第11話 大掃除


――精霊神セレスはどうして冒険者ギルドへ向かおうと思ったのか。




 セレスは、ご主人様シズマが「クィユ族の奴隷解放」を決定してすぐに世界中から情報を集めはじめた。

 精霊神であるセレスは魔力を通して世界を俯瞰する力が備わっている。図書館を読み取れば収蔵されているすべての書物の情報を得られるし、人々が会話をしている部屋を読み取れば会話の内容を知ることができる。


 セレスは魔力を介したネットワークを通じて、クィユ族に関する公然の事実から冒険者の酒飲み話に至るまで、すべてを読み取っていった。


 ご主人様が考えていた通り状況は悪いですね……。

 セレスは各所より得られた情報を順番に眺めていた。


 とある貴族の部屋にてクィユ族の奴隷売買契約書を読む。

 その契約書はアズナヴールの南にある海都シクスーに存在していた。すでに一部のクィユ族はアズナヴールからロバン帝国の主要な都市に販売されている。

 唯一の救いは大陸の外へ運ばれてしまったクィユ族がいないことか。とはいえ、まごまごしていれば貿易商人が手をつけることは間違いない。時間との勝負だった。

 ただし、作戦を考える必要がある。ご主人様が並外れた戦闘能力を持っているとしても、暴力だけでクィユ族の奴隷を奪い返すのは困難だ。ご主人様の力の使い方を考えなければ、思うようにクィユ族の奴隷解放は進まないだろう。


 続いて、アズナヴールの遊技場カジノで仕入れた情報に目を通す。

 クィユ族を販売しているのは【ヴィレム・クラーセン】という名の奴隷商人だ。彼は冒険者ギルドや領主に強力な伝手があるようで、少なくともアズナヴールの冒険者ギルドはヴィレムの言いなりになっている。


 詳細を知りたくてアズナヴールの冒険者ギルドの情報を集めると、それはそれは、……ひどいものだった。

 具体的に言えば、戦闘力の高い凶悪犯を冒険者として違法に登録している。そして、ギルドマスターに都合のよい人物を据えて、人さらいや人殺しといった違法な仕事を斡旋していた。

 クィユ族の誘拐は、【ヴィレム・クラーセン】の指示によりギルドマスターから凶悪犯の冒険者に対して斡旋された依頼のひとつだった。その他にも凶悪犯の冒険者は好き勝手に活動しており、街道を移動する商人を皆殺しにして金品を奪い取ったり、女の新人冒険者を乱暴した挙句にゴブリンやオークの巣穴に放置する、と言った非道の限りを尽くしていることも分かった。


 ……困った。非常に困ったことだ。

 ご主人様が憧れている冒険者という職業が私利私欲の人族たちによって汚されてしまっている。




 許せませんね、ぜったいに――。




 セレスは即座に決断する。

 凶悪犯の冒険者たちをしなければ。ご主人様の道を阻む有象無象を断罪し、涙を流して許しを乞うほどに壊してやらなければいけません。


 そうだ、ちょうどいい。

 おあつらえ向きにプラチナランクに属する凶悪犯の冒険者共が冒険者ギルドにたむろしている。ご主人様には冒険者ギルドに巣食う凶悪犯の冒険者害虫を一匹残らず掃除していただき、冒険者として鮮烈なデビューを飾ってもらおう。

 凶悪犯の冒険者には懸賞金もかかっているので金銭も得られて一石二鳥である。

 ただ、あんまり真実を告げると義憤に駆られたご主人様が何もかもをひき肉にしてしまうだろうから……はてさて、適当な理由を考えないと。


 セレスはアズナヴールに到着してまっすぐに冒険者ギルド向かった。そして、冒険者登録カウンターを素通りして、プラチナランク専門の依頼斡旋をしてくれるカウンターに直行した。

 本来なら高難易度の依頼斡旋窓口であるが、いまは人さらいや人殺し、その他の表沙汰にできない仕事を斡旋する特別な窓口になっている。


 セレスは窓口に立つと、書類整理をしている受付嬢に声をかけた。


「こんにちは、誘拐、略取、殺人を斡旋している窓口はここですね。ギルドマスターを呼びなさい」


 周囲の人々が、ぎょっ、とこちらを向いてきた。ギルドカウンターの受付嬢たちはちらりとこちらを窺うだけで何も言ってこない。反応してくれたのは書類整理をしていた受付嬢のリーダーだけだった。

 受付嬢リーダーは営業スマイルを浮かべながらこちらに話しかけてきた。


「貴族の方ですか? ここはプラチナランクの窓口でございます。ご依頼でしたらあちらの列に並んでいただけますか? 特別なお約束がありましたらギルドマスターにお取次ぎしますが……」


