第33話 分業

 トイレに行きたい。

 でも起きるのが嫌だ。ちょっと寒いし寝ていたい。幼女のおねしょは許容範囲だろうか? いや、アウトですね。パンツの替えないし。


「なんだ、トイレか?」

尿意と眠気と戦いながらもぞもぞしてたらカディの声が。


「ん」

そういえばくっついてたこの段差はカディですね、危ないカディに漏らすとこだった。


 諦めて起きだし、トイレに設定したストーンウォールの陰に向かう。大丈夫、ブツは結構はやく消えるので、他人のものを踏む心配はないんですよ。


 ところで俺以外手を洗ってないんじゃないかという疑惑。


 トイレをすませて寝床に戻る。起きてたパルムが手を振ってくるのに振りかえす。警戒、ご苦労様です。土壁に囲まれてはいるものの、交替で見張りは立てているのだ。


 もぞもぞとカディのコートに潜り込む。この辺か、この辺が一番暖かいのか。ごそごそしてたらカディに引き上げられて拘束される。しょうがないのでそこで自分のポジションを決めてもう一度おやすみなさい。


 二度寝から起きたら朝ごはんができてた。誰が作ったんです? 手は洗いましたか?


 ――まあ、火は通してあるようだから大丈夫だろう。ブートに塩を振って焼いただけのものとスープ、平たいピタパンみたいなの、ドライフルーツ。これから動くので朝からがっつりだ。


「じゃあミナとファレルの言うことをよく聞いて大人しくしてるんだぞ?」

「はい、お父さん」

「誰が父だ!」

カディが頭ぐりぐりして来た。


「心配なのはわかりますが行きますよ、お父さん」

「なっ!」

「心配性だねェ。まあ、こんな可愛い娘なら気持ちわかるけどな」

ハティを先頭にカディに声をかけながら次々に通路に進んでいく。


「ちっ! 気をつけろよ!」

カディも言い残して進んでいった。


「カディが心配性のお父さんみたいになってるんだけど、何で? このゴットハンドのせい?」

背中が見えなくなったところで、ミナとファレルに指をわきわきさせながら聞く俺。


「何ででしょうね? 勇者のそばに聖女あり、そばにいれば聖女もしくは聖者――にたどり着けると感じているのかもしれません。出会う可能性の高い場所や人の側は居心地がいいんですよ」

「ノアールの右手もロゼの右手も気持ちいいけどね、安心するし。カディモンドの方はわからないけど」

後ろから俺を抱き上げるミナ。


 冗談で言ったら当たっている疑惑発生。左手か、この聖女の紋章付きの左手のせいか。あ、ミナは右手がご所望ですか? いつでもお胸はウェルカムですよ?


 こちらも活動を始める、まずはブート狩りから。カディとハティたちの時間短縮のために昨日狩ったブートは提供してしまったからだ。狩るのはともかく、血抜きと解体は時間かかるからね。


「……って。ロゼは何をやってるんだ、何を」

いや、俺なんだけれども。ノアールになった途端に襲ってくる理解と羞恥心。漏らさなくてよかったとか、暖かければ何でもいいのかとか、ミナの胸を揉んだとか。埋まってしまいたい。


「気にしなくていいよ。私は嫌なら拒絶するし、カディモンドも止めるだろ」

地面にめり込みそうになっている俺に声を掛けるミナ。


 午前中はブートの処理をし、昼からは十五層に戻ってパルムの地図に沿って階段を探す。


「蛾が出ないな?」

「蛾は麻痺が厄介ですからね、自然と避けるルートになっているのかもしれません」

「なるほど」

そりゃ、進む道が他にあるんなら嫌な敵は避けるよな。


 トカゲと蜘蛛を狩りつつ、順調に進む。地図があるみちがわかるとういう安心感はすばらしい。確実に進んでいるのがわかれば心の余裕になる。


「うーん。石を入れる袋が欲しいな」

魔法を使わず蜘蛛を倒す方法として、こぶし大の石を腹にある糸の吐き出し口に投げ込んでいる。勢いをつけて投げた石は、中を潰しながら口を塞ぐ。後の手順は魔法で潰した時と一緒だ。


 ただ、運良く手頃な石が拾えるとは限らないのである程度持ち歩きたい。蜘蛛の爪も投げてみたのだが、石の方が扱いやすい。


「あんた、どんな腕力してんだい」

呆れた顔でミナが言う。

「むしろ投擲だけで放っておけば死ぬ気がしますね」

【ファイア】はどちらかと言うと面での攻撃、【ストーンランス】も半分くらいしかめり込まない。その点石は、小さい分ちゃんと口の中を狙えば柔らかい内臓を貫通する力があるらしい。


 ロゼが魔法でデタラメなのに対して、ノアールは【物理攻撃*S】【武器扱い*S】 【武芸*S】な物理特化のデタラメステータスだ。ただちょっとなるべく近寄りたくない敵が多いだけで。


