い。ありがとな……お兄ちゃん」


 !?!?!?!?

 今なんて言った!? お兄ちゃん!? 今お兄ちゃんって言いました!?

 もう一度お兄ちゃんと呼んで欲しくて、聞き返そうとしたが、バタンと扉を閉められ中から鍵を閉められてしまった。


 けど、夕立が「お兄ちゃん」かぁ。

 「兄」として認められた気がして嬉しくなる一方、何故か帰り際に夕立が見せた笑顔を思い浮かべると胸が高鳴った。





 それ以来僕はどうも調子がおかしい。

 夕立を見ると鼓動が早くなるし、すぐに顔が赤くなるし、挙げ句には苛めたくなってしまう。この前のクリスマスパーティーの時なんかが良い例だ。

 兄としてはあるまじき行為。

 だけど、何故か自分が制御できないし、何よりこの状況を楽しんでいる自分がいる。


 変なやつだな……僕は。


 かつて夕立に対して言っていた言葉を、今は自分に対して言っている。

 そのことにどこか面白さを感じて、僕は小さく噴き出した。

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