第22話

 先に言っておくと、平穏にゴロゴロを満喫できた日はその一日だけだった。


 次の日からパーティー当日まで習い事を休む形で時間を取り、礼儀作法云々の指導、ダンスの練習が両親監督の元行われた。

 断片的に聞こえてきた両親の会話によると、どうやらパーティーには我が家だけでなく他の名家も誘われているらしい。


 子供を好奇の視線に晒したくない。そんな親の配慮もあって、私たち姉妹や奏時は身内以外のパーティーに出たことがない。

 そのため、間違いなく私たちは他の家からの注目の的になるだろうとのこと。


 また、断るにも同じく三大資産家と呼ばれている桜小路家の誘いを無下にすることは難しく、結果としてせめて恥をかかせないようにと急遽練習が組み込まれたのだとか。



 礼儀作法は前世の社交パーティーの経験があるから多少は心得がある。けど、ダンスは別だ。やったことがない。

 前世今世通して初めての試みだ。


 そのため私は転生して初めて悪戦苦闘した。いやー、知識にないことって難しいな……。

 未だにブルースやワルツすら覚えられない。姉妹達は既に習得しているのに、だ。


 まぁ、社交ダンスにおいて女性は男性にリードして貰えるので、最悪、奏時に頼りまくれば何とかなるのだが。


「あれ? 夕立、まだ出来ないのか? へぇ、夕立にも苦手なことってあるんだな。仕方ないな、僕がエスコートしてあげようか?」


 これを機にとばかりに奏時がめっちゃ煽ってくる。正直悔しすぎる。


「うっせ! 黙ってろ」

「はいはい」


 今まで少し、いや大分だいぶ転生恩恵に頼りすぎていたのかもしれない。その所為で初めての事に対する順応性が薄れているのだろう。

 いつの間にか思わぬ短所が出来てしまったことに反省しつつ、改善のためこれからは新しいことにも少しずつ手を伸ばしてみようと思った。





 

 遂にやって参りましたクリスマスパーティー。

 朝日は白色の、真昼は黄色の、夜瑠は黒色の、そして私は朱色のドレスを着て、両親、奏時と共に会場である桜小路家へと向かう。


 会場には、既にかなりの人が集まっていた。

 下は四歳くらいから、上は六十歳くらいまで老若男女様々だ。共通点は皆豪華な衣装を着ていることだろう。

 あれ一着何万円くらいするんだろう。……知ったら最後前世の収入に絶望する未来しか見えないから聞かないが。


「じゃあ私たちは挨拶してくるから、奏時、朝日達を頼んだわよ。特に夕立には要注意してね」

「しっかり見張っててくれ」

「はい!」


 両親は挨拶回りをしてくるようで、早々にそんな言葉を言い残して去っていった。

 ところで何で私には要注意なんですかね……?






 その後、大して揉め事もなくパーティーは順調に進み、いよいよダンスの時間になった。


「さて、夕立。僕たちも踊ろうか? ちゃんとエスコートしてあげるから安心して」

「くっ……」


 そう。結局私は練習では習得することができなかったのだ。


 しかし、だ。

 だからと言って奏時を頼らなきゃならない理由はない。

 私たちは四つ子。奏時と組まなくても頼れるペアはいるんだよ!


 勢いよく姉妹達の方向を見ると―――。


「やぁ、夜瑠さん。いきなりで申し訳ないが、一曲オレと踊ってもらうよ」

「ええ!? な、な!? えええ!?」


「じゃあ私たちで踊ろっか、まーちゃん」

「そうだね、朝ちゃん」


 夜瑠が何処からともなく現れた宵凪にドナドナされていって、残された朝日と真昼がペアを組んだところだった。



「…………」


 視線を奏時に向け直すと、奏時はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「ねぇ、夕立。ペア、組んであげようか?」

「……よろしく……お願いします…………」



 ホールにワルツが流れる。

 私は奏時にリードされながらステップを踏む。

 あっ、ここだ。いつも失敗する難関……。足がもつれそう……。

 だが、練習時のように足が止まることはなかった。奏時が縺れない方向へとリードしてくれたのだ。


 ムカつくから認めたくないが。認めてやる。中々やるじゃないか。カッコいいぞ奏時。


 フッと口角が持ち上がるのを感じると同時に奏時が赤面した。

 ?

 理由はよく分からないが、とりあえず今は踊る時間だ。曲が終わるまで踊り尽くそう。





 曲が終わると、両親が拍手で出迎えてくれた。

 何故か父は不機嫌そうな顔をしていたが。


「ねぇ、ママ。パパどうしたの?」


 知らぬうちに解放され戻ってきていた夜瑠が問いかけると、母は無言で苦笑を返した。

 どうやら教えてくれるつもりはないようだ。


 重要なことだったらいずれ分かるだろうし、今無理に聞き出すまでもない。


 私はそう判断して、オレンジジュースを一口。ダンスによって乾いた喉を潤した。

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