「ギルドマスターは凶賊ゲン・ラーハでしょう? 村民を残らず虐殺する盗賊として東の国で指名手配になっていたと思いますが、こんなところで要職についているとは誰も思いませんね」


「ええっと、ここはプラチナランクの窓口で……」


「あそこで酒を飲んでいるのはこのギルドのプラチナランクに登録されている戦士でしたね? あれも、冷酷な海賊として名を馳せていた黒鮫のサウル。隣にいるのは殺人鬼の骨砕ゴブル、あそこで馬鹿笑いをしているのは強姦殺人魔の引き裂きマーリィでしたか。ここは犯罪者の巣窟ですか」


「これ以上は看過できませんよ? 早急にお帰り下さればこの件は……」


 受付嬢たちの視線が剣呑になっていく。依頼人や冒険者たちも質の悪い人物かとセレスを睨みつけている。だが。セレスはまったくの無表情のまま受付嬢たちに声高にに命じる。

 ギルド中に聞こえるような声で言い放った。


「ギルドマスターを呼べと言っています。ギルドマスターとプラチナギルドランクの戦士。その他の凶悪犯ども全員です。外に出ているのは構いません、後ですべて掃除しますので、――?」


 セレスは受付嬢リーダーの首に視線を向けた。

 醜悪な金属製の首輪が薄暗いギルドで鈍い光を放っている。


 セレスの言葉に受付嬢リーダーは机を叩いて立ち上がった。


「いいかげんにしてください!(おねがい、たすけて!) プラチナランクの冒険者はギルドの顔です。(このギルドの職員はみんな魔道具で操られているんです!)犯罪者なわけがないでしょう!(あなたの言う通り、このギルドのプラチナランク冒険者はみんな凶悪な犯罪者です!) いくら貴族とは言え許せません、冒険者ギルドとして正式な抗議をさせていただきますから!!!(おねがいします、みんなをたすけてください!!!)」


 受付嬢リーダーは本気で怒っている。誰が見ても、セレスの暴言に腹を据えかねて怒っているようにしかみえないが、本当の心は魔道具によってきれいに隠蔽されている。


「なかなか優秀な魔道具ですね」


 少なくともご主人様もアーリーンも周囲にいる者たちも全く気がついていない。オロオロとしているアーリーンの腕から飛び降りて、ご主人様が走ってくる。


「ちょ、おい……! 何やってんだ、セレス!!! ――くっ」


 カウンターに届かずにあたふたしているご主人様にほっこりしていると、視界の端でお目当ての人物たちが動いたのが見えた。ついでに下っ端らしい凶悪犯の冒険者が裏に行ったのを感知する。


 目論見通り、冒険者ギルドに潜んでいる凶悪犯の冒険者が一斉に動き出した。黒鮫のサウル、骨砕ゴブル、引き裂きマーリィ、が肩をいからせながらこちらに歩いてくる。


「おい、姉ちゃん。聞き捨てならねえな。オレたちプラチナランカーが犯罪者だなんて誰の情報だ?」


「そうそう、貴族のお嬢さんだからってウソつきにはおしおきが必要だなァ」


「ケケケ……、冒険者登録に箔をつけようってのか知らねえが馬鹿な真似をしたな。裏に来な、俺様たちが遊んでやる」


 数人の凶悪犯の取り巻きが関係ない冒険者や依頼人を追い出しにかかる。そして、セレスたちが逃げられないように入り口や通路をふさいで囲い込んできた。あっという間に冒険者ギルド内は凶悪犯の巣窟に早変わりだ。


「逃げられるなんて思うんじゃねえぞ、テメェら……股が擦り切れるまで犯してやる」


 黒鮫のサウルは腰に吊るした大鉈を見せびらかしながら訓練場へと歩いていく。


「おい、セレス……何が起きてるか説明しろ! なにをやらかした!!!」


「ご安心ください、ご主人様。冒険者登録には実力テストがあります。ご主人様の実力を測るためには最強とは何かを知らしめてやる必要があるかと思いましたので、このギルド最強のランカーたちが相手をしてくれるように段取りしました」


 事情を把握できていないご主人様には、冒険者ギルドの登録試験だとごまかしておく。ご主人様の性格上、決闘や力比べであれば人を殺そうとしない、……ハズだ。もちろんこのまま隠し通すつもりはない。あとできちんとご説明させていただくし、敏いご主人様は雰囲気からうすうす何かを感じ取っているみたいだ。


 黒鮫のサウルたちが待ち受ける訓練場へと足を踏み入れる。

 冒険者ギルドの訓練場はずいぶんと広かった。頑丈な石造りの壁に囲まれた土地にはむき出しの地面が見えている。訓練場のあちこちにはへこんだ鎧を着せた案山子が立っている。

