第28話 勇者の盟友
荷物からカンテラを出して、来た道を戻る。カンテラはぶつけたり多少乱暴に扱っても割れないように金属で囲ってある、その分無骨で少し暗い。
ロゼの明かりは光量と外見重視で購入したが、ノアールのものは場合によっては放り出すことも十分ありえるので割れにくいものを選んだ。
魔物の気配に向けて走ってた時には考えなかったけど、深い階層には酸が溜まった場所やガスが溜まった場所など天然のトラップがあると聞いている。それらは【気配探索】で分かるかどうか不安なので慎重に歩く。
枝道などなかったはずなのに、また蜘蛛の気配がする。
足を止めて周囲を観察すると、天井付近に黒く虚ろな穴。どうやら蜘蛛はそこを移動して来たようだ。
このままだと蜘蛛はミナたちの方に行く。どうやらもう一匹相手にしなくちゃならないみたいだ。足元を気にしている暇はない、カンテラをしまって走り出す。
あえて音を立てて走り、蜘蛛に気づかせる。蜘蛛が方向を変えたところで、ロゼに変わって【ファイアランス】を二回、【ウィンドカッター】を二回。剣での戦いに邪魔な腹の口を焼いて、首をかばった足を切り落とす。最初の戦いでけっこうタフなのはわかってる、削るべきはHPじゃなくて蜘蛛の機動力と攻撃手段。
あとは首を落とすだけ。大丈夫、うまく対応できてる。
戻るとファレルがショートソードを構えていた。荷物を掘り出したらしく、そばに色々置いてある。
「戻った」
「ああ、お帰り」
「お帰りなさい」
ぎこちない顔でそれでも言葉を返してきた二人。まあ、怪しさ満載だからな俺。
「何と戦っていたんですか?」
「アラクネか? 人の体が乗った蜘蛛だ」
【鑑定】するべきだった。やっぱり冷静じゃないみたいだ。
ノアールが物理面で優れているとはいえ、レベル一つでどれだけ力が上がっているか分からない。
回復の効果なのか、もともと落石に当たっただけなのか、少なくとも今はミナが潰されている様子はないので、ほんの少し隙間を作れれはいいはずだ。
「もう一度上げてみる。ファレルは上がったら隙間に石を入れてくれ」
「分かりました」
硬い顔でうなずくファレル。
「無理しなくていい、最悪ひと月後くらいにはギルドに頼まれた奴らが石をどかすだろうから、それまでのんびりしてるよ」
それのどこがのんびりだと口を開きかけ、こわばった笑顔を見て言葉を飲み込んだ。この状況で不安じゃないわけないよな。
「そういえば紋章は成長率があがる以外、効果はないのか?」
勇者のそばに転移するとか都合のいい能力はないですか?
「通常より対価は大きいですが、勇者の能力の一部を借りることができると聞きます。対価は例えば魔法ならば二倍の魔力消費、剣技ならば生命の減少」
「全ては勇者と出会ってからだよ。今の私らはちょっと勇者探しに有利なただの人だ」
「そうか」
力の方も生命減少の対価で貸し出せないだろうか? ちょっとだけでいいんだが。
「はい。探し出すこともできずにいる僕では望むべくもありませんが、勇者の信頼を得られたならば仲間の危機にほんの一瞬、自分の力に勇者の力を上乗せできる伝承もあります」
都合のいい能力きた!
「勇者のピンチに助けに入る、魔王討伐のおとぎ話でよく聞くね」
「なるほど……」
すごくオネェが好きそう。ちょっと引いている俺がいる。
「友情とか正義とかは割とどうでもいいんだがな」
前者は全部忘れたし、忘れられてる。後者は何が正しいか判断できるほど、この世界のことを知らないし、執着もできていない。
「自由にできて、手の届く範囲が平和なら満足だ」
右手の甲に現れる白い勇者紋。
「え」
「おい、それ……」
「貸してやる」
そう言ってファレルの右胸に触れる。
「勇者……。盟友紋の光が白く」
ファレルの服の下から光が漏れている、色は青ではなく俺と同じ白。
「持ち上げるぞ」
「は、はい!」
呆然としているファレルを急かす。
一度目にほんの少し軋むだけだった大岩は今度はあっさり持ち上がった。ミナを引きずり出してホッと息をつく。
持ち上げてる最中は気にしていられなかったけど、岩を持ち上げた一瞬、ファレルが白く光ってたのを思い出すと笑いの発作がやばい。
「おい」
「なんだ?」
「私とは盟約を結んでくれないのか?」
それはお胸に触って欲しいということか? 幼女で触るのとはわけが違うんですよ?
