第30話 地図

「さっさと寝ろ」

思春期男子には悪質な冗談です。騙されませんよ、ダンジョンでそういうことはいけないって知ってるんです。


「残念」

笑顔でそう言って、俺の脇でマントにくるまる。大人しく寝てください。


 すぐに寝息を立て始めたミナ、そんな様子は見せなかったが疲れているに違いない。なにせ死にかけてたし。


 気力が削られてるときは、ダメージを受けたときの生命の減り具合が多いみたいだし、なかなかゲームのようにさっぱり回復とはいかないようだ。


 ファレルも全く起きる様子ない。


 石はまだ熱を持っているようだが、すでに色はもどり周囲の闇に溶けている。

二人の寝息を聞きながら、迷宮の闇に意識を向けて気配を探る。気配察知で分かる情報が多くなる、でも目的はそれじゃない。

もう無様に泣かないように闇に慣れておこう。


 ときどきアラクネの足が乾いて割れる音がする。動いていると感じないくらいの微風、遠くの魔物の気配。


 しばらく気配を探っていたけど、結局ファレルとミナの寝息に安心している自分がいる。


 これは後でソロ修行だ。それに魔物の情報も入れないと。ミナとファレルについてロゼで見た後に来るつもりだったから、自力で情報収集するのを怠ってた。命がかかってるというのにのん気だったな。


 どれくらいそうしていたのか分からないけど、ファレルが起き出しミナも起きた。


「夜が明けたくらいですね」

ファレルが迷宮時計を取り出し時間を確認する。


「荷物まとめて腹に何か入れたら行こう」


 乾かしたアラクネの足の殻を適当な大きさにして袋に詰め込む。かさばるけど重さは大したことない。


 入り切らなかった分で火を起こして朝食にする。ホロルを焼いて、パンとチーズを一緒に炙って食べる。


 肉にあたったら目も当てられないので、あとは加工肉か道中で新鮮な肉を手に入れるかになる。迷宮内は魔物の死体の分解が早まるそうで、解体しておけば多少伸びるけど生肉は二日が目安だって。


 あと燃料あまりいらない簡単に火がつく台みたいな便利なのはないか聞いたら、ないという答え。


 火と風は定着させるのが難しいそうで、閉じ込めると暴れたり抜け出そうとするそうだ。逆に留めようとすると暴れるのを利用して、荒れ狂う風の結界とか火の結界とかもあるそうだけど。


 風属性だけど空間の意味合いが強い空間拡張は楽だった、属性の名に近いものほど癖があるようだ。火と風を後から付与するのは、地と水が安定させたり受け入れる性質があるためだと言われてるんだって。


「この辺りに人は来ていないようですね。人の背の高さに光苔がない」

そう言ってファレルが分かれ道の壁に光苔で印をつける。


 周囲には光苔がほんの少し生えているが、床や天井付近など人がつけた印から増えたとは思えない場所にある。魔物に付着したものが落ちたのだろう。


「刻印は持ってるのかい?」

「一応。未到達エリアに来ることは想定してなかったんですが、案内人に登録したときに揃えました」


 ミナとファレルが言っている刻印は、路の刻印と呼ばれる印をつけるための魔道具のことだ。

 光苔が迷宮内の明かりの確保と迷子防止の印に使われるのに対して、刻印は地図と照合して現在地を知るためのものだ。主に分かれ道に残す。


 階段からの未到達エリアの地図なんて高値がつくぞ、ということで地図をつくりながら進んでいる。転んでもタダじゃ起きないかんじ。


「印は私がつけるから地図のほう頼むよ。ノアールは警戒頼む」

「ああ」

ミナが壁に印をつけるかたわら、ファレルが進んできた道を地図に起す。現在地の分かれ道を描いた場所に、ミナが壁に刻んだ印と同じものを書き込んで作業が終了する。


「よく覚えてられるな」

「分岐から分岐までですから」

「そうだが、距離とかカーブとか」

なんか勾配とかも書き込んでないか?


「距離は歩数で。探索者や地図製作目的の方は、角度も距離も道具で正確に出すんですがさすがにそこまでは」

探索者も案内人も思ったよりなんかやる事が細かいんですけども!?