 黒鮫のサウルは仲間を呼び寄せていて、訓練場にずらりと並んだのは二十人ばかりの凶悪犯の冒険者だ。

 ご丁寧に入り口には見張りがいる。どいつもこいつも悪そうな顔をしていた。


 肝心のギルドマスターがいないのは困るが、こちらの様子を窺っていることはわかっている。逃げるならばあとで引きずり出して血祭りに上げればいい。


 ご主人様は凶悪犯の冒険者を前に不安そうに尋ねてくる。


「おい、セレス。こいつらをぶちのめせば冒険者登録されるんだよな? 本当にいいんだな?」


「はい、遠慮なくお願いします。もし敗北すれば、口ではとても言えないようなグチョグチョのドロドロにされてしまいますので、頑張ってください」


「…………こいつら本当に冒険者か?」


「詳細は後程。いちおう、この街の最強のプラチナランク(笑)冒険者たちだそうですよ」


「本当かよ……」


 黒鮫のサウル、骨砕ゴブル、引き裂きマーリィ、はせいぜいシルバーランクだろう。スキャニングをしてパラメータを計測してみれば、戦士としてそこそこのの実力を有していることがわかる。魔道具も所持しているから一般人ではまず太刀打ちできまい。

 それでもプラチナランクには程遠い。本物のプラチナランクであれば今のご主人様とでもいい勝負ができるはずだ。


***


名前:黒鮫のサウル

Lv:54

種族:人族

性別:男

筋力:48000

体力:60000/60000

魔力:500/500

闘気:54000/54000

神性:10/10

器用:40000

敏捷:130000

反応:36000

知力:2000

精神:4000

魅力:300

備考:敏捷強化系の魔道具を所持。


名前:骨砕ゴブル

Lv:62

種族:人族

性別:男

筋力:150000

体力:104000/104000

魔力:100/100

闘気:65000/65000

神性:10/10

器用:12000

敏捷:19000

反応:18000

知力:1000

精神:6000

魅力:100

備考:筋力強化系の魔道具を所持。



名前:引き裂きマーリィ

Lv:48

種族:人族

性別:男

筋力:32000

体力:50000/50000

魔力:61000/61000

闘気:25000/25000

神性:10/10

器用:65000

敏捷:72000

反応:79000

知力:50000

精神:6000

魅力:800

備考:幻惑状態を付与する魔道具を所持。


***


 凶悪犯の冒険者の中では抜きんでて強い三人だが、ご主人様と比べれば象と蟻の差がある。


***


名前:シズマ

Lv:11

種族:神獣

性別:女

筋力:2000000

体力:1500000/1500000

魔力:9000000/9000000

闘気:9500000/9500000

神性:200000000/200000000

器用:2300000

敏捷:2600000

反応:2650000

知力:400000

精神:480000

魅力:4200000

備考:幼生のためパラメータの変動あり。


***


 ご主人様は成長されている。

 クィユ族の村で盗賊団を倒したことでレベルが上がり、パラメータはさらに上昇していた。手加減をすれば死ぬことはないと思うが……おそらくご主人様の敏捷性についていけずに何をされたかもわからないうちに倒されてしまうかもしれない。


 ご主人様が気乗りしない様子でぐるぐると腕を回して体を慣らしていると、凶悪犯の冒険者たちがご主人様を見て笑いはじめる。


「ハハハ――ッ!!! このお嬢ちゃんが俺らの相手をしてくれるってかァ? こいつは傑作だ!」


「泣かせ甲斐があるじゃないか、ひゃははははは!!!」


「よっしゃ、俺様が……――」


 意気揚々と拳武器を掲げた骨砕ゴブルがご主人様の前に一歩踏み出す。一陣の風が駆け抜けてご主人様の姿が消える。次の瞬間には骨砕ゴブルの顎にご主人様の小さな拳がめり込んでいた。

 顎の骨が砕ける音と共に数本の歯を宙を舞う。骨砕ゴブルは訓練場の壁に叩きつけられてぐちゃりと湿った音を響かせた。


「は――……?」


 凶悪犯の冒険者たちが凍りついたように固まる。視線は壁にめり込んだまま小さくうめき声をあげている骨砕ゴブルへと向けられる。


「こ、……このくそガキ! なにしやがっ……――」


 黒鮫のサウルが慌てて大鉈を引き抜く。しかし、ご主人様の回し蹴りで大鉈は粉々に砕け散り、返しの蹴りが腹にめり込む。黒鮫のサウルは酒と胃液を吐き出してその場で悶絶する。