 ロゼのレベルも上げたいが、ノアールで敵に対処できるようにもしておきたい。悩ましいところなのだが、道中は長いのでなんとかなると思いたい。カディたちの来た道を逆に辿ってるせいで、敵が少ないんだよな。おかげで早いんだが。



「いったぞ!」

「おう!」

あれから三日、十三層に無事到着。


 キヘラは額に尖った角とヘラジカに似た角を持つ鹿っぽい魔物。突進からの角の攻撃と、蹴りに気をつければ大丈夫。鈍色にびいろをした尖った角は金属の性質を持つらしく、武器を作る際に使われるそうだ。そしてヘラジカみたいに広がる角はよく燃えて薪の代わりになり、肉も食べられる。


「こら待て、燻製くんせい!」


 足も早いし跳躍力もあるので逃げられないようにするのが大変だ。


「ノアールにはもう敵ではなくて食べ物に見えているんですね……」

ファレルも強くなったらしく、ここに落ちる前よりも使用できる魔法の回数が多くなり、命中精度も上がった。


 土トカゲとマスズも出るのだが、キヘラのほうが美味しいらしいので。


 土トカゲは地面に潜っていて、獲物が近づくと地中から噛み付く攻撃方法がトラバサミのような魔物だ。あまり動かず、音や振動に反応するらしい。


 マスズはなんかナマズに四つ足の生えたような魔物だった。こちらは表皮がぬるんと丈夫で厄介なんだが、ひっくり返してしまえば腹の皮は柔らかい。


 土トカゲの場所がわからないと迂闊うかつに動くわけには行かず、他の敵が出ると厄介なはずなのだが、居場所がわかる俺の難易度は低い。


 十四層から上がってきた階段付近の行き止まりを拠点に、地図を埋めていってるのだがなかなか上に続く道が見つからない。


「こっち側は埋まったな」

拠点付近の道、特に北西側は地図が完成した。

「ええ。明日は埋まっていない側に拠点を移しましょうか」

キヘラを処理しながら話し合う。


「人が通らない道はやっぱり色々出るね」

ミナは袋に一緒に放り込んでおいた素材を分けている。


 『湧水石』、『黒鉄』や『赤鉄』、『生命の苔』。特に『生命の苔』はポーションの材料になるので高く売れる。


 ポーションは普通の薬と違って、傷を消してしまう魔法薬だ。等級があって全てが治せるわけではないけれど、傷を受けてもすぐ動かねばならないハンターや、傷跡を残したくない女性はこぞって求める。


 たぶん十五層にもあったのだろうけど、あの時は採取するような心の余裕がなかった。


「けっこう重くなってきたね、どうする?」

「鉱石の類は拠点に置いておけばいいでしょう。肉と違って魔物がよってくるようなものではありませんから。余裕があればパルム殿と分けてもいい」

「ま、『生命の苔』の方は軽いしいざとなったらこっちだけでいいね」

ミナとファレルが判断を下す。何が何に使われて高いのか安いのかわからん俺には決定権がないというか、判断を下す基準がない。このへんも勉強しないといけないね。


 鹿肉は牛肉と似ているけど、脂肪分が少ないので焼き過ぎるとすぐ固くなる。焼いて食べるときは、焼き過ぎないのがコツだ。


 『湧水石』もたくさん手に入ったので、ロースを匂いを取るために塩水につける。つけてる間に、皮のなめし方をファレルに教わる。この辺は対象がでかいし力仕事なのでロゼではもう諦めよう。できれば両方でできるようになりたいけどね。


 夕食はキヘラのステーキ。表面を焼いてイーヤーの皮で包み、火のそばに埋めてゆっくり熱を通したものなので、ローストビーフの分厚いのを想像したほうが近いかもしれない。肉汁と赤ワインを少し煮詰めてソースにしてある。


「柔らかいなおい」

ミナが食べてびっくりしている。

「お世辞抜きでおいしいです。外の店より断然」

ファレルは嬉しそうだ。


 どうもこちらでは基本肉は一種のステイタスであるらしく、豪快に固まりで食べるのがハンターや金持ちに好まれる食べ方で強さや豊かさの象徴であるらしい。固まり肉なせいで味付けや料理法が単調になりがち。


 リブロースを骨の部分を手で持ってかぶりつくイメージ。ナイフとフォークは不要! みたいな。


 庶民に回ってくる肉は、加工肉であることが多く基本塩辛いか硬い干し肉を戻して使う。そして新鮮な野菜が出回ることが少ない。


 箱庭で早く野菜を作って食べたい。こんなに野菜が恋しくなるとは思わなかった。


「食事は全面的にノアールに任せるよ」

「案内人としては面目次第もありませんが、お任せしたいです」


 食についての主導権は俺が握ることとなった。











 











 

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