第16話 巻き込み事故
神殿は町の中心にあった。
多くの迷宮都市は、ハンターが住み着いて、ギルドの支所ができて、神殿ができて、それから慌てて国が領主を定めるって順番らしく、領主の権限はそんなに強くない。
迷宮を探してくるのがほぼ探索者だし、家も道もないとこに貴族はすぐ移動できないので、どこも事情は変わらないみたい。以前強権発動したら、ハンターギルドが手を引いて荒野に貴族がポツンになったこともあって、国の迷宮都市への締め付けはゆるいんだそうだ。
ただ、カバラは昔の領主が迷宮の観光地化で手腕を見せて、発展にだいぶ貢献したから他よりちょっと発言力があるんだって。
さっそく誓約書を神殿の社務所? なんて言うんだろう知らないや。神官さんがいるところで書いてもらって手続きした。神様の前で誓ったりするのかと思ってたけど、だいぶ事務的だった。
「せっかくですから女神クリスター様と男神ドルファー様にご挨拶して行きましょう」
神官たちがいる部屋の前を通り抜けて、広間に出る。
神殿は白っぽい砂岩でできた建物なんだけど、窓が少なくってまだ陽があるのに中は暗い。あちこちに灯りがあるけど、全部には届いていない。
灯りは松明でも蝋燭でもなさそう、これが魔道具かな?
「美人」
集められた灯りの中に現れた神像が清楚巨乳美女ですよ! どういうことですか!
「そして筋肉」
おのれ、俺の筋肉!
二体の神像が、たくさんの灯りに囲まれて台座の上からこちらを見ている。ミケランジェロさんの彫刻並みに美しいんだけど、これレプリカとか売ってないかな?
「その感想はどうなんだろうね? 女神クリスター様は恵と癒しの神だ、それでいて槍を持って戦う神話もある」
「男神ドルファー様は戦いと成長の神ですね、破壊の後に豊穣をもたらす神でもあります」
オネェの片鱗ないじゃないですか! いや筋肉はあるか。
などと思ってたら白い光がですね……。神は光である! なんつって。
「あらまあ早速、下ぼ……お供ができたのね!」
オネェの声が聞こえてきた。
無駄に神々しい光に包まれて姿は見えないけど、オネェがいる……っ!
「ちょっと待って、今下僕って言おうとしなかった?」
そして危険な単語を言おうとした! ミナとファレルが気を悪くしないかと、二人をちらっと見たら宙を見つめてなんか固まってる。
「気のせい、気のせい。心配してたのよぉ、この世界のことアタシ側の
「二人ずつ?」
「聖者――アナタは女の子だから聖女ね。聖女のお供も二人、勇者のお供も二人、旅の仲間は六人が定番なの。――ちょっと物理に偏りすぎだけど、最初の二人を
聖女とか勇者とか奴隷商で聞いた言葉が出てくるのはなんで?
「ちょっとひ弱だけど大丈夫、下僕……盟約紋には【成長】がつくから」
「下僕紋……」
「あらやだ、盟約紋よ〜。使うとラブが溢れて大変よ」
ロクでもなさそうっ! そう思った俺は悪くない。
「これで安心だわ〜。頑張って無茶して長生きしてね、うふ」
投げキスの気配がして光が収まってゆく。
投げキスは気のせいじゃなかったようで、白い光が収束してゆく中から、小さなピンクの光が六つ、ふわふわと抜け出てきた。桜の花びらの形といいたいところだけど、あれ絶対ハートだよね!? 投げキス六回もしたの……っ!?
そしてミナに抱きついている私の手の甲に左右一つずつくっつく。
「うわあ、洗わなきゃ!」
こすっても取れない! 左右の手の甲に白い光の模様が出て、右は吸い込まれるように消えた。左は光が薄くなって徐々に、たぶん右はノアールに出たってことかな? 同じ模様っぽいけど右は直線的、左は曲線みたいな違いがあって受ける印象はだいぶ違う。
「僕に盟約紋……?」
「……私にもだ」
スカートに左手を擦り付けてたら二人が正気に戻ってきた。
ごめん、これ絶対巻き込んだ。
「男神ドルファー様……、勇者の盟約紋だね」
「僕もお会いしました。ここで脱ぐ分けにはいきませんけれど、胸に」
「ああ」
ぴろっと襟元に指をかけて自分の胸を覗きこむミナ。ミナもそこですか?
「何があるの?」
お胸があるのは知ってますし、お胸があれば満足ですけど覗かせてください。ぜひ。
「右胸だな。盟約紋が出てる」
覗かせてもらったらなんか、青い模様の一部が見えた。直線的な感じだから右手の紋かな? 俺の右手が勇者で左手が聖女の紋? それにしてもミナのは白じゃなくて青なんだね。
「どんな効果があるの?」
「まず身体能力も魔法も持っている能力は成長しやすくなる」
うん、なんかオネェがそんなこと言ってたね。
「この紋が出ると勇者を恋い慕って傍にいたくてたまらなくなる」
「恋なの!?」
勇者紋ってことはノアールに恋? このお胸はノアールのもの!?
