第二十九話 仕方ないのかもしれない
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その本に出会ったのは偶然だった。
なんとなく入った本屋で、手に取った一冊の小説。高校生ぐらいの男女が描かれた表紙。
店内入口の目立つところに平積みされていて、近くにはカラフルな手書きポップが置かれていた。「感動」「恋愛小説」「不治の病」といったキーワードが強調されていて、あらすじを読む前からどういう内容か大体想像できた。帯にも「絶対に外で読んではいけない!」なんて芸能人のコメントが書かれている。
普段はこういう小説を読まないのだけど、この時の私は諏訪くんへの想いと岩瀬くんの告白で揺れ動いていたから恋愛というものが分からなくなっていた。だから、ポップに書かれた「恋愛小説」の四文字に惹かれて手に取った。文庫本ということもあって控えめな値段で、あらすじを読み流してレジへ向かった。
家に帰り、早速読んでみる。あまり本を読まないタイプの人間だったから、少しずつ読んでいこうと思っていた。
しかし、ページをめくる手が止まらず、一気に最後まで読んでしまった。
主人公の女子高生が、幼馴染と付き合い始める。しかし、彼氏に不治の病が見つかり、医師から余命宣告を受けてしまう。彼氏は迷惑をかけまいと、主人公を強く突き放す。落ち込む主人公だったが、クラスで人気者の男子から告白をされ、新しい未来を考えるようになる。けれど、主人公は最終的に彼氏を選び、最期まで寄り添った。そして、彼氏の分まで生きようと決意したところで物語は終わる。
どこかで見たことのあるような内容だったけれど、読み終わった後、何時間も泣き続けた。ティッシュを一箱を使い切るんじゃないかと思うぐらい泣いた。
主人公に感情移入しすぎてしまったのだろうか。自分と重ねてしまい、とても悲しくなってしまった。これを感動と呼ぶべきか分からないけど、とにかく涙が止まらない。
でも、私と主人公は違う。彼女は最後に幼馴染である彼氏を選んだ。それに比べて私は悩んでいるどころか、諏訪くんと恋人にすらなれていない。諏訪くんが死ぬなんて考えたくないけど、もしこのまま岩瀬くんの告白を断って、諏訪くんが死んだら、私には何も残らない。あの主人公みたいに一人になっても前を向いて生きていけるのだろうか。
あれだけ自分と重ねて読んでいた主人公が最後の最後で、遥か先へ行ってしまった。私もああなりたいと憧れてしまった。一途を貫き通した彼女に私もなりたいと思った。
だけど、あれは創作物の世界での話。実際に同じ状況で幼馴染を選ぶ人間はどれだけいるのか。おそらく幼馴染を選ぶ方が少ないだろう。一生に一度の人生、その全てを好きな人に捧げられる人間はどれだけいるのだろうか。
少し前の私だったら捧げることはできただろう。諏訪くんが私の事を見てさえくれれば、せめてもの見返りがあれば――。
そんな事を考えている時点で、あの主人公には遠く及ばない。自分なんか無価値だと思っていたのに手放せない。あの主人公のように「好きになったんだから仕方ないでしょ」と言いたかった。
数日後、諏訪くんと学校帰りにファミレスに寄った。私の方から「久しぶりにどこか寄って帰ろうよ」と言って彼を誘い、彼は嫌な顔をせずに「いいよ」と答えた。
特に行きたい場所もなかったから、ファミレスに入ったものの会話はない。本当にただ久しぶりに彼と寄り道したかっただけで、振るような話題はない。黙々と運ばれてきたドリアを食べている諏訪くんは食べるスピードが遅い気がした。夕飯前だから……と思ったが、以前はもっと頼んでいた気がする。腕も細くなった気がするし、見ていて不安になる。
ふと、彼の通学鞄に目をやると、私が以前あげたお守りがぶら下がっていた。それを見て、話題ならあるじゃないかと思い出す。
「そうそう。前にあげたお守りを買った時にね」
巫女さんから聞いた身代わり石の話をすると、諏訪くんは「変わった神社だな」と鼻で笑った。実際に夢を見たと言っても、彼は信じていないような顔で、興味津々と呼ぶには程遠い反応だった。
けれど、「誰の事を玉に書いたんだ?」と訊かれ、私が「え? 諏訪くんだけど?」と答えると、「お前なにやってんだよ」と食らいつくように反応を見せる。
「諏訪くんのお守りを買いに行ったんだから、諏訪くんのことを書くでしょ、普通」
「さっき夢の中で玉を投げかけたとか言わなかったか?」
「うん、投げかけたよ」
「それに対して怒っているんだよ」
「ごめんね、投げる前に目が覚めちゃって……」
「逆だ。もし本当に身代わりになったらどうするんだよ」
「あはは、夢の中の話だし、どうもならないよ」
そう言うと、諏訪くんは「そういう問題じゃない」と不満げに言った。
「大体、岩瀬だって心配するだろ」
「どういうこと? なんで岩瀬くんが心配するの?」
「そりゃ恋人の身に何か起きたら心配するだろ」
恋人? 岩瀬くんの恋人? 誰が?
「待って、何言っているの? 私と岩瀬くんは恋人じゃないよ」
「……じゃあ、なんでお前ら最近学校で余所余所しい態度でいるんだよ」
「そ、それは! 岩瀬くんに」と言いかけたところで、「あっ」と口にする。
「岩瀬に?」
「……告白されたから」
否定したい気持ちが私を焦らせて、つい口にしてしまった。岩瀬くんに告白されてから、学校で視線が合う回数は増えたが、会話は減ってしまった。傍から見たらそういう関係に見られてしまうものなのかもしれない。
「でも、まだ返事していないし、付き合っていないよ」
「それで相談がしたくて今日誘ったわけか」
別に相談するつもりはなかったけど、悩み事には変わりない。
「岩瀬に不満でもあるのか。顔は悪くないし、変な噂を聞いた覚えもないが」
「そういうんじゃなくて……他に好きな人がいるから……」
慎重に顔色を窺うように言うと、諏訪くんは黙り込んでしまった。
「それに恋人なんて私にはまだ早いかなって……」
「高校生なら普通じゃないか」
う~ん、と声に出して考えるも、岩瀬くんと付き合っているビジョンが想像できない。
「諏訪くんは、彼女作らないの?」
「……なんでそうなる」
「だって、気になるんだもん」
決まりの悪そうな顔をする諏訪くんは「作れるわけないだろ」と答える。
「こんな病弱な男を好きになる奴なんているわけがない」
「え、そんなことないでしょ」と私が言うと、諏訪くんはスマホをいじりながら「じゃあ、幸野は僕と付き合えるのか?」と訊いてくる。予想外の訊き返しにしどろもどろになりながら答える。
「わ、私は別にいいと思うけど……」
視線が合い、お互い次の言葉を待っているかのような沈黙が流れる。とても気まずい。
「そこは違うだろ。幸野はもっと自分の幸せを考えるべきだ」
「諏訪くんとなら楽しくやっていけそうな気するけど」
「……何言っているんだよ。楽しいわけないだろ」
拒絶するような言葉だったが、そう口にした諏訪くんは頭を掻きながら照れくさそうな表情をしていた。
「少なくとも僕は嫌だね。恋人の足を引っ張るぐらいなら一人で死んだ方がマシだ」
「足を引っ張るとか言わないでよ。それだと病気が治るまで恋人できないよ?」
「仕方ないだろ。こんな体で生まれてしまったんだから受け入れるしかない」
「それでも好きになってくれる人は必ずいるよ」
私が励ますように言うと、諏訪くんは「お前って本当変わっているよな……」と逃げるようにスマホの画面に視線を移した。なんだか諏訪くんが、この間読んだ小説の幼馴染みたいに見えて、少し笑みを緩めてしまった。
「変わってないよ。恋人って支え合って生きていくものでしょ」
私も小説に出ていた主人公の台詞を真似ると、「さあな」と曖昧な返事が返ってきた。
その後も諏訪くんは最後まで恋人を作らないとは言っていたけど、それが強がりである事は一目瞭然だった。
結局、何が正しいのか分からないけれど、諏訪くんにも分からないようで、少しだけ安心した。その安心が心地よくて、出来る事ならずっと一緒に悩んでいたいと思った。
やはり好きになってしまったら仕方ないものなのかもしれない。
翌日、岩瀬くんに「ごめんなさい」と謝った。出来るだけ彼を傷つけないような言葉を選んで、まだ自分の気持ちに整理がつけていないことを話すと、岩瀬くんは「考えてくれてありがとう。でも諦めないから」と明るい表情を返してくれた。
こうして一年目の高校生活が終わった。
サガリバナに憧れた少女 星火燎原 @seikaend
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