第27話 落盤
痛い。
痛みにしばらく思考も体も動かなかったけど、気力を絞って【回復】をかける。痛いのさえ治ってしまえばあとは元通り。ただ、気持ちはついてこない。
初めてこんなに痛かった。初めて命の危険を感じた。怖い、怖い、怖い! 光苔で明るかった洞窟は今は真っ暗だ。腰が抜けたっていうのはこういう状態だろうか、力が入らなくって立てない。
「ロゼさん、ミナさん……?」
「ファレル!」
よかった、一人じゃなかった!
真っ暗な中、ぽっと明かりがつく。見慣れた光苔の淡い光がずいぶん明るく感じる。――でも下すぎないか? ファレルが光苔の入った袋を開けたのかと思ったんだけど。
「すみません、ちょっと動けそうにありません」
「はい」
どう答えていいかわからず、とりあえず返事をして光ににじり寄る。また怖くなった――光のそばにいるのがファレルじゃないものだったらどうしよう。親しいものの声を真似て呼ぶ妖怪の話が頭をよぎる。
でも動けないってことは怪我してるってことだよな? 【精神耐性】仕事してくれ!
半泣きになりながら暗い中を光ににじり寄る。近寄ったら光の向こうにファレルの顔が見えて、状況も見えた。ファレルが崩れた石に半分埋まっている。
「ファレル!」
腰が抜けてたことも忘れて走り寄って、石をどかそうとする。小さい石はいくつか払えるけど、全体が見えない。
「ランタンは無事ですか? 私のは出せないので」
「ある、ある」
思い出した、俺はミナに抱えられてて、他の冒険者が駆け上がってる階段が見えた時、足元が崩れて下の階層に落ちた。
落ちたと思ったら衝撃のせいかまた近くが崩れて……最後大きな石が落ちてくるのを見た時、ミナに投げ出されたんだ。
また半泣きになりながら荷物を探り魔道具のランタンを出す、ちょっと歪んでるけどちゃんと無事だ。腰に留めるタイプの肩掛け鞄を買っててよかった。
「ミナ!」
明るくなって分かったのは、ファレルとミナが岩に挟まれてること。ファレルは幸いなことに荷物のおかげで大きな怪我はないということ。ミナの意識がないということ。動けるのが俺だけということ。
「ミナさんの様子はどうですか?」
動けるのが俺だけなのに、また怖くて動けなくなってた。ファレルも怖くないはずないのに口調はいつもの通り静かで優しい。俺を落ち着かせるためだって分かってる。分かってるから……動け、動け。
「意識がなくて頭のところ、血が出てる」
ファレルは一抱え以上もありそうな石の数々に埋もれていて、ミナのほうはさらにその上に見えている部分だけでも二畳以上ありそうな平たい大岩がまるで蓋のように乗っている。
「崩落が連鎖して何層まで落ちたかわかりませんが、大丈夫。地上階段を作るために冒険者ギルドと商業ギルドがすぐ動きます。ロゼさんは水は持っていますよね?」
「うん、持ってる」
「僕の左側、採取した荷物は引っ張り出せますか?」
ファレルに言われて、ちょっと見えている袋を引っ張る。挟まっていてビクともしないくせに、周りの石が動いてファレルの顔が一瞬歪む。
「無理なようでしたら袋を切って中身だけ出してください。幸いなことに蜂蜜とホロル、蛇の肉があります、大丈夫」
「これ、動かすと石が動くよ?」
「大丈夫ですよ。最初の買い物で必要な装備は揃えたでしょう?」
何が大丈夫なの? 言わないけどファレルも怪我してる? ねえ、もしかして
「大丈夫ですから」
ファレルが笑う。
考えるんだ、動けるのは俺だけ。違う、考えるな、ちょっと前まではゲームみたいにお気楽でうまくいってたろう? ゲームだったら仲間が怪我した時、まず何をする?
「【回復】!と【回復】!」
そう、怪我ならまず回復だ。淡い光が二人を包む。ってやっぱりファレルも全回復しないじゃないか! HPがフルになったら最後光が強くなるはずなんだ。
「これは……?」
「ん……」
「【回復】!と【回復】!」
欠損部分があろうと全回復、挟まれてようが全回復。こっちの世界の回復がどうなってるか知らないけど。とにかく全回復。なにせ俺の【ファイアウォール】は通り抜けられないんだからな! 大丈夫なはずだ!
「【軽量化】! 【軽量化】! 【軽量化】!……」
二人に乗っている石に片っ端から【軽量化】をかける。十分の一の重さになってもロゼじゃどかせないけど。
「ロゼ……? おい、あんまり無茶をするな。また私が二人に叱られる……」
狂ったように魔法を使う俺に意識を取り戻したミナが話しかける。
見られているけど構うものか。
「え?」
「は?」
ノアールに姿を変える。順番を間違えると崩れそうだ、まずはファレルが潰されないように崩れそうな石に支えをする。最悪下半身は潰されてもロゼで治すからいい。
「どういうことだ?」
「ロゼさん? なんで別人に?」
混乱している二人をよそに、乗っていた石をどけ挟まっている鞄の紐を切って、ファレルを引っ張り出す。
次はミナだ。同じように支えを作り、動かしてもこれ以上石がミナに落ちないようにする。
「くそ……っ!」
乗っている岩をどけようと力を振り絞るが、ほんの少し揺れる程度で持ち上がらない。混乱していたファレルも手を添えるが状況は変わらない。少しでも持ち上がれば石を詰めてくなりして、なんとかなるかもしれないのに。
――俺のHPがじりじり減り始めた、いくら力を込めてもこれが限界か。
手を離してミナを見る。
「待ってろ」
暗い迷宮の先には魔物の気配がいくつかある。
「ロゼ?」
「どこへ……?」
「レベルを上げてくる」
戸惑ったままの二人を残して、暗い洞窟を気配に向かって走る。あと十くらいで上がるはず。ああ、そういえばこっちの住人にはレベルの概念がなかったな。まあいいか。
少しだけ先が明るい、少ないながら光苔が壁にある。あまり人のこない層だけれど皆無ではないという感じか。俺たちがいたところは真っ暗だったが、落盤の衝撃で色々吹っ飛んだか埋まったかしていたのだろう。
敵の気配が近くなったところでロゼに変わる。
「【ファイアランス】と【ファイアランス】!」
火に照らされて浮かび上がったのは蜘蛛の体に女の上半身。アラクネか?
「ギイイイイッ」
人と蜘蛛の境、人型の下腹にある蜘蛛の口が大きく開く。女の顔にある他に、もう一つあるのかよ!
「【ファイアランス】!」
発動と同時にノアールに変わり、蜘蛛の口に叩き込んだ魔法を追うように剣を振るう。――倒しきれない。
すぐに離れて振り下ろされた足を避ける。失敗した、ノアールで倒さなきゃいけないから、【ファイアランス】を二回叩き込めたのに手を抜いた。思ったより強い。
この近距離でロゼに変わったら、すぐに串刺しにされる。
怖い。
今まで絶対勝てる相手としか戦ってこなかった。最初の小鬼は怖かったけど、それでもやっぱり負ける気はしなかった。でもこの蜘蛛は――大丈夫、俺の方が速い、蜘蛛の足はいっぱいあるけど冷静に見極めればいけるはず。
口の中に魔法を叩き込んでも動いてるってことは、弱点は人型の方? 蜘蛛の腹も柔らかそうだけど狙うのが難しい。
人型の喉か心臓、動きを止めるなら関節。
横に払われた足を一本切り落とす。もう一本の足の攻撃はよけ損ねたけど、そのまま踏み込んで叫びを上げて仰け反った喉を下から切り裂いて飛びのく。腹にある口が焼けてたからいいけど、そうじゃなかったらあまり正面から近づきたくない相手だ。
ぼたぼたとやたら粘度の高い体液を垂らしながら、二、三歩進んでくしゃりと崩れ落ちる蜘蛛。
もぞもぞと足だけが蠢くが、やがて気配が消えてゆく。まだ動く気がして寄りたくないが、自分のステータスを見たら魔素が増えていたので間違いない。
腕をかすってできた傷が熱い。ハンターとしてはたぶんかすり傷、日本人としては大怪我。痛いというより熱いし、ちょっと傷口を見るのが怖い。ロゼでノアールを癒せないのがきつい。
荷物から自作の傷薬を出して、上着を脱ぐ。傷口を見ないまま薬をくっつける。塗るなんて傷をグリグリするような真似はできませんよ。腕を伝っていた血が止まったので手首の方から上に向かって血を拭く。
恐る恐る肩を見ると血は滲んでいるけどピンク色に一筋くっついた切り傷があるだけだった。手拭きで拭って、もう一度今度は薬を薄く塗る。一応、ノアールはソロだったのでポーションも二本買ってある。大丈夫。
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ノアール=フジヅキ
存在レベル15(魔素*16/1500)
生命*339/375 魔力*3/3
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一つ息をついて、立ち上がる。
25も魔素が入ったんだが、ここは一体何層なんだろう?
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