第13話

 作戦は極めて安直なもので。

 入れ替わってその人に成り済ます。


 ただそれだけ。


 普通なら簡単に看破されてしまうだろう、そんな稚拙な作戦だが……。




 

 これが上手くいっちゃうんだよな……。



 俺はチラリと手に持っているプリントを見る。

 夜瑠に事前にコピーを取ってもらったプリントで座席表が載っており、それによると俺の席は最前列の右窓際だった。

 

 そう。俺は今、夜瑠と入れ替わり三組のバスの中にいた。


 一気に入れ替えるとバレる可能性があるので、チェンジしたのは俺と夜瑠だけ。


 現在は真昼と夜瑠が一組のバス、朝日が二組、俺が三組という構成になっている。



 無論、まだまだメンバーチェンジをする予定だが、それはひとまず置いといて。


 まずは相席者に挨拶をしなければ。


 既に相席者は席についているのだろう。扉が閉められている。


 夜瑠が相席者とどのくらい仲良くなっているかは知らないけど、相席するくらいだからある程度の仲にはなっている筈と思っていたのだが…………これを見て案外そうじゃないんじゃね?的な考えが浮かんできた。


 だって普通、仲が良かったら、相席者が来てないのに扉を閉めるなんてことはしないよな。


 もしや、余り者同士で組まされたパターンなのか……?

 そういや、夜瑠が友達と話していたところを見たことがないぞ……?


 嫌な予感がしながらも、扉を開けて相席者に挨拶をする。


「おはようございます………………え……」

「ん? あぁ。おはよう」


 何故か御曹司が座っていた。


 嘘だろ。まさか相席者って御曹司なのか……!? いやいや。俺が席を間違えただけだよな……?

 慌ててプリントを確認するが、俺の席は確かにここだった。



 女友達だったら「眠たくなってきた」とか言って寝てしまえば話すことなく過ごせると思ってたんだけど、異性である御曹司の前で寝るのは無理だ。

 品性を疑われる。そうなれば、被害を被るのは俺じゃなくて夜瑠。それは流石に可哀想すぎる。


 しかし、御曹司と個室で一時間二十分。一体何を話せと?


「あぁ……扉の件はすまなかった。オレは見られるのが嫌いだから……つい、閉めてしまったんだ」


 固まっていた俺に、御曹司は勘違いしたのか頭を下げてきた。やはり、余り者同士とかそんな理由なのだろう。どこか畏まった言い方だ。



 一先ず固まっていると後ろの生徒の邪魔になるので、扉を閉め、定められた席に座る。

 そして窓の外をジーと眺める。まだバスは動いていないので、特に何かがあるわけでもないが、それでも眺め続ける。


 願わくば、このまま会話せずやり過ごしたい。話題が思いつかなすぎるし、下手なことを口走ったらバレてしまう可能性だってある。


 だが。そんな俺の微かな願いは届くことなく。


「そう言えば、夜瑠さん。貴女は確か四つ子だったな。入学式の時に少し見掛けたのだが、面白いほど似ていたよ。誰が誰だか判別できないくらいに」


 御曹司が話題を振ってきた。

 ため息を吐きたい思いを押さえながらも、無視するわけにはいかないので適当に返す。


「……よく言われます」

「だろうな。あれだけ似てると入れ替わっても気づかれなさそうだ。もしかして既に入れ替わってたりしたりしてな。……なんてな。冗談だよ」

「……」


 実際にその通りなんで何とも言えないんですが。


「にしても、髪型まで同じにしなくても良いんじゃないか?本気で見分けがつかんぞ」

「そうですね。小学校に入学したのでそろそろ髪型を変えるのも良いかもしれません」


 あくまで相手は俺を夜瑠と思っているので明言はできない。

 こんな感じでのらりくらりと会話をしていると、遂にバスが発進した。


 と、同時に御曹司が目を閉じ、背もたれに深く体を預ける。


「すまない……。オレは乗り物よいに弱くてな。悪いが、つくまで寝かせてくれ」


 そう言ってスースーと寝付く御曹司。

 その様を見ているとこちらまで眠くなってくる。だからと言って、俺が寝るわけにはいかないが。


 男は許されても、女は許されないことが多々ある。その一つがこれだ。異性の前で寝ること。

 男が寝ても何も言わないくせに女が寝ると、めちゃくちゃ言及してくるからな。

 家族である奏時の前で寝た時でさえ怒られたんだ。家族ですらない御曹司の前で寝たらどうなるかなんて想像できないわけがない。


 まぁ、会話しなくても良くなっただけマシか。そう考えることにした。

 




『間もなくリゾートホテル=サクラコウジに到着いたします。生徒の皆様はお忘れ物が無いよう、荷物をしっかりまとめておいてください』


 遠くを眺めたり、頭の中でしりとりやアクロスティックを考えたりして時間を過ごしてるとそんなアナウンスが流れた。到着が近いらしい。


 荷物といっても大きな荷物は、バスのトランクルームに乗っているので、今まとめられる物はほとんどない。プリントと筆記用具ぐらいだ。


 ……とりあえず、御曹司を起こすか。

 

「起きてください。桜小路さん。もうすぐ到着するみたいです」

「ん……もう着くのか……」

「ええ」

「そうか。色々とすまなかったな。ありがとう夜瑠さん。……それと、オレのことは宵凪よなぎと名前で呼んでくれないか?」

「わかりました。宵凪さんですね」


 どうやら眠りを妨げなかっただけなのに、御曹司から夜瑠への好感度が上がったみたいです。


 絶対文句言われるだろうなぁ。けど夜瑠も相席者のことを教えなかったからお互い様だよ、な…………。うん…………。

 …………ゴメン夜瑠。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る