 引き裂きマーリィは幻惑の魔道具を使ってご主人様を翻弄しようとする。だが、そんな小細工が神獣に通用するはずがない。


「なんで効かな……い!?」


 引き裂きマーリィは驚愕の表情を張り付けたままご主人様の拳を股間に食らって絶叫を上げた。ああ……かわいそうに男性器アレはもう使えませんね。マーリィの身長が高すぎるのが悪い。

 ご主人様はばっちいものを触ってしまったかのように顔を顰める。わめくマーリィの延髄に手刀を叩きこんで黙らせた。ついでにマーリィのシャツでごしごしと拳を拭っていた。

 ありえない光景にごくりと生唾を飲み込んだのは、残された凶悪犯の冒険者たちだ。


「なんだよ、こいつ……」


「サウルさんがやられちまうなんて……」


「ただのクィユ族じゃねえぞ!?」


 瞬く間に最強(笑)のプラチナランク冒険者を倒してしまったご主人様に、残る凶悪犯の冒険者が一斉に後ずさる……ことも許さない電光石火の速さでご主人様は飛びかかった。


 凄惨な殴打の音が冒険者ギルド中に響き渡り、凶悪犯の冒険者たちの悲鳴がこだます。


 数分もしないうちに凶悪犯の冒険者たちのほとんどが地に伏せていた。数人の入り口をふさいでいた者や冒険者のギルドマスターが逃亡したが、すでにマーキングしているので地の果てに逃げようとも捕まえてこれる。


 白目を剥いて呻いている黒鮫のサウルを、足でつついているご主人様を、アーリーンが抱きあげる。そのままペロペロと舐めそうな勢いで頬ずりする。


「神獣様、ありがとう! おしりを触った恨みを晴らしてくれたんですね! ん~、よしよし……」


「お黙りなさい、ボケ狐。そんなわけないでしょう。こいつらは人族の犯罪者です。冒険者ギルドを占拠して悪事を働いていたので、我が主に神罰を与えていただきました」


「えっ!? そうなの!!? はぁ~……、街の中に犯罪者がいるなんて人族の街って怖い……ん~、おつかれさまです、神獣様」


「……」


 アーリーンはぎゅうぎゅうとご主人様を抱きしめる。ご主人様はつぶれた餅のようになりながらじっと耐えている。面白いから二人はあのまま放っておこう。


 セレスはギルドカウンターで呆然としている受付嬢たちの元へ戻る。まずは、セレスの応対をした受付嬢のリーダーを捕まえる。


「悪党共は成敗しました、せいぜい我が主に感謝なさい。ついでにあなたたちの首輪を外してあげましょう」


「こんなことをして、ただじゃ済みませんよ!(無理よ、普通の魔法じゃ全く解除できないの!)」


「問題ありません」


 セレスは受付嬢のリーダーにはめられていた首輪に触れる。なかなか強力な魔道具であるため普通の解呪魔法ディスペルマジックではうまくいかないかもしれないが……、ご主人様の膨大な魔力をお借りして力任せに破壊する。


 バキリッと金属の砕け散る音がして受付嬢のリーダーの首から醜悪な金属の首輪が落ちる。


「あ……うそ……、しゃべ、れる……?」


 セレスは首輪を外した受付嬢のリーダーの脇をすり抜けると、次々と残る首輪をはめられた受付嬢の解除に回った。冒険者ギルドにいた受付嬢もとい職員は女性だけで、二階にいた女性たちは娼婦のごとき扱いをされていた。

 口ではとても言えないようなグチョグチョのドロドロにされている女性たちに抱きつかれでもしたら最悪なので、そのまま放置して一階に戻ってきた。

 一階では解放された受付嬢たちが涙を流しながら抱き合って喜んでいた。その中でいち早く立ち直っていた受付嬢のリーダーが駆け寄ってきた。


「ありがとうございます……、言葉は通じないし、もうこのまま助からないのかと思っていたわ……っ、本当にありがとう!」


「ありがとう! 助かったのね、あたしたち……!」


「よかった……ほんとうに……ありがとう、ございました……!」


 セレスは駆け寄ってきた受付嬢たちをやんわりと振りほどく。


「感謝は我が主に。私はあなた方を助けるつもりなどありませんでしたので」


 涙ながらにお礼を述べる受付嬢たちに塩対応しつつ、ご主人様を抱いているアーリーンを手招きする。ご主人様シズマはむすっとした顔をして、セレスの頭に拳骨を落とす。腕を組んだまま怒りに満ちた声で問いかけてくる。


「おい、説明しろ」


「承知しました、ご主人様」


 セレスは頭にできたたんこぶを魔法で癒しつつ、わかりやすく丁寧に事の経緯をご主人様に説明していった。


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