「む、アラクネか?」

壁に預けていた背中を離し、警戒する。

 

 【気配探索】にかかった感じだとアラクネで間違いはないと思いつつも、実際に見るまでは自信が持てない。自信が持てるほど多くの魔物を見ていないから。


 ゾロリとした気配がして洞窟の天井付近の穴から黒くて棘のような毛の生えた足が現れる。アラクネで当たっていたようだ。


 上から攻撃、特に糸を吐かれると厄介なので、最速で腹の口を潰す。


「おい!」

ミナが声を上げた時には、【ウィンド】で天井に張り付いた脚を切り飛ばし落ちてきたアラクネを仕留めたていた。


「なんだ?」

ほかに魔物の気配はなかったので倒し切るまで止めなかったが、緊急だろうか?


「あ、いや。そういう倒し方なのか……」

「うん?」

「すみません。途中そのままロゼさんで躍り掛かるのかと……心臓が止まるかと思いました」

ああ、走りながらロゼに変わって魔法叩き込んだからか。蜘蛛が痛みで動きを止めた一瞬で斬り込みたいんですよ!


 トドメほどじゃないけど、戦闘に参加してればロゼのほうにもちょっと魔素がもらえる。十分の一くらいなんで気が付いたのは昨日だけど。もっと攻撃すれば増えるのかな?


「どきどきしたよ。魔法で口と足を封じるのか、便利で良いね。剣だけだとどうしても手数がかかっちまう」

「魔法で動いている間接を狙うのは難しいのですが……。やはり制御がずば抜けてらっしゃる」

「そのへんはあまり考えたことがなかったな」

迷宮に通っていれば人前で戦うこともあるだろう。その時はロゼと変わるわけにはいかないよね。困った。


「次は私がやるよ。私のやり方が大体普通だと思ってもらっていい。魔法のほうは専門外なんでファレルに任せる」

俺の眉間に皺でもよっていたのか、ミナがお手本を見せてくれるようだ。


「ミナさんのレベルが普通と言われると疑問に思うところですが、もしや他の比較対象がカディモンド殿とハティ殿になるのですか」

ファレルが微妙に戸惑った顔をしている。


 実はまだオークを倒したところしか見たことないんだけど。


「トカゲか。中々出ないもんだな」

蜘蛛続きだったのにミナにお手本を見せてもらうことになったら途端に蜘蛛が出なくなった。


 毒トカゲは三十センチほどで他の敵に比べて小さく弱いが、血に毒が有るので触れないように気をつけねばならない。飛沫が肌につこうものならとたんに火傷のような痛みに襲われ、ひどい目に合う。量によっては血管に入り全身が刺すような痛みで動けなくなるそうだ。

 

 離れたところからどうにかするのが一番だけど、そうもいかない場合は頭を縦に割るのがいいようだ。完全とはいかないまでも飛び散る血は少ない。代わりにしばらくするとどんどん流れてくるけど。


 ミナはアラクネの爪を投げてたので、いくつか貰って真似をしている。俺が投げた爪はうまく当たらなくてトカゲを壁に貼り付けただけで倒せていない。


「なかなか難しいな」

「重心が真ん中にないし、形もそれぞれだからね。初めてで当たるだけすごいよ。私は面倒なんでそのまま投げてるけど、投げやすいように形を整えるやつもいるね」

「なるほど」

マイナーな倒し方なのかと思ってたら結構メジャーなのか。


 壁に貼り付けられていたトカゲがぽとりと落ちる。毒で爪が解けたようだ。


 確かに毎回ダガーとか投げてたら破産するな、再利用できるほうが少ないっぽい。都合よく手ごろな石が落ちてないこともあるだろうし、備えで投擲用を何本か用意するのはもちろん、ミナを見習って爪やら牙やら投げ易いものを現地調達しよう。


「いざというとき加工していない物でも当たるように、今のうち俺もそのまま投げるのを練習しよう」

練習できる余裕のあるうちに。


 などと思っていたのだが、先に爪が尽きた。


「【ファイア】と【ファイア】!」

世迷蛾の鱗粉が、鱗粉がですね! 団体さんなんですよ! 俺の顔くらいの蛾が鱗粉飛ばしながら何匹も向かってくる。


 物理だけで戦う決意もあっけなく反故にして、ロゼで魔法を放つ俺。


 鱗粉には軽い麻痺効果があり、蛾のくせに蜻蛉の口みたいな顎を持ってて集団で集って麻痺させた獲物をそのまま集団でもぐもぐする魔物らしい。あと皮膚に付くとかゆい。


 鱗粉はたくさん吸い込まなければ平気なんだが、風呂に入れないのに鱗粉がいっぱいつくのは無理! 無理なんですよ! ばふんとするんじゃない!




 



 











 















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る