第18話 初めての魔法陣

 起きたら俺とミナはファレルの家にしばらく居候することが決まってました。


 一応意見は聞かれたんだけど、宿よりはるかに安全でお風呂があって、魔法関連の本が読み放題と言われたら同意するしかない。


 宿の下の酒場で朝ごはんをすまし、お引越し。ハティとカディは案内人と他の面子との連絡先が宿だったのでそのまま。明日には迷宮に出発するって。見送りに行く予定。


「おおおお?」

ファレルの家は一軒家! 没落したとはいえ、未だそこそこお金持ちな様子。


 カバラには防壁が三つある。人が増えるにつれ街が広がり新しい防壁ができた。一つ目の中にあるのは神殿、領主屋敷、古町人こまちにんと呼ばれる昔からの住人の住まい。


 元は一つ目の中にあった冒険者ギルドは、なるべく迷宮の側、二つ目の防壁、さらに三つ目へと引っ越している。


 三つ目の防壁は少し変わっていて、三階建の壁を共有する店や住まいになっていて、その外に向いた壁が防壁になっている。

 冒険者はその三つ目の防壁の中に多くて、宿屋もピンキリでたくさん、露店も多い活気があって雑多な場所になってる。俺たちがいたのはこの区画。


 ファレルの家は二つ目の防壁の中。お高めの店や大きな商人の家、ある程度成功した人の家が多い。一の防壁区画よりは位が落ちるらしいけど、代わりに敷地は広めで定住する人には人気。


 ハンターにはやっぱり迷宮に近くて、消耗品がすぐに揃う三つ目の区画が人気。二の区画にはちょっとお高い装備や薬があるけど、それはちょいちょい買い足すものじゃないから。


 新しい三つ目の区画が一番広いけど、一番人の出入りが激しくて、定住者よりは出稼ぎや、迷宮に潜る間だけってひとが多くて、安全なエリアとそうでない場所が入り混じってるそうだ。

 この区画の中なら、昼間で変なとこ行かなきゃ一人歩きも大丈夫だって。お散歩解禁!


 家は、一階にホールに続く広間、元はダイニングだった図書室、台所とその側の部屋二つ――執事かメイド長と使用人想定の部屋らしい――、半地下の倉庫。二階に図書室と書斎、ファレルの部屋、お客とゲームをしながらお酒を飲む部屋だった図書室、使っていない客間。三階に客間が三つ。


 ものの見事に本に浸食されてるね! 


 常駐の使用人はおらず、三日に一遍お手伝いさんが掃除と日用品の補充に通ってくれてるみたい。ごはんは最初作ってもらってたらしいけど、片付けができないから今は面倒なので外ですませる生活だって。ダイニングから追いやられたテーブルは広間に設置されてるけど、ほぼ使わないそうだ。


 台所のふた部屋借りちゃった。部屋としては二階以上が設備もいいし広いんだけど、階段は遠慮したい。台所と執事部屋は裏庭に面していて昼間は明るいし、何より勝手口が近いので外のトイレに行きやすい。そう、ここでもトイレは外なんですよ……っ!


 執事部屋の奥には倉庫があって銀器とワインが置いてあったんで、思わずいいのか本当に?って聞いちゃった。明らかにお高いもの管理する人の部屋ですよ!


 でもこの家、本の方が高いのあるんだって。そしてあんまり食器に興味がなさそうなファレル。


 客間はともかく、この部屋のベッドは枠だけなので買い物行かなきゃ。いや、自分で布団作ろうかな?藁のベッドはごそごそするし。居心地のいいように好きにしていいと言われたので遠慮なく好きにする予定です。


「窓、すごい」

ガラスは分厚くって歪んでいるけど、陽を通して明るい。そしてどの窓も一面に黒い金属でシンメトリーな花と蔦のレリーフがある。


「本当に。これだけガラス使ってるのすごいな」

おっと、ガラスも珍しいんだ?確かに二の区画に来るまで、板を開けるタイプばっかりだった。


「王都で流行ってるんですよ。大きなガラスは高いですけど、これだと小さなガラスですみますし、防犯にもなる」

「あ、本当だ。これガラスの前にあるんじゃなくってガラスを区切ってるんだ。すごく手間かかってそう」

色のないステンドグラス?


 作業費より、大きなガラスの方が高いのか〜。こっちの世界、よほど特殊な技術でない限り人件費は安いみたい。食料も含めて資源は有限で、人は消耗品みたいな。話を聞いてるとちょっとドキドキすることがある。


 あれ? 平らなガラスって錫に浮かべて作るんじゃなかったっけ? なんかで見たことあるぞ? 後でチャレンジしてみようかな。現代知識でウハウハです。


「裕福な方は透明度の高い魔物の鱗で作るみたいですよ。防犯性も高いですが、さすがにびっくりする値段でした」

おおう、ファンタジー!


