第11話 契約奴隷さん

「まあまあ。守ることについては、この五人の中ではミナ殿が抜きん出ていることは間違いございません。まずは条件を聞いてみてはいかがですかな?」


 商人さんからの助け舟来た!


「私の条件はとこはなし、仕事のための装備はそっち持ち、命に関わるような無茶振りはなし、町にいる間は食事に一日三朱銀程度、期間は月が一巡。迷宮に行って一人で稼いでこいってのもあり。場所は装備に寄るね、取得物は全部そっちでいい」


 ご飯代こっちなのはわかったけど、貨幣価値が謎なんで高いのか安いのかよくわからない。わざわざ条件にいれるくらいだから高めなのかな? 


銀貨は青と赤――朱の二種類あって、朱の十二枚分が青一枚。名前の通り、角度で赤が差したり青が差したり銀に色がつく。

 その下に銅貨があってこっちは青っぽく見える一種類だけ。ずいぶん昔は赤もあったそうだ。十二枚ごとで次のお金と同じだっていうのは覚えた。


 あとこっちの一ヶ月は月が新月からまた新月になるまでの間で、三十日ぴったり。三十一日はないから少し日本とはずれてるみたい。


「期間がひと月で装備こちら持ちでは割に合いません」

「正直、依頼人は迷宮に初めて潜る貴族の坊ちゃんを想定してたしね。まあ、アンタなら床の方も入れていいよ」

なんか条件の交渉が始まった? 「とこ」ってなんだろう?


「確かに貴族でしたら予備の装備を持ってきていそうですね。夜の相手はお断りします――どうしたのですか?」

ハティの言葉に「とこ」がなんだか分かってゆかに膝をついた俺。怪訝そうな顔を向けてくるハティ。


「く……っ、相手から言わせて断るなんて。これがイケメンの実力……っ」

床を一つ叩く。


「何を言っているんですか、貴方は!」


「凡庸な自分はおっしゃることに共感ができるのですが、なぜそれを美女の卵が言ってらっしゃるのか……」

「変わってるねぇ」

商人さんとお姉さんが生暖かい視線を向けてきた。


「せめて、せめてお触りOKに……」

「別にいいけど?」

よっしゃああああああッ!!!!!


「ふた月です、装備はギルドでレンタルしましょう。ロゼもそれでいいですね?」

ガッツポーズしてたらハティがため息をついて商談をまとめてくれた。どうやら期間が2カ月……ふた月になった模様。


 羊皮紙っていうのか? それに書かれた「契約奴隷の規則を守る」とか書かれた下に、さっきの条件を書き込んでゆき二人で署名して終了。


 神殿の制約は契約奴隷になる時に済んでいて、契約を守ることはその時に盛り込まれているらしい。「契約奴隷の規則を守る」というのは主人を害さないとか、欺かないとか、どの奴隷にも課される基本的なことがまとめられていて、それを守るということ。


 ちなみに契約の条項を主人が守らなかった場合、奴隷は解放される。


「アーベルグ様」

「何か?」

「数日前に神託がでたそうです。久方ぶりに男神ドルファー、女神クリスター共に選ばれたそうです。この国だけではなく、他国でも選ばれた勇者と聖女――あるいは魔王を探し始めたはずです」

「……残念です、あとせめて五年早ければ」


 あれ、この世界神が二人いる? オネェは創造神扱いとかになるのかな? 日本でも神様はいっぱいいたけど、あのドライな神は知らなかったし、もしかしたら表に出ないのかね。


「残念?」

「神に選ばれた方が生まれたのですよ。それが人間なら幼いうちに探し出して正しき方向へ導き、魔物ならば力をつけぬうちに討伐します。ただ今は赤子ですから、私の年ではお役に立てそうにないので」

 

 そういえばハティは仕える主人を探してるんだった。いくら勇者や聖女でも赤ん坊の面倒は騎士の仕事じゃないだろう。今現在絶賛面倒みてもらってる身でなんだけど。


 魔王の方はどうだろう? ある程度力をつけないと見分けがつかないのかな?



「あれはー?」

「お? ホロルの腿焼きか! あっちのメールのソーセージも美味いぞ」

「おお?」

ミナと一緒にわいわいと。


 人混みに紛れそうになったり、声をかけられたり、ついでに体力がなかったりでミナに抱っこされてます。けっこう人が多いというか、狭い。防壁に囲まれた都市なので色々ひしめいてる感じ。


 そして屋台が並ぶ広小路に来ています。ごはんごはん! ハティもいるよ? 静かだけど。


 こっちの世界、髪の色が様々だ。オリーブ色にブルーグレイ、赤。でも彩度を落としたような色合いが多くって、ハティのようなキラキラした金髪や俺の髪色はちょっと珍しいかも。


 ミナは赤毛だし、カディの黒も混ざると統一性のないことこの上ないね!


