第19話 初めての改造
「……見た目が随分違うようですが魔法陣として成立していますね。【ストーン】が読めます」
困ったような驚いたような顔のファレル。
「近隣諸国の文字ではないようですが……?」
「【軽量化】も写していい?」
夢中になってるフリというか、実際夢中なのでスルーさせていただきます。話すと長い上に信じてもらえるか謎で、信じられたら今度はお胸がねっ!気軽に触れなくなっちゃう。
「どうぞ」
貸してくれてるのは原本じゃなく、ファレルの写したものなので遠慮なく。さっきファレルは初級の魔法陣くらいなら――といっていたけど、写すだけならもう少し上な気がする。
「目眩を感じたらすぐやめてください、魔力切れを起こしかけているサインですから」
「はい」
ステータスを確認できますんでご心配なく、とは言えないので素直に返事をする。
石板にガリガリ彫ったり、織物にしたりする方法もあって、それぞれ長持ちするとか特徴があるんだけど、今教わってる方法が一番普及してるそうだ。まあそうだよね、聞いた他の方法よりお手軽だし。
真面目に描くことしばし。これ窓に貼り付けて図形のとこ、本当に写しちゃダメかな? 羊皮紙っぽい紙なんで分厚いけどいけると思うんだけど。いや、窓のガラスが歪んでるしさっき綺麗だと思った枠のせいで平らな面が確保できないか。残念。
「できました」
もちろん半刻は直したよ! 他の魔法陣を参考に使用者の魔力による、に。
「こちらも成功ですか、しかも早い。いささか自信をなくします」
そりゃ、日本語の下に透けて見える現地語を写すよりそのまま日本語のほうが楽だし早い。
「魔力量も問題なく、しかも注ぎ方が一定で安定しているようですね。大抵注ぐ魔力が足りなくて線が細くなったり掠れたり、逆に注ぎすぎてインクを落としてしまうものなのですが。ところで上書きされた感覚があるんですが何か変えましたか?」
魔法陣を描くペンは特殊なものだけど、万年筆に似ている。ペン先をインクに浸けて魔力を流すと、インクを吸い上げペン軸の空洞部分を満たすので便利。魔力は流すものの完全に万年筆だと思って扱っていたので、ファレルが言うことがピンとこない俺です。
「"半刻"を他のを参考に"使用者の魔力による"に変えました」
「は……っ!? オリジナルの魔法陣になってるじゃないですか! いえ、解読できてる時点で、文字を変えてる時点でそうなんでしょうけれど!」
「? 個性的なことはしてないよ?」
ファレル自身が"欠陥がある軽量化"っていてったし、
「魔法と魔法陣の構成を理解して描かれた魔法陣の原本のことです。ロゼさんが言っている方はオリジナルの魔法と言われます」
焦ったような早口な中でも解説が入るのが義理堅いというか、学者っぽい。
魔法陣は写しの写し、と繰り返していくと劣化するのでなるべく原本に近いものがいいんだって。劣化の種類も写し間違いから魔力を注ぐ時の癖の影響とか色々、怖いことに正しく写していてもいつの間にか書き換わることもあるんだそうだ。
ファレルが持っている【軽量化】の魔法陣も、半刻という部分は描いた本人の魔力が低くてわざと条件を下げたのか、劣化して書き換わったのか分からないんですって言われた。
なので魔法陣のオリジナルはお高いそうです。
「鞄に【軽量化】つけたいです」
何か言いたそうな顔をしていたファレルに構わず、机の上に鞄を乗せる。
「中身は出してください、水筒も外して。対象が多くなると失敗しますから」
「はい」
ごそごそと中身を取り出し、水筒を外す。そういえば水筒洗わなくちゃいけないけど、どこで洗えばいいんだろう。台所の水がめは空だし。
「付与は術者の魔力はもちろんですが、人も物も
ファレルの説明を聞きながら準備完了。精進潔斎して臨む人がいたり、かける対象が嫌がって弾いたり、なかなか不安定みたい?
回復系の魔法も双子で、同じような才能から始まっても神殿に所属したほうが効きがいいとか。火魔法も火が近くにあったほうが付与しやすい。ただ、攻撃系は火のそばにいる敵の属性も火と親和性が高いことが多いので、打ち消されたりする。
「やり方はなるべく対象を表すシンボル的なものか、形作っている核に触れて力を流すこと。治癒や人にかける魔法も同じです」
「女性はお胸?」
シンボル的なものでファレルの股間に目がいく。触りませんけれども。いろいろアウトだと思います。
「えーと、ちょっと下を見るのをやめていただきたいです……。人は男性も女性もだいたい心臓ですね。中心から少しだけ左にずれた胸部です」
なるほど、生きているシンボルってことかな? よかった、よかった。ああ、ファレルやミナたちは盟約紋に触るほうがいいのか。
「治癒はお胸」
「治癒は怪我の場所でも。胸も傷も触れられない場合はなるべく近くに手をかざします」
「お胸に触るチャンスなのに……」
「鞄の場合は中心に手を置いてが一般的です。近くに何かその属性と関わりのある物を置くなりすると入りやすいです」
俺の言葉はスルーして説明を続けるファレル。
「庭に行ってきます」
鞄を掴んで図書室から隣の台所を通って外へ。地面に置いて【軽量化】を発動!