「私では不足か?」
「いや……」
「ミナさんの胸に照れてらっしゃる? 儀式のようなものですから……」
美人が胸を突き出して迫ってくるんですよ!! あるんですかこんなこと!
手を伸ばして指先でそっと触れると、ファレルと同じ白い光がミナの胸から溢れる。
「ん……、白い」
なんだか満足げにつぶやくミナ。
ちょっとロゼに変わっていいですか? このまま失礼してお胸にダイブしたいです。今ロゼに変わると絶対泣くから変わらないけど。
この胸が温かいままでよかった。そう思いながら手を離す。
「貴方はロゼなんですか?」
「名はノアール、ロゼとは記憶も感覚も共有している。物理と魔法で使い分けていると思ってくれていい」
なるべく正直に答えますけど、聞いて欲しくないこともあるのでポーカーフェイスですよ。心の壁が見えるでしょう? だから聞かないで!
「お胸も?」
「……胸もだ」
願い虚しくミナがピンポイントで聞いてきた。
どこか楽しそうな、嬉しそうな顔でふーん、とか言われた。おのれ……、
変な沈黙が落ちる。
「えー。貴方が果たすべきことは何かお伺いしても?」
「俺自身を育てること、隔離された場所にある箱庭の世界を育てること」
そうそう、そういうことを聞いてください。
「箱庭とは?」
「世界から切り離された場所に土地と家がある。そこを豊かな土地にすること、だな」
「あんた、その顔で農作業するのかい?」
「顔?」
顔で農業? 顔で畑掘るの? 今、顔面を地面につけて四つん這いで雄たけびあげながら疾走する映像浮かんでるけど、この世界の農業やばいの?
ミナの言葉の意味がわからず小さく首をかしげる。
「ロゼさんと同じく、ノアールさんは美形ですからね。剣を扱う割に線も細い」
俺の段差! 元はあったはずなんですよ、これから手に入れる予定なんですよ!
くそう、ファレルまでえぐってくるとは……っ。
「で? 私たちが手伝うことは?」
「この世界のことを教えてほしい、俺はこの世界のことを知らないから。後は目立たないようにしたい、面倒は好かん」
「承知しました。僕も盟約紋を授かったことは隠しましょう」
「わかったよ。迷宮には潜るんだろ?」
「ああ。命をかける必要はないけどね」
今回のようなことは本当に勘弁していただきたい。
「詳しい話は落ち着いてから、先に今の問題を片付けよう。食料はある程度あるが、ここに留まるか、別に出口を探すか。ロゼには大丈夫と言ってたが、出口を探す一択なんだろう? アラクネの出るこの階層はどこだ?」
肉類は塩漬けならともかく、ひと月持たない。蜂蜜だけで命は繋げるかもしれないけど、魔物が来た時戦えない。まともに動けるうちに上を目指すべきだろう。
「十五層です。アラクネの他の敵は、毒トカゲ、世迷蛾、青小鬼。申し訳ない、地図は十層までしか持っていません」
「大抵のやつらは七層で詰まる。十層まで持ってるのはいい方だろ、それに十五層からはもともと完璧な地図は出回ってない」
水筒を引き寄せながらミナが言う。
他の案内人は知らないけど、ファレルは案内人を始めて間もないはずなのに色々知ってると思う。
「それなんだが」
「なんだい?」
「ここから早めに移動した方がいいかもしれない。カディモンドとハティたちが進むとまた崩れるんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「到達者数で迷宮振動が起こる、ということですね? ハティ殿とカディモンド殿が
「それは前回一度に潜って崩れなかったから否定されたんじゃないのか? その理屈だと一層ずつだし」
「人数で準備が整い、次の誰かがトリガーになって迷宮振動が起こるという説もでてるんですよ。大規模討伐なんてそうありませんし、階層ごとに人数が違うとか、ある程度まとめて崩落するとか、ただの偶然だとか色々なんです。迷宮についてはほとんど分かっていない。ただ一つ、迷宮振動があれば地上階段側が崩れることだけは確実です」
ボスを倒すと移動が可能になるとか、迷宮の転移コア的なものを起動させると可能になるとか。ファレルの言葉に心の中で付け加える。
オネェ的には強い敵と戦って欲しいはずだから、将来有望な冒険者が入ると開くとかありそうで。カディとハティはその有望な冒険者だ――って俺が七層に到達したから次が空いたとかじゃないだろうな?
「移動しよう。崩れるのが分かってるとこに長居するほど肝が太くないよ」
そうミナが言って、出口を探すことに決まった。
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