 ホロルの腿焼きは、焼いた肉を縦に割いたのに香草がまぶしてある。それを紙ではない何かに包んでくれる。ホロルがなんだかわかんないけど、鳥っぽい? 値段は青銅貨五枚なり


「この包みってなんでできてるんだろ?」

「この周辺に繁殖するイーヤーの皮です、弱い魔物ですが大量発生しやすく、穴を掘る習性のせいで道や防壁が壊されるんですよ」

イーヤーは食用にならないけど、皮をこうして利用しているそうだ。とても薄く破れやすいので耐久性はない。特に完全に乾いてしまうとダメだそうだ。


 メールのソーセージは二本で朱銀の半貨一枚。銀貨には半貨というのがあって半分の価値、聞いた時は覚え辛いなあと思ったけど、見たら本当に現物を半分にぶった切ってあるだけだったので微妙な気分になった。朱銀は青銅貨十二枚で一枚分だから、朱銀の半貨は青銅貨に直すと六枚。


 ホロルはまあまあだったけど、メールはちょっと脂っぽかった。茹でた後に焼けばいいかんじかな?


「早く酒が飲みたいもんだ」

ミナが飲んでいるのはエールというビール。CMでラガービールとかやってたのでなんか違うんだろう。そしてミナにとっては酒じゃないらしい。


 俺は俺で蜂蜜酒を飲んでいる、薄いけど。エールは青銅貨二枚、蜂蜜酒は一枚でたっぷり。店によって値段が違ったんだけど、どうやら度数こさと味で違うらしい。というか、水より酒の方が安いことが今判明した。どおりで村でもこどもに蜂蜜酒が出た。


 この辺の水は飲料に向かないらしく、弱い酒は保存にも便利で、水代わりと栄養源扱いのようだ。


「食べきれない……」

食べきれないし、飲みきれません。


「自分の食べられる量を把握しましょうか」

無駄遣いしてはいけませんとハティに叱られた。


 俺用に買ったものの大半が、ミナの腹に収まることとなった。次回から別なものを買ってちょっとずつもらうことにしよう。三朱銀を日数分先渡して自由に食べてもらってもいいんだけど、俺が物価を覚えるチャンスだし、何より一緒に買い食いするのが楽しい。


ごはんの後はミナの装備をレンタルしにハンターギルドに逆戻り。

 俺の希望で迷宮の浅いところに連れてってもらう。貸し出しはむちゃくちゃ高いものから不安になるくらい安いものまで。さっぱりわからないので、レンタル料の上限をハティが決めてくれた。


 借りるときに払ったお金の九割は、返すと戻ってくるみたいなんだけど。どうやら先輩ハンターが後輩にって置いてった装備も混ざってるらしく、特に浅い階層用の装備は値段で良し悪しが決められないらしい。


 選ぶのに時間がかかるってことなので、俺はハティとギルドの図書室へ。ほとんど有料な上に持ち出し禁止だけど、地図から魔物の図鑑まで色々ある。


 まずは地図で位置を……。はい、見たことない地図なんでここだって言われてもそうですか、としか言えません! 世界地図じゃなくって一部分だし、気候もどんなところかもさっぱりだ。


今いるレーン王国、レラリア王国、ファーレン皇国を中心に描かれていて他は雲とか太陽の絵でごまかされてる。


「ハティ、この中で迷宮があるところどこです?」

「この周辺で有名なのはティンとマージルですね」

指をさしながら教えてくれる。指されたおっきな図の番号を目安に詳細が載っているページを探す。


 ティンは緑豊かな森の中にある迷宮都市で、お隣のレラリア王国にある。マージルもお隣の国だ。


「迷宮の数はこのレーン王国の方が多いのですが、この二つは都市があるので活動がしやすい。ファーレン皇国にもありますが、規模が小さい」

他は魔物がいっぱいな森の中とか、山の中とかが多いみたい。迷宮にたどり着く前も冒険になってそう。他に書いてあるのは目立つ魔物の分布とか、特産品とか。


 隣で迷宮内の魔物を確認しているハティ。けっこうチラチラ見られてる感じはするけど、ハティと俺半々っぽい。俺は場違いなのは自覚してるんであれだけど、ハティはやっぱり有名人なんだな。


「ごめんなさい、これ戻してください」

一人で本一つ持上げられない幼女です。でっかいんですよ! でっかい上に皮なんですよ! 持ってくる分には有料なこともあって、職員さんが出してくれるんだけどさ!


 俺も迷宮に初めて潜る者の心得的なガイド本と、ついでにどんなものかと魔法書も借りる。文字はバリバリ日本語です、意識すると元の文字っぽいのが見えるんだけど。翻訳大変助かります、「字は読めるけど、書く方ダメ」って言ったオネェのセリフがとても理解できた。


 ガイド本には用意すべきものとか、注意すべきこととか結構丁寧に書いてある。


 例えば水場は十層までないから、実力があって水を節約するつもりならさっさと下にゆくこと、とか。


 用意すべきものは一に『案内人』、大抵の案内人は自分がどの魔物と戦ったことがあるかなどを伝えると、適切な階層の判断と準備するべきものを用意してくれる。


 中ではぐれた時のために、階層ごとに有料で販売される地図、水、薬、食料などは自分で持つこと。


 なるほど、なるほどと感心していると、最後に「この本は詳細版を販売しています」の一文。ぐふっ。

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