手から魔力の光が現れて、半分くらい鞄に移る。鞄から何か抵抗を感じる……。
無機物! お前、容量増やした時はおとなしかっただろう!?
「付与系統は苦手なんですね、ちょっとホッとしました」
頑張って魔力を注いでもこれ以上入らないっぽいので、おとなしく手を離した私にファレルが声をかける。
「効力は落ちたようですがちゃんとついたはずですよ」
「いっぱい入って軽い鞄……」
軽くないと持てないんですよ!
「いっぱい入って軽い鞄には、【空間拡張】がいりますね。一人で複数の魔法をかける場合には、地、水、火、風の順にかけます」
「……っ!?」
早く言ってください!!!!! 【空間拡張】風ですよ!!!!! もうついてます!!
「複数でかける場合は、同時にかける方が定着率が良いと言われています。ですが、以前、魔法鞄の製造を見学させてもらった時に【空間拡張】と【軽量化】持ちのお二人が作業されていて、少しだけ【軽量化】を先にかけるのがコツだとおっしゃっていましたのでこの順番は変わらないのだと思います」
「作り直し……っ」
しかもノアールのもじゃないですか、やだー! せっかく選んで買ったのに! 地面にある鞄に抱きついてうなだれる。
「えっ!? いや、苦手だなんて言いましたけど、普通の人と比べたら初めてで付与できるのは上手なほうですから安心してください。ただちょっと魔法陣を描いたりするのが規格外でしたので……」
おろおろと的外れな慰めを入れてくるファレル。
「何やってんだい?」
「ロゼさんがちょっと【軽量化】に失敗しまして。いえ、幾分かは軽くなったでしょうし、初めてであれば当然のことなんですが」
ミナが戸口に寄りかかって声をかけてきた。鞄を持ってたたっと近寄って抱きつく俺、慰めてください。
「迷宮は当分日帰りだし、そんなに荷物ないだろう? あれば便利な程度の荷物は私が持つし、重いのは水筒くらいだろ?」
ミナが頭をぽんぽんしてくる。
そうだ、水筒だ。昨日の迷宮、中ではぐれた場合を想定して、最低限の食料と水、地図なんかは自分で持つものだと言われてそうしたんだけど、蜂蜜酒入りの水筒が一番重かった。
「おい」
急に離れたのに驚いたのかミナが呼びかけてくる。
「ありがとう」
あたらしい実験対象を思い付いたら元気になりました。
図書室から水筒を抱えてミナのところへ戻ってくる。風、風属性も外でいいよね? きょろきょろと辺りを見回し、そう判断して再び庭へ。
えーと。同時が基本、ちょっとだけ地属性を先に。同時、同時。
「右手に【軽量化】、左手に【空間拡張】。合わせて魔法鞄!」
どーん!
「え、ええっ!?」
ファレルが変な声を出しているけど、気にしない。そういえば【空間拡張】使えるの言ってなかったね。
さあどうだ! 今度はちゃんと全部魔力を吸い込んだぞ。
================
魔法水筒
見かけより八倍の容量がある
重量が八分の一に軽減される
================
おおお?
……。
あれ? 重さは元のままってことでしょうか……?
「お水ありますか?」
テンションが一気に普通になったけど、一応試したい。
「ああ、そこに井戸があるよ。汲んでやろう」
目を丸くしていたミナが庭に出てくる。
「ありがとう」
ミナの後をついてゆくと、木陰に丸く組まれた井戸の石。庭も広くないし唯一の木陰、すぐ近くだったけど隠れてて見えなかった、井戸端で水浴びすることもあるから隠してるんだって。
滑車がついてて綱が垂れてる。綱の先には桶、
ちょっとやってみたかったけど、背の高さ的に井戸に落ちちゃいそうだし、ミナは軽々と綱を引っ張ってるけど力が要りそう。おとなしく見学します。
「どれ」
ミナが桶に手をかけてこっちを見てきたので、水を移しやすいように水筒を差し出す。ちょろちょろと注がれる水。飲めないけど。
「おお?」
幼女用なので大きくはないんだけど、桶いっぱいの水が納まってまだ入りそう。さっそくミナがもう一杯汲んでくれる。
「約一杯半か。すごいな」
二杯目は溢れたけど、ミナの言うとおり大体一杯と半分は入った。
「半分にします」
だばだばと空けて重さをみる俺。
「もったいない!」
重いんですよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます