第12話 お説教、からの……

 冒険者ギルドはヴィレム・クラーセンなる奴隷商人によって、凶悪犯罪者を雇用する無法者集団となっていた。凶悪犯罪者たちはひそかに人さらいや人殺しを行い、さらには冒険者ギルドの職員をどんな命令でも従わせてしまう魔道具で思うがままに操っていた。

 冒険者ギルドの異変に気がついたセレスは、冒険者に身を扮していた凶悪犯罪者たちをおびき寄せ、冒険者ギルドの登録試験と偽ってオレに倒させた。


「ご主人様、ご理解いただけましたか?」


 セレスは床に正座したまま事の顛末を説明し終えた。


「おう、十分にな」


「では、私の頭を拳でグリグリするのをやめていただけないでしょうか?」


「次からちゃんと説明するんだったら許してやる」


 オレはセレスに折檻(ぐりぐり攻撃)をしている。全く痛くないのかと思いきや無感動な表情はどことなくひきつっている。効果はあるらしい。


 こいつセレスに行動方針を任せたのはオレだ。だが、ウソをついたり隠し事をするのはどうなんだ。正直に言ってこいつセレスに任せっぱなししておくのは危ないんじゃないかと思ってしまった。

 何せ元々はバグだらけのAIなのだ。精霊になったからと言ってそのバグは治っているのだろうか。


「お言葉ですが。――私とてすべてを計算通りに為すことはできません。想定外の事態が起きれば、その場、その時、臨機応変に状況を把握して行動を決めております」


「だとしても、これからどう動くかざっくりとでいいから教えろ」


「――私はご主人様の幸せのためだけを考えております」


「そうじゃない! お前のやることが間違っていたら嫌なんだよ!」


 オレが怒鳴りつけると、セレスは顔を伏せる。やや震える声でひっそりとつぶやく。


「私は所詮壊れかけのサポートAIです。エラーばかりでご不快な思いをさせています。しかし、適切なナビゲーションをしてきました」


「次は間違えるかもしれないだろうが!」


「私は、壊れかけのAIですが。間違えたことはありません…………ッ」


 セレスの瞳からポタポタと涙が落ち、床を濡らす。

 ぎょっとしてオレはセレスのこめかみを締め上げていた拳を離してしまった。


「ぅ…………な、泣くなよ……。お前はよくやってるし……信じているが。……怒鳴ったのは悪かったよ。お前が何をするつもりなのか話してほしいだけなんだよ……」


 慌ててセレスの涙をやさしく拭ってやる。頭を撫で、背中をさすり、肩を抱きしめてやる。


 くそう、泣くのは卑怯だろ――。

 女の涙は苦手だ。とにかく機嫌を直してもらうしか手立てがないと思っている。セレスは機械とばかり思っていたが、精霊とやらになると感情もあるのだろうか。いままでのAIと同じ付き合い方をしていたが少しは考えてやらないといけないのだろうか。


「……どうしても、私を信用できないとあれば、……私を廃棄してください」


「いや、まてよ! ……そんなことはない。落ち着け」


 アーリーンに助けてもらえないかと視線をさまよわせる。

 アーリーンは受付嬢のリーダーと思われる女性と卓で話をしていた。目線でこちらに助けを求めると、慄きながらすごい勢いで顔をそらされた。横にいた受付嬢のリーダーも真っ青な顔で逆側に顔をそらす。


 オレはそんな怖い顔をしているのか?