 平らなガラス作るより、でっかい透明な鱗持ちの魔物狩った方が早いし丈夫なんですね? わかります。


 箱庭の家にも窓らしい窓欲しいし、強くなったら調べて狩に行こう。んん、箱庭は外敵いないからガラスでいいのか。


「えーと、藁じゃないベッドはありますか?」

「メールの毛を圧縮したものと、アダルの羽根を詰めたものがありますね。あと、タルブルの皮を張り合わせて膨らませたものが最近出回り始めたようです」


 やっぱり色々あるっぽい!


「詳しいね」

ミナが感心してる。

「こちらに来る前はそういう仕事だったんですよ」

没落前ですか?なんだろ、商人じゃないよね?


「では約束の軽量化の魔法を」

「待った、寝床整えてからにしな。あんたら絶対時間を忘れる」

ミナから待ったがかかりました。


 最初は軽量化の魔法に未練があったんだけど、結局うきうきで買い物して来ました。


 ベッドマットはタルブの皮を膨らませたやつ、好きな硬さまで空気を入れてくれた。羽布団一式、ファブリック各種。作業台、ソファ、子供用の椅子。持ち歩き用のフォークとナイフ。


 大きな荷物は、夕方に魔法鞄持ちが配達してくれる仕組みだそうで、便利!


 あと鞄や服の型紙見本。パンツ用の布――洗濯はお手伝いさんが来る三日にいっぺんだからね。魔道具のランプは夜に作業する用に二つと持ち歩き用。


 魔道具のランプ高かったけど、台所とか決まった場所ならともかく、寝室とかで日常的に火を扱う自信なかった。それにトイレに行く時、点けるのに手間取ったら困る!


 いっぱい買いました、でも素材は少し勉強してから。お昼を食べて帰って来た。


「これが件の軽量化の魔法陣です」

「おお?」

やっぱり土魔法系統だね、重力とか引力とかそんなかんじなのかな? ばっちり覚えました。


「あ、本当だ。効果時間、半刻って書いてある」

半刻だと魔力を供給するまでもなく、かけなおさなきゃいけないから何とかしたい。この文字書き換えちゃダメ?


「読めるんですか!?」

「ん? 読めなきゃ覚えられないよね?」

ファレルは読めたから覚えたんだよね? あれ? でもそういえば何で半刻なのか不思議がってたっけ?


「魔法陣が"読める"というのは比喩です。本当に文字が読めるわけではありません、だからこそ本などの形で先にある程度知識をつけてからの方が受け入れやすいんです。魔法陣のほとんどは古魔導王国時代の遺物を写し取った物なんですよ」

困ったようにファレルが説明してくれる。


「えー。でも明らかに規則性があるよね? 解読できないの?」

系統とか時間が書かれてるのだいたい同じ位置で、俺でも気づくよ?


「魔法陣は知識の秘匿でもするためか、それぞれ自分で作った文字や記号が用いられているようで、表記がバラバラなんですよ。もちろん解読されたものもありますが、多くがそのまま写されたものでしょう」


 特殊なインクで描かれた魔法陣は、魔力の強さとか相性がよくないとそもそもぼやけて文字として認識できず、認識できて魔法を覚えたことに"読める"という表現を使っているようだ。個別に何が書いてあるかは普通理解していないらしい。


 魔法陣を描ける人は、構成を理解して特殊なインクを入手できて、さらに描き切る魔力量がないとダメ。けっこうハードルが高い。


「描いてみますか?」

「やる」

ファレルは初級の魔法陣くらいなら描けるそうで、どうやらお金持ちな理由はそれのよう? とりあえず初魔法陣、わ~い!


「私は借り物の手入れでもしてるから何かあったら声かけろ」

ミナは装備の手入れをすると言って、早々に逃げ出した。細かいことは苦手らしい。


「こちらで一式ですね。簡単な魔法陣なら描けます、すでに使用できるものならば成功しやすいので【ストーン】を描いてみましょうか」

ファレルが用意してくれたのは、筆記具、コンパス、分度器、特殊な紙とインク。


 円の大きさやらいろいろこう……。丸いヤツのほかに三角形とかもあるようです。


 属性の種類、土。発動キー、詠唱【ストーン】。発動、詠唱終了時。速度……。


 入れる条件は見本と同じように言葉を書いてるんだけど、これは発動キーをフィンガースナップにしたりいろいろ改造できそう。指ぱっちんで破壊とか憧れるよね。


 ただ、速度とかいろいろ便利にすればするほど魔力の強さや相性が要求されて、描くのも読むのも失敗しやすくなる。


 魔力を込めながら文字を書くと青いインクが赤くなる。


「できた」

描き終えたらインクの色は青に戻った。

「……この字がだいぶ歪んでいますね」

なんだか微笑ましい顔をされました。ぐふっ! だってこっちの文字知らないんですよ! 


「やり直します」

紙をもう一枚もらってまず図形を描く。字は失敗したやつの裏にちょっと練習――うん、諦めよう。ステータス上がって普通の幼女よりは握力もちょっとついたから字を書くくらいはできるんですよ! ただ知らない字なだけで!字が汚いのはしょうがないんですよ。


「できました」

魔法陣日本語バージョン。


 描き終えたらインクが黒になった。他の魔法陣も黒いからこれは成功、成功ですよね?


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