第20話 夜の脱走

「あ」

そういえば、魔石つける方法を教えてもらわないと。


「同時に属性の違う魔法を使用……? しかも相性の悪い風と地……」


 とりあえず水を捨てるついでに水筒を洗って、ファレルのとこに戻ったんだけど、なにかぶつぶつ言っていて目の焦点が合ってない。違う世界に行ってる気配。



 話しかけられずにファレルの周りをうろうろしていたら、井戸に蓋をしていたミナが追いついてきた。


「ファレル」

ファレルの名前を呼びながらパンパンと手を大きく叩く。


「あ、ミナさん」

「正気に戻ったかい」

音に驚いたのか、ファレルが思考のどこかから戻って来て目の焦点が定まった。


「大変なんです、ロゼさんが!」

「そのロゼがなんか困ってるぞ」

「ロゼさん、さっきの魔法教えてください!」

ミナに訴えかけようとしたファレルが、俺の存在を示されて今度は俺に訴えて来た。


「【空間拡張】?」

「僕に風の属性は扱えません!」

「【軽量化】は魔法陣読めたんだよね?」

何を言ってるんですか? やっぱり正気がどっかからまだ戻って来てない?


「おい、落ち着けファレル。さっきのロゼみたいになってるぞ」

「えぇ、すみません」

前のめりだった上体を伸ばして襟元を整えるファレル。


 俺あんな感じだったの? 


「すみませんでした。先ほどの魔法を同時に扱う方法を教えていただけませんでしょうか? ――門外不出であれば無理にとは申しません」

居住まいを正して真剣な顔で聞いてくるファレル。


 ん? Wダブル魔法のこと? ゲームで持ってたスキルを普通に使ってた。


「えーと」

使った時のことを思い出す。


「ぱっと出して、ばっと出して、どん! です」

うん、たぶんそんな感じだ。


「ぱっと出して、ばっと出して、どん……」

呆然と私の言葉を繰り返してこちらを見ていたファレルが、助けを求めるかのようにミナを見る。


「難解だね、私には魔法はさっぱりだよ」

肩をすくめてみせるミナ。


 ごめん、さすがに馬鹿っぽかった。でも意識してW魔法を使ったわけじゃないので、他に言いようがないんです。


「考えてみます。今までそんなことができるとさえ思っていなかったので考えたことすらなかった……」

すみませんねぇ。


「魔道具にどうやって魔石をつけるの?」

「それ用の魔道具が……消耗品ですのでストックがあります。差し上げますので、中で少々お待ちください」

ふらふらと家の中に入ってゆくファレル。


「なんか疲れてる?」

「私は魔法のことはわからないけど、ロゼがやらかしてるのだけはわかる」

ミナを見上げて言えば、笑顔で言葉が返ってくる。


 普通です、普通。普通がゲームしかわからないけど。


 図書室に戻ると、すぐにファレルも来た。


「これです。こちらの面を魔道具のどこかに触れさせて、ここに魔石を入れて使います」

なんか手のひらサイズの平たくて丸い皮の袋を渡された。


 表面には放出の術式の魔法陣が描かれていて、それを魔道具にくっつけて使うようだ。開けてみたら袋の中に吸収の術式の魔法陣が描いてあった。


「魔石でなくとも魔力があるものは吸ってしまうので入れるものには気をつけて。どちらも効果はとても弱いですが、魔法鞄や魔法ランプなどにはちょうどいいです」


「ああ、魔法使いがよく小遣い稼ぎしてるね。魔道具なんて私には迷宮時計くらいしか縁がないけどな」


迷宮時計はガラスみたいな透明の筒に透明な液体が入ったもので、使い捨て。入る時に端っこをぷしゅっと押すと赤い液が出て来てちょっとずつ増える、水と油みたいに境目ができてるので赤い色の大きさで大雑把な時間を測る道具だ。


 ちなみに魔物の素材から作ってあるけど、付与はなし。ただ、素材を合わせるのに魔力がいる。魔道具と呼ばれているけど、実際は作っちゃった後は魔力を必要としないし、普通の道具と同じなんだって。


「魔法鞄ですと、底に縫い付けて使うことが多いです。ほぼどの魔道具にでも使えることと、内側の魔法陣が消えやすいので、大抵の魔道具屋で単体でも売られています。消耗品扱いですね、中に入れる魔石のほうが高いです」


 二枚もらって一枚はお手本に、一枚は水筒にくっつけてみようかな? いや、ソロのノアールのほうにくっつけよう。ロゼのほうはしばらくなくても平気だし。その前に魔石がないんだけどね。


 描いた【ストーン】の魔法陣はファレルが売ってくれるというので、任せた。【軽量化】はだいぶお高くなるみたいだけど、半刻の魔法陣との比較用に居候代としてファレルに譲った。おかげで二階の図書室にも出入り自由でいいってオッケーもらいました。


 その後は魔法書を読んだり、荷物を受け取って部屋を整えたり。昼と一緒に買っておいた夕食を済ませて、それぞれ部屋に引っ込んだ。ファレルは書斎にだけど。


 お風呂は客間にあるんだけど、お湯を沸かして持って上がるのが面倒で、結局台所でたらいだった。ミナとファレルはそれも面倒がって井戸ゆきだったし。ミナに汲んでもらったので一人だけお湯を使うのは気まずい感じなんだけど、井戸で水浴びは寒すぎる。ファレルも寒がり仲間だと思ってたのに!


ミナに添い寝するか聞かれたけど、せっかく部屋をもらったし一人で寝られるって言って断った。


 お胸の誘惑に勝つのは大変でした……。


 そういうわけで脱走です! ノアールになって迷宮に。そういうわけでチェンジ!


 ……うん。チェンジした途端に襲ってくるこの羞恥。なんで胸ばっかり……、そりゃ嫌いじゃないけど。幼女になると自制心がなさすぎる! もしかして肉体の年齢に引っ張られてるんだろうか? いやでも幼児でも男で日本だったらアウトじゃないか? まるっと覚えてないけど、どんな幼少期だったんだろう自分?


 考えちゃいけない気がしてきた。切り替えていこう。


 昼間買った迷宮時計を起動させる。この赤いのが4分の一から半分の間あたりを目安に戻ることにする。夜明け前には布団に潜り込んでいたい。


 準備完了して、夜の街に抜け出す。普通の店は日の出とともに開いて、日の入り前に閉店してしまうので、明かりがついているのは二階以上の部屋にぽつぽつと。一階の店舗の明かりは消え、固く戸締りされている。

 

 ただ、ハンターや探索者といった冒険者向けの店の中には夜通し開いている店もある。迷宮から戻るのはどうしても不規則になるし、夜しか出ない魔物を狩るために夜に出かけるハンターもいるからだ。


 そんな店は当然、迷宮の入り口付近と冒険者ギルドの周辺に集まっている。あとは迷宮に近い門の周辺。開いている店が少ないせいで昼よりも少々高い。


 門を出る前に蜂蜜酒を買って水筒に注ぐ。店員が注いでくれるところもあるが、金を払って決められた大きさの道具で自分で注ぐタイプの店も多い。


 飲料を確保したら今度は肉を挟んだパンを買う、りんごも一つ。りんごは昼間食べたら酸味が強くて日本のりんごと比べるとあれだが、口の中がスッキリしていいかんじだった。


 箱庭に戻って水を湧かせて飲めるようにしたいので、水場を作れるような道具が欲しいが、さすがに昼間じゃないとその手の店は開いてないだろう。


 とか思ったらなんか柄が取れるシャベルがあった。そうか、倒すだけじゃなくて一日以上かかる場所じゃ野営もあるし色々いるんだな。同じ店でシャベルと手斧、ナイフを購入。テントの購入はまだ早いかな? サバイバルしに行く気分になってきた。


 夜の間に行って戻ってこなくちゃならないし、時間が惜しいので門を出たら走る。ファレルの家には箱庭から出る場所のマーキングをしたので、迷宮にもマーキングしておこう。箱庭経由で移動ができれば次回からは楽なはず。


 衛兵にタグを見せて迷宮にさっさと入る。今回も二層で狩れるだけ狩るつもりだ。できれば魔石も手に入れたいところ。


 【気配探索】をしつつ、昼間とは別の分岐を行く。勝てる自信はあるが、できれば最初は一匹だと嬉しい。


 耳を澄まし、足音と気配を殺して静かに走ることを心がける。ロゼにW魔法が使えるのならノアールのいくつかのスキルも有効なはずだ。


 ゲームでW魔法を覚えるのはそれなりにレベルが上がってからだったが、この世界ではレベルが上がれば自動で覚えたり、覚えることを制限させることはなく、ただスキルは能力と経験による。


 最初は洞窟内に音が響いていたけど、半分くらいは音を抑えられた。――小鬼には見つかってしまったが。


 相手は一匹、足を止めずに駆け抜けざまに胸のあたりを切り裂く。


 肺を傷つけたのか、口からごぼごぼと血の泡をふく小鬼を見下ろし、ファレルに聞いた魔石の話を思い出す。


 魔物を丁寧に解体するのは、一には素材の状態を良くするため。二には魔石を傷つけないため。


 魔物の体内にある魔石は、魔法には強いが物理、特に斬撃に弱いらしく傷が付くとそこから直ぐに砕けてしまう。

 面の衝撃には強いけど点に弱い。強い魔物のものならそれなりだが、ソロで倒せる程度の魔物の魔石はかすったらアウトだ。


 さて、効率よくいくにはどうしたらいいかな?

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