 セレスに視線を戻すとさめざめと泣く姿があるだけだ。泣いているよな? 一瞬気配が変わったような……気のせいか。

 助けの来ないこの状況。自力で何とかするしかないので、オレはセレスの肩を抱いたまま思うがままに言葉を並べる。


「だから、な……、オレはこの世界のことはよくわからない。お前にまかせるしかないってのはよくわかってる。だから、お前がいないと困る……」


「…………私が必要ですか、ご主人様?」


「ああ、必要だ。……だから、泣くな……」


「……私のナビゲーションを信用してくださいますか?」


「………」


「廃――」


「信用してる!!!」


 セレスの肩を抱いて落ち着くのを待っていると、ゆらりとセレスの腕が伸びてきてぐいっとオレの身体を引き寄せた。


「お、おい――? んぶ――!!!」


 オレはずるずると引っ張られてセレスに正面から抱きしめられてしまった。胸にうずもれてしまい身動きの取れないまま、セレスの頬がオレの頭の上に載せられる。


「私はこんなにもご主人様を幸せに導こうとしているのに。傷つきます。心無い言葉を浴びせられ、胸が痛むというのは初めての経験です」


「お前が――、…………いや、もういい。なんでもない……」


 セレスの手がオレのふさふさの尻尾をさすり始める。


「んんん……、おい、セレス。尻尾を触るな、……くすぐったい」


「私は深く傷つきました。心を抉られるような痛みに涙がこぼれそうです。尻尾で慰めてください」


「お前ぇ――……。ほんとに泣いてるのかよ……!?」


 ぽたりぽたりとオレの額にわざとらしく涙が伝ってくる。ぺろりと舐めてみれば、この涙はしょっぱくない。


「やはり私はいらない子なんですね、ぐすん」


「好きに、しろよ……もう……!!!」


「では、遠慮なく」


 どこまで本気でどこから演技なのか。話を蒸し返して本気で泣かれたりしたら堂々巡りだ。あきらめよう。オレが我慢しよう……。

 心の中で深いため息を漏らす。

 養っていた娼婦たちもそうだが、口喧嘩をすると絶対に負けるのはどうにもならないものか――。

 オレは強く言い切れなかった己の押しの弱さにげんなりしつつ、セレスが満足するまで耳と尻尾を弄ばれるくすぐったさを仏の心で耐え続けた。


***


 オレがセレスに弄られていた、小一時間。

 冒険者ギルドの受付嬢たちは疲れているだろうに大急ぎで後始末を進めていた。


 戦闘不能の状態とは言え凶悪犯たちがゴロゴロと転がっているのだ。受付嬢たちは、依頼などで生け捕りした魔獣を保管する檻に、ひとまず凶悪犯たちを隔離しておくことにしたらしい。

 しかし、困ったことに冒険者ギルドの正規職員は一〇名の受付嬢しかいない。他の男性職員や本物のギルドマスターはすでに殺害されている。

 さらに、受付嬢一〇名のうち四名は乱暴されていたせいで心身共に疲弊しており、いまだ寝たきりの状態だ。いま動けているのはたったの六名しかいない。非力な受付嬢たちでは凶悪犯を運ぶことができなかった。

 ここで役に立ったのはアーリーンだ。

 アーリーンはテイラーアラクネアを呼び出すと凶悪犯たちを強靭な糸で縛り上げて檻まで運ばせたのだ。凶悪犯たちを運ぶ手伝いを終えたアーリーンは「よくやった」と褒めておいた。嬉しそうにアーリーンは尻尾を振っていた。


 冒険者ギルドの整理がひと段落ついたところで一同は冒険者ギルドのカウンターに集合する。復活したセレスは受付嬢のリーダーやアーリーンと会話をしていたが、次なる方針を固めたのかオレのところに戻ってきた。


「ご主人様、冒険者ギルドを取り戻したことでヴィレム・クラーセンの奴隷集めの実働部隊が壊滅しました。新たな奴隷を仕入れることは困難になるでしょう」


「そうか。奴隷が囚われてる遊技場カジノだったか? そこの警備も手薄になってるだろ。いけるんじゃないか?」


 セレスは静かに首を振る。


「いえ、おそらくいま遊技場カジノを襲撃すると、街の治安維持のためアリスター・グランフェルト辺境伯が動くかと。辺境伯と真正面から衝突することになると、辺境伯軍およびアズナヴールの帝国守備兵、合わせて一万五千の軍隊と戦うことになります。解放した奴隷を守りながらでは犠牲者がでます」


「軍隊かよ、その……アリ……アリス―……、辺境伯ってやつは何で奴隷商人に味方しているんだ? さっきの首輪で操られているのか?」


「それはないでしょう」


「なんでわかる?」


「グランフェルト家は【英雄】の血を継ぐ家系です。【英雄】は状態異常の効果を受けない特異な能力を持っています」


「じゃあ辺境伯は操られていないが奴隷商人に味方している、つまり敵ってことでいいんだな?」


「いいえ? 辺境伯は囚われているだけでヴィレム・クラーセンとは敵対しておりますよ」


 オレとセレスはお互いに首を傾げている。持っている情報が足りなさすぎる。


「……とりあえず全部話してもらっていいか? さっぱりわからん」


「承知しました、ご主人様。アリスター・グランフェルト辺境伯はアズナヴールの城の地下牢に囚われています。アズナヴールを含めた領政を取り仕切っているのはヴィレム・クラーセンの息がかかった官僚のようです。影武者が必要な場合は顔と姿を偽る魔道具を利用しているようですね」


「くそっ、めんどくさいな! 次は辺境伯とやらを助けないといけないわけかよ?」


「ご理解いただき何よりです、ご主人様」


 クィユ族を助けるために遠回りが過ぎる。もっと簡単に成果を出す方法があるんじゃないのか。例えば軍勢をどこかにおびき出して戦えば被害も少ないんじゃないだろうか。辺境伯や奴隷の救出はその隙に連れ出してもらえればいい。


 セレスは顎に手を当てて思案に耽る。だが、小さく頭を振ってを否定する。


「ご主人様の力で辺境伯軍と帝国守備兵を撃滅するのも一興ではございますが、冒険者としての活動に差しさわりが出てしまいます。平穏な暮らしは遠のきますよ?」


「うああー……あくまで正攻法でないとこっちが犯罪者か」


 辺境伯を助けても軍勢を壊滅させましたでは救出したところで感謝などされまい、……でも殺さなければ、どうだ? ダメか。軍勢を排除してしまったらその後の国防にも影響がありそうだ。

 悩むオレは次の提案を考えて、閃いた。


「だったら……」


「ご主人様(脳筋)は黙っていてください。私は次の策の準備に入ります、三日ほど空けるので冒険者ギルドの防衛をお願いいたします」


 オレの閃きはセレスによって一刀両断された。さらに、平然と主を罵倒してくるので怒鳴りつけようと口を開くが、――……ぐっと堪える。


「……防衛ってのはどういう意味だ?」


「――ご説明します。クィユ族の奴隷解放を成し遂げるためには、奴隷商人であるヴィレム・クラーセンを失脚させることが最終目的になると考えています。つきまして、ヴィレム・クラーセンの商人としての地位を失墜させるための工作活動を開始します。そのためにアーリーンを一時的に借り受けます」


「――、―――!」


 セレスが右隣に立つアーリーンに視線を送ると、まかせてと言わんばかりに豊かな胸をポンポンと叩く。


「お、おう……でも、そんな簡単に――」


「事前準備は進めておりました。問題ございません、ご主人様」


「そうか……」


「そして。アーリーンの代わりに世話係として、――エルシリアをお供させます」


 セレスが左隣に立つ受付嬢のリーダーのほうへ向くと、エルシリアと呼ばれた受付嬢のリーダーが一歩前に出て見事な礼をする。そして、オレの背後にまわるとよいしょっと抱え上げる。

 なんでみんな俺を抱き上げたがるのか。抗議の声を上げてみるがにっこりとエルシリアは微笑むだけだ。ほかの受付嬢はうらやましそうにエルシリアを見ている。


「言葉が通じないだろ! どうすんだ!?」


「ボディランゲージで頑張ってください。基本的にはこのバッチをつけて、三食おやつ昼寝付きで冒険者ギルドを守ればいいだけです。脳筋ご主人様にもできる簡単なお仕事かと」


「お前、もう、とりつくろう気もねーな!!!」


 エルシリアはポケットから出して白金のバッチをオレの胸元に留める。冒険者ギルドの灯りにキラキラと反射するバッチはずいぶんと高価に見える。こんなものをもらってしまってもいいのだろうか。


「このバッチに金はかからないのか?」


「冒険者ギルドの発行する身分証明書のようなものです。紛失しない限り罰金をとられることはありません」


「わかった」


 もらってしまってよいらしい。見た目がきれいで格好いいバッチだ。使われている金属も高そうだし大切にするとしよう。


「では、しばらくの間よろしくお願いいたします」


 冒険者ギルドには檻に入れられた凶悪犯がいる。ヴィレム・クラーセンが何か仕掛けてくるのだとすれば、この場に誰かが残らなければいけないことはオレでもわかる。セレスが動くならばオレが動かないのが必然的な役割分担だ。


「……気をつけてな」


 オレは腕を組んだまま二人を見送る。

 セレスは颯爽と身をひるがえし、アーリーンは小さく手を振りながら、二人は冒険者ギルドから出ていった。

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