第二話 順風満帆な人生
2
――僕には恋人がいた。
これは僕が身代わりになる前の話である。
自分で言うのもなんだが、
小さい頃から友達を作るのが得意で、クラスや学年が違ってもすぐに交友関係を結ぶことができた。毎年、僕の家で開かれていた誕生日会は賑やかだったし、バレンタインデーにはチョコを複数貰っていた。
たまに喧嘩することもあったけど、いつも翌日には仲直りしていたから大きなトラブルに発展したことは一度もなく、周りとの関係は良好だったと言える。
成績は平均より上で、テスト前に徹夜しなくても他人に見せられる点数を取れていた。特に勉強が好きだったわけではなく、苦手な教科もあった。ただ「勉強で困ったり、悩んだことはあるか」と訊かれて、真っ先に答えるような経験も思い当たらない。
高二の夏まで学校生活の妨げになるような大きな悩みを持たなかった僕の人生は「順風満帆だった」と自負していいはずだ。交友関係、勉強面で不満はなかったし、異性からも人気があった。そりゃ上を見上げればキリがないんだろうけど、僕は自分の人生を気に入っていた。
僕がモテていたのは、小学生の頃からサッカーをやっていたことが大きい。元々、外で遊ぶのが好きだったのもあって、運動神経には自信があった。
小学校ではクラスで一番足が速かったし、運動会でも毎年リレーの選手に選ばれていた。「小学校では足が速い奴がモテる」なんてよく聞く話だが、実際そうだと思う。
寄ってくる女子達は口を揃えて「諏訪くんって足速いよね」だとか「運動できてかっこいい」など、足が速いことを褒めてきた記憶がある。中学に上がってからは身だしなみを人一倍気にするようになり、サッカー部のストライカーとして活躍していたこともあって、女子から告白されることも少なくなかった。
しかし、告白してきた女子達とは付き合わなかった。
告白してきた女子達は皆、「足が速い諏訪和樹」か、「サッカーが上手い諏訪和樹」に好意を寄せているように見えた。
もしサッカーが上手くなかったら他のクラスメイトと変わらない扱いだったと思うし、僕より足が速い奴がいれば彼女達はそいつに告白していただろう。
「恋人を選ぶなら外見と内面のどちらを重視するか」って話もよく耳にするけど、僕は間違いなく内面を重視するタイプの人間だ。「顔が好みだから」とか「金持ちだから」など、内面を見ずに恋人を選ぶ人間がいるが、僕には考えられないことだった。
いや、もっと踏み込んで言っておく。僕は内面を無視して恋人を選ぶ人間を軽蔑し、外面しか見ていないような女子に好意を寄せられれば虫唾が走るような人間である。
そして、めんどくさいことに諏訪和樹という人間は「優しいから」とか「話が面白いから」といった単純な理由にも拒絶反応を示す。
じゃあ、どんな理由ならいいのかと自分に問うが、答えは返ってこない。正直、自分でも人を好きになっていい条件をよく分かっていなかった。
この強い拘りの原因は、僕が夢見がちな子供だったからだろう。昔から特撮ヒーローに憧れたり、本気でお化けを怖がったり、都市伝説を信じ込んだり、現実を見ずに空想の世界に浸ってばかりだった。
だから、恋愛にも漫画やアニメのようなロマンチックを求めてしまう。
相手の肩書きや収入で恋人を決める打算的な恋愛も、外見や容姿だけで恋人を選ぶ恋愛も、僕は恋愛として認めたくなかった。
こんなことを高校生にもなって言うのは恥ずかしいけど、身代わりになる前の僕はそんなどうしようもない夢見がちな子供だったんだ。
それでも――僕には恋人がいた。
こんなめんどくさい僕にも彼女がいたんだ。
僕と同い年の幼馴染。地域の集まりに積極的に参加する家庭で生まれた僕達は物心つく前から家族ぐるみの付き合いで、家にはまだ幼稚園にも通っていない頃の僕と千秋が写っている写真が沢山あった。
その頃の思い出は写真の中にしか残っていないが、いつも一緒だったことは憶えている。だから物心ついた時から千秋は家族と同じくらい身近な存在であった。
鮮明に思い出せる中で一番古い記憶である小学校の入学式にも僕の横には千秋がいたし、中学と高校の入学式でも同じだ。僕の横に千秋がいて、千秋の横に僕がいる。それが当たり前の日常として僕達は共に過ごしてきた。
小学生の頃は大人になっても交友は続くものだと思いながら、一緒に通学していた。当時は千秋のことも一人の友人として見ていたし、そもそも恋愛にまったく興味がなかった。でも、自覚していなかっただけで、その頃から千秋に恋心を抱いていたのかもしれない。
僕がサッカーを始めたきっかけは千秋にかっこいいところを見せたかったからだ。
小学校に入学して間もない頃、休み時間にクラスの男子数人とサッカーをやっていた。校庭には僕達の他にも児童がいたはずだが、ボールを追いかけることに夢中だった僕の記憶からは周りの児童が何をして遊んでいたのか思い出せそうにない。
でも、同じクラスの女子達が鉄棒で遊んでいたことだけは憶えていた。何故、そのことだけ憶えていたか説明するのは簡単である。
その中にいた千秋が僕達のことを見ていたから。
僕は千秋に見られていることを知り、「かっこ悪いところは見せられないな」と思った。
しかし、僕達の中に一人だけずば抜けてサッカーが上手い奴がいて、美味しいところは全てそいつに持っていかれた。
活躍することができなかった僕の姿は、千秋の目にはどう映っていたのだろうか。かっこ悪く映っていたのだろうか。
少なくても当時の僕は活躍できなかったことが、かっこ悪く思えて、何よりそんな醜態を千秋に見られたのが悔しかった。
その日から毎日、放課後にサッカーをやるようになった。何としてでも『あいつ』より上手くなって、千秋にかっこいいところを見せたかったのだ。
一日でも早く汚名返上、名誉挽回したかった僕は土日も友達を集めて、ひたすらボールを蹴り続けた。最初はただ上手くなることしか考えていなかったが、上達していくにつれてサッカーの楽しさを知り、サッカー教室に通いだすほどのめり込んでいた。
僕が『あいつ』より上手くなったと実感した頃には、もう汚名返上なんて頭の片隅にも残っていなかったかもしれない。千秋に「かっこよかった」と言ってもらえた時はもちろん嬉しかったけど。
それからもサッカーをやり続けた僕は、学年が上がる度に自分の運動神経が周りと比べて卓越していることを実感する。運動会ではリレーの選手に選ばれ、女子からは「足が速い」と持て囃され、サッカー教室でも同年代の中では頭一つ抜け出ていた。
今になって思えば、小学生時代にこういう成功経験的な思い出があるというのは、生きていく中で大きなアドバンテージになるものだ。自分に自信が持てるかどうかで、同じ人間でも未来が大きく変わるのだから。
中学に上がると、内面の変化はもちろんクラスでのグループ作りも小学校の時とは全く違うように感じた。別に交友関係で問題が起きたわけではない。小学校からの友人やサッカー教室で知り合った仲間と同じクラスになり、入学式の日から周りと上手くやれていたはずだ。
しかし、いくら大きな悩みを抱えることなく高二まで過ごしていたと言っても、中学に入学したての頃は様々な変化に戸惑っていた記憶がある。
生活習慣、クラス内での会話、先輩との上下関係……一つ一つ挙げていけばキリがない。当時の僕はそれらの変化に戸惑いながらも素早く適応していった。
でも、一つだけ適応しきれなかったものがあった。というより適応のしようがなかった。
――千秋をただの友人として見れなくなっていた。
それまでサッカー一筋だった僕が恋愛に興味を持ち始めたのだ。忘れていた記憶を思い出したかのように、気づいた時には千秋を異性として好きになっていた。
千秋のどこが好きなのかと問われれば、「全て」なんてベタなことしか言えない。笑うと恥ずかしそうに手で口を隠す仕草も、頑張り屋なところも、少し天然なところも、全てが愛おしかった。だから明確な理由を言えない。外見だけで判断したわけでも、一言で済むような単純な理由でもない。
ただ純粋に真っ直ぐな気持ちで「千秋しかいない」と確信していた。もし他人から見て、これが理由になるのなら単純以上に単純な理由かもしれないけど、僕自身は納得できる気がした。
中学に上がる前までは、「交友関係を築くのが得意な自分なら、いざという時の恋愛も上手くいくだろう」などと楽観的に考えていた。
楽観的に考えていただけで、現実は違った。
もし告白してフラれたら……なんて弱音が脳内を過る事態になるとは考えていなかった。自分は当たって砕けるタイプどころか当たっても砕けないタイプだと自己評価していた。とんだ買い被りである。
とは言え、相手が千秋なら仕方ないとも思えた。これまで一緒だった千秋との関係が、今まで積み上げてきたものが一瞬で壊れるかもしれない。出会ってから数ヵ月経って告白するのとはリスクが違いすぎる。
中学に上がってから自然と別々に通学するようになり、会話が減っていた時期だったのも悪かった。僕は「慌てずに慎重になるべきだ」と自分に言い聞かせた。
ところが、そう呑気なことも言っていられなくなる。
千秋は学年の中でも目立つほど容姿が整っていた。すらっとした華奢な体、白い肌、肩まで伸びたサラサラの黒髪、小顔でぱっちりとした目。小学校でも人気があったのは知っていたが、異性として意識し始めてからは、そのどれもが魅力的だった。性格の方も普段は物静かで内向的なのに、道端で困っている人がいたら迷わず声をかけるような優しい心を持っている。
非の打ち所がない彼女を男子達が放っておくとは考えづらかったし、実際に人気があった。当たり前だ。同じクラスの男子が千秋を狙っている、なんて話は何度も耳に入ってきた。
千秋は「恋人なんてまだ早いよ」と笑っていたが、彼女の内向的な性格から考えれば、男子に言い寄られて流されるままにOKを出してもおかしくないように思えた。
自分がフラれるところは想像できても、他の男子の告白を拒むところは想像できず、不安を抱いたまま過ごすことになる。何も手を打たなかったわけではないが、部活に集中することで気を紛らわしていた時間の方が多かったのは事実だ。
結果的に僕と千秋は付き合うことになるから、この苦い時期もハッピーエンドを引き立てる青春の一ページになった。
そういうわけで大きな悩みを抱えることなく順風満帆な学校生活を送れたということにしているが、当時の僕から見れば大きな悩みだったことは認めよう。
悶々とした日々の流れが変わったのは、中一のバレンタインデーだった。
その日の教室は普段とは雰囲気が違った。もしかしたら小学校の時もバレンタインデー独特の雰囲気があったのかもしれないけど、僕は気にしたことがなかった。
しかし、この年のバレンタインデーは違う。千秋からチョコを貰えるかどうかで、朝から落ち着かなかった。
これまで毎年、千秋にチョコを貰っていた。幼稚園に通っていた頃から欠かさず貰い続けていたから、去年までは貰ってもなんとも思わなかったのが本音だ。
それに小学校低学年の頃までは千秋から貰ったというより、千秋の母親が買ったチョコを千秋経由で貰う感じで、義理チョコとしてのイメージが強かった。
当然、「義理チョコを貰って喜んだりするか」なんて言えたのは去年までの僕で、その年の僕は違う。去年貰ったチョコをもっと味わって食べればよかったと思ったし、姉に一粒やらなければよかったと激しく後悔していた。
毎年、学校で貰っていたことを考えれば、下校するまでが勝負だった。
僕は心の中で姉に文句を言いながら教室にいる千秋を目で追う。チョコを誰かに渡すかもしれないのだから、気にしない方が無理な話である。これまで皆勤賞だろうが、今年貰えなければ意味がないのだ。
しかし、他の女子からチョコを貰えても、千秋からは何も貰えないまま授業が終わっていく。その間に何度も千秋と目が合い、その度に目線を逸らした。
結局、見ていた限りではこの日、千秋が学校でチョコを渡すことはなかった。
そう、誰にも渡さなかった。「今日は具合が悪いから」などと適当な理由で部活を休み、千鳥足で下校。帰宅してすぐにベッドの上にうつ伏せで倒れた。
僕が見てないうちに誰かにあげたとか、放課後に渡したなどの可能性を排除してもショックなことには変わりない。
毎年貰っていたのに『今年』は貰えなかった。単に貰えなかったのとは訳が違う。何故、今年は義理チョコすら貰えなかったのかを考える必要があり、それらの原因を考えれば考えるほど考えたくない結論に辿り着く。
「他に好きな男子がいて勘違いされたくなかった」「気づかないうちに嫌われていた」などネガティブな候補が出揃う。もちろん答え合わせするには本人に訊くしかなく、いつまでも不毛な時間は続いた。
「こんな時間に寝ているんじゃないよ」と言いながら、僕を叩き起こしたのは母だった。
視界がぼんやりしているまま時計を確認し、何時間も眠っていたことを知る。
母は呆れながら「早く食べないと冷めるよ」と捨て台詞を吐いて部屋から出ていった。床が軋む音が遠ざかっていき、僕は大きなため息を吐く。これが現実であることを認めたくなかった。
少し経ってからモソモソと起きだして、リビングがある一階へ下りた。長方形のダイニングテーブルには椅子が四つあり、父と母が夕飯を食べていた。既に食べ終えていた五つ上の姉は、テレビ前にあるソファの上で横になりながらバラエティ番組を見てゲラゲラ笑っている。
僕は手つかずの料理が置いてある前の椅子に座り、冷めかけのご飯を黙々と食べる。
すると、姉のいる方からビリビリと紙を破く音がして反射的に目がいった。テレビとソファの間にあるローテーブルの上に見覚えのある包み袋やラッピングされた箱が複数置いてあり、姉はそのうちの一つを開けていた。
それらはその日、僕が貰ったバレンタインプレゼントであった。
「人が貰った物を勝手に開けるなよ」
姉に向かって言う。「あと人の鞄を勝手に漁るな」と付け足すか悩んだが、玄関に置きっぱなしにしていた自分にも非があって口には出さなかった。
「別にいいじゃん、どうせ食べきれないでしょ」
ボランティア、ボランティアと口ずさむ姉は毎年、貰ってきたバレンタインプレゼントを物色する。
姉の言う通り、甘いものをそこまで好きじゃない僕は全て食べきれない。その為、家族に手伝ってもらっていた。
食べきれずに捨てるよりはマシだと考えるが、人から貰ったプレゼントをこういう風に扱うのは心が痛む。その年は本命といった感じの渡し方はされなかったが、義理だからって粗末に扱いたくはない。いくら外面しか見ていないような女子から渡されたものでも気持ちだけは誠実に受け取りたい。
だから家族に手伝ってもらうのは複数個入っているものだけで、僕が食べる分を残しておく決まりになっていた。一口だけでも必ず食べるのが、せめてもの償いのようなものだった。
ちなみに、このことを姉にそのまま話せば「気持ち? なにそれ、ウケる」と馬鹿にされるのは目に見えているから「感想を訊かれた時に困るから」といった理由にしてある。
「あらあら、これ手作りチョコじゃない」
いつの間にか夕飯を食べ終えていた母が、姉と一緒にプレゼントを漁りだす。
「この子、気合入っているね~」と姉の陽気な声が聞こえた数秒後、「苦ッ!」と叫び声が聞こえた。
姉が食べたチョコを渡してきた女子と以前会話した内容を思い出す。
「諏訪くんって甘いもの好き?」「甘いのはあまり好きじゃないかな」「へーそうなんだ」
ソファの上で悶える姉をよそに母が「千秋ちゃんのはどれかしら」と口にする。
母の何気ない一言で、時間が止まったかのように感じた。
当たり前だが、主婦の一言で時間が止まるわけがなく、「そんなこと訊くなよ」と心の中で愚痴をこぼす。食事していて聞こえなかったフリを試みるが、「ねぇ! 千秋ちゃんのはどれ?」と大きな声で追撃してくる。さらに復活した姉が「今年は貰えなかったんじゃないの?」と鼻で笑いながら言った。うるさい、黙れ。