「ちょっ! 故郷の両親を恋い慕うとかでも使うだろうが!」
叱られたけどミナが真っ赤になってて可愛い。
「強さを手に入れる代わりに、勇者を裏切れなくなる一種の呪いですね。"我らは飼い主を慕う犬のようだった"――昔、盟友に選ばれた戦士バルガスの言葉です。ただ、呪いと言ってしまうには抵抗を感じるほど今の僕は心踊る状態です。信頼で結ばれた友となるか、ただの下僕になるかは勇者次第でしょう」
右胸に揃えた指を押し当てて言うファレル。
オネェ! やっぱり下僕紋じゃないですか!
なんで俺はお胸をたくさん選んでおかなかったんだろう。あんな胸こんな胸いっぱいあったのに!
ああでも、オネェのことだからノアールの自力じゃないハーレムは却下だったのかな。そう思ったらミナがいるだけ破格な気がしてきた。
「勇者ってどうやって見分けるの?」
「勇者も聖女も右手に盟約紋を持つと聞いています。普段は消えていて持ち主の意思で出すことができるそうです」
「あと、同じ盟約紋に触ると白く輝いて現れるって話もあるね」
「え? お胸を触るの?」
「そう。勇者から力を分け与えられる時、聖女の回復を受ける時、すべて紋に触れていた方が効果がある」
揉み放題!?
「その、ミナさんの紋章の色は?」
「濃い青だね」
「では勇者はこの周辺におられるか、この地にいれば出会うことができます。僕も後で見てみますが、きっと同じ色をしているのでしょう」
ファレルが言う。紋章の色で距離が分かるのかな? その場合、距離を測る対象はノアールの体なんだろうか、
――使ってないときってもう片方の体はどこにあるんだろう?
「今は見ないの?」
「……その、恥ずかしくって」
脳裏に浮かびそうになった怖い考えを振り切ってファレルに聞く。
「全部脱ぐわけじゃないだろう? 貴族の坊ちゃんじゃないんだ何が恥ずかしいんだか」
元貴族の坊ちゃんですよ! 貴族は人前で肌を見せないとかあるんだろうか。恥じらうヒゲよりお姫様が見たかったなこれ。
「どっちにしろ私はふた月は自由にならないし、ここから動けないさ。今は考えても焦るだけだ宿に帰って飯にしよう。あんたはどうする?」
「ご一緒します」
宿屋と飯屋、というか酒場はくっついてるものなのでファレルも一緒にごはんにするそうだ。同じ紋が出たミナともう少し話したいんだろう。
そういうわけでご飯です。
「おう、帰ったか」
「ただいま」
すでにカディとハティが酒場の一角に座ってビールを飲んでいた。ごはんが並んでないので戻ったばかりかも?
「そちらは?」
「ファレルです。始めたばかりですが、迷宮の案内人をしています」
「そうですか……。こちらの二人は無茶をしませんでしたか?」
笑顔でファレルに聞くハティ。
「無茶、というとやっぱりあれは普通じゃないんですよね? 僕の知識と認識が間違っていたのかと……。安心しました」
ほっとしたように言うファレルから、笑顔のままの顔をミナと俺に向けるハティ。まあ俺はミナに抱っこされてるんだけど。
なんですか?
「あなたたち……」
「いや、ほら、人いなかったし!」
ミナがあせっているみたい?
「ここではなんですし、部屋に移動しましょうか?」
説教の気配!?
「ごはん?」
ごはんはどうするんですか?
「飯食ってからにしろ、食ってからに」
カディえらい!
ごそごそ動くとミナが降ろしてくれたので、カディの隣に陣取りミナを見る。ミナが隣に座って配置完了。ファレルは自動的にハティの隣ですね。
「チーズとこれ! あとお水!」
もう蜂蜜酒は飽きました! 割高でもいいから水かお茶が飲みたい! コーヒーなんて贅沢は言わないから!
冒険者の多い宿というか、都市なので料理は量が多め。お皿を一つもらって自分の分をとってミナの方へ回す俺。チーズはカディとの間においた。
ミナはよく食べ、よく飲む。カディは昼間はたくさん食べるけど、夜はあんまり食べないで飲む一方。向いの二人はお酒を飲みながら一人分を上品に食べてる。
俺が頼んだ料理は大きな白豆と角煮みたいな肉の煮込み、スライスしたパン付。一見豚バラに見えるけどマスズという魔物の肉だ。臭いを抜くためか、乾燥ハーブがたくさん突っ込んであってちょっともそもそする。せめてフレッシュハーブ……ああ、ここの周りは荒野みたいな荒地だったね。無理か〜〜〜〜〜。
「ほら、こっちも食ってみろ」
ミナがお肉を一口大に切って差し出してきたので、ぱくっとね。
「ありがとう」
もっちゃもっちゃと食べる。うん、味は食べやすいけど噛み切れない!
魔物肉には癖がありすぎだと思います。
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