流石にこれ以上、無視していたら耳鼻科に連れていかれそうだったから覚悟を決めて「どれだったか憶えていない」と答えようとした……つまり、全く覚悟を決めれてなかった。
その時、家のインターホンが鳴った。
「夜中なのに誰かしら」
首を傾げながら玄関へ向かう母を見てホッとした。玄関から戻ってくる前に夕飯を食べ終えて、さっさと部屋に戻ろうと勢いよく頬張った。
「和樹ー! 千秋ちゃんよ!」
母の呼びかけに驚いて、思いっきりむせた。口に入れていた物が飛び出たわけではないが、姉は汚物を見るような目で「汚ねぇ」と呟いた。存在が汚いってことか、コラ。
廊下でニヤついた母とすれ違い、玄関には白いコートを着た千秋が立っていた。
首元には赤を基調としたチェック柄のマフラーが巻いてあり、手にはリボンが巻いてある包み袋を持っている。恥ずかしそうに「こんばんは」と挨拶する千秋に、僕もぎこちない挨拶を返した。
「これ、良かったら……」
千秋はそう言って、手に持っていた包み袋を渡してきた。二月十四日に女の子から包み袋を貰うとなれば、それがなんなのかは訊かなくても分かる。だけど、この時は目の前で起きていることを飲み込めず、「ありがと」と弱々しい声を出して受け取った。
包み袋の重さを感じても、これが現実なのか疑い続ける。会話が途切れて時間だけが過ぎていき、千秋が気まずそうに「それ渡しに来ただけだから」と言って帰ろうとしたところで、ようやく現実に戻ってこれた。慌てて「家まで送ろうか」と訊いたが、千秋は「ううん、近いから大丈夫だよ」と首を振って玄関のドアを開けた。
玄関の外に出たところで、僕は思い切って今の気持ちを口に出してみた。
「今年は貰えないのかと思っていたから、貰えて嬉しいよ」
僕の方へ振り向いた千秋の表情は、少し驚いているようだった。
「本当?」
「うん、本当に嬉しいよ」
それを聞いた千秋は笑みをこぼした。さっきまでとは違う、自然な笑みを。
「良かったぁ。私から貰っても嬉しくないんじゃないかなって心配していたから」
「そんなことないよ。逆にどうして心配なんかしたのさ」
「だって和樹くん、他の女子からも貰っていたでしょ。貰っているところを見ていたら、私ので喜んでくれるのか不安になってきて……」
内向的な千秋らしい言い分だと思えた。学校で貰えなかった理由が分かり、打ち解けた雰囲気に勢い余って「いやいや、千秋から貰えたのが一番嬉しい」と返すと、千秋は小さな声で「それなら勇気出した甲斐あったかな」と照れ笑いした。
二人で過ごす時間がどこか懐かしく、そのあとも数分だけ会話をして、千秋の後ろ姿を見送った。
「じゃあ、また学校で」
「うん、またね」
この日を境に千秋との距離は縮まっていった。
嫌われていないことを知った僕が積極的に千秋を誘うようになり、二人で過ごす時間が増えたからだ。
傍から見ても友達以上の関係なのはバレバレだったようで、周りからは「まだ付き合ってないの?」なんて訊かれることも多かった。僕達は恥ずかしくて否定したけど、二人とも既に恋人のように接していた。
返事が分かりきっている告白をしたのは中学の卒業式で、僕達は晴れて恋人になった。
同じ高校に進学した僕達は毎日一緒に通学していた。高校でもサッカー部に入部し、試合には千秋が応援しにきてくれた。試合の結果によって褒めたり、慰めてくれた千秋はいつも僕を支えてくれる自慢の彼女だった。
休みの日は千秋と二人で遊びに出かけて、学校での交友関係や勉強で困るようなこともなく、サッカー部のストライカーとして活躍していた僕の人生は、何もかもが順調であった。
諏訪和樹の人生は、確かに順風満帆だったのだ。
――高二の夏、千秋が交通事故に遭うまでは。
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