第7話 愛され系神獣

 ……間一髪だったな。

 索敵範囲内にセレスがマーキングした【盗賊】はいない。一人だけ逃がしてしまったのが痛いが、クィユ族にはこの場所から拠点を移すように言えば問題ないだろう。

 問題なのは言葉が通じないことだ。

 オレは狐耳の女性に何度か話しかけてみたが、かわいらしく首を傾げるばかりで意思疎通できない。豊満な胸を押し付けられたままでは苦しいので、いい加減抱きしめて頬ずりするのはやめてほしいんだが。


「おい、セレス。オレの言葉はこの女たちには伝わらないのか?」


「ご主人様が使われている言葉は、古代神性言語と呼ばれる神々が使っていた言葉になります。ご主人様を抱きしめている女性は神獣の巫女のようですが、すでに古代神性言語を使うことはできないようです」


「お前は言葉わかるか?」


「問題ございません。この大陸の公用語であるベルトリア語で通訳します」


「頼む。オレから離れるように言え。あと、この女たちに拠点を移すように伝えろ。盗賊が戻ってくるかもしれないからな」


「ご主人様の庇護下には置かないのですか?」


「なんでだよ……、頼ってくるならともかく必要ないだろ」


「ふむ……承知しました」


 セレスが何事かを伝えると狐耳の女性はようやくオレのことを解放してくれた。抱きしめられたくらいで顔が赤くなるほど初心じゃないが、見知らぬ女性に抱きしめられたままと言うのは居心地が悪い。

 幼女の見た目とは言え中身は男だしな。狐耳の女性もオレの本性を知れば気味悪く思うだろう。


 セレスと狐耳の女性が会話をはじめたのでオレは手持無沙汰になった。暇つぶしがてらに炎のくすぶる村を見渡す。巨木を洞をくり抜いて作られた家は真っ黒に焼け焦げている。小さな畑は踏み荒らされて作物がぐったりと地面に折れている。

 セレスが水の魔法で消火と清掃したものの、この村で暮らすのは無理だ。セレスが呼び出す精霊とやらが家をつくれるなら、安全なところまでついていって家を建ててやるくらいのことはしてもいいのかもしれないな。


 おっと、話が終わったようだ。

 狐耳の女性が広場に座るクィユ族のもとへと走っていく。皆を集めて説明をするのかな。


 セレスはいつもと変わらぬ無表情でオレの傍らに戻ってきた。


「ご主人様、話が終わりました」


「そうか。で、どうなった?」


「クィユ族はご主人様を守護獣として崇めたい、と。いつまでもどこまでもクィユ族はお傍でお仕えしたい、と申しております」


 ……。

 ………………。

 オレはセレスを見た。セレスはオレを見る。無感情な瞳を見上げて見つめあう。


「は――……? おま、どういう…………――」


 たっぷり間をおいて絞り出せたのは間の抜けた問いかけだった。


 どういう説明をしたんだお前は!? と怒鳴りつけようとしたところで広場に座っていたクィユ族たちから歓声が上がった。言葉はわからないが喜んでいるようだ。

 なんて思っていたら、広場に座っていたクィユ族が一斉に立ち上がりオレに走り寄ってきた。真っ先に飛びついてきたのは、狐耳の女性だった。


「んぶ!? ――ちょぉぉぉ、おぃ――っ!!!?」


 ふたたび柔らかな胸元に埋もれて窒息しそうになる。

 遅れてクィユ族がわらわらと集まってきてオレを抱きしめる、もしくは耳や長い髪や尻尾を優しく触れようと手を伸ばしてくる。クィユ族は子どももいるがほとんどがオレの背丈を超える大人の女性だ。身じろぎひとつできないほどに身体を押し付けられてむせ返るような女の匂いにくらくらする。

 力加減がわからないので迂闊に振り払うわけにもいかない。咄嗟に動けずにされるがままになってしまう。


「セレスゥゥゥゥゥ!!! おま、何を、どう! 説明したんだよ、このポンコツ!!!」


「ご主人様の仰る通りに説明をしました。この場にとどまると危険なので住処を移せ、と。もし困ったことがあるのならできる限り力になるので要望を言え、と。回答は先に申し上げた通りです」


「……要望って……!」


と言っていたので提案しました」


「だからと言って、何でオレみたいな子供に頼ろうとするんだ!!!」


「クィユ族は古の時代より【神獣ルシャトトム】に仕える種族です。盗賊たちに神獣の卵を破壊されてしまい、信頼できる心のよりどころを失ってしまったようです。ご主人様は【神獣ルシャトトム】ではありませんが、より高位の神獣です。この狐耳のクィユ族は神獣の巫女です。故に、ご主人様の神獣の力と繋がりを感じた可能性があります。インプリンティングのようなものでしょう」


「でしょう、じゃねえよ! どうすんだよ、これ!」


 オレは狐耳の女性に抱きかかえられて膝に座らされている。周りにはクィユ族がぐるりと囲み、代わる代わるオレの耳と尻尾を撫でていく。下にも置かない扱いとはこのことか……。

 狐耳の女性に下ろしてほしいとジェスチャーをしてみても、イヤイヤと首を振って断られてしまう。しかたがないので抱えられたままだ。

 お前のせいだぞと睨みつけてやるが、セレスは素知らぬ顔でしれっと言い放つ。


「養ってあげるしかないかと。前世のおかげで子どもと女はなれているのでは?」


「……お前な」


「失礼、つい本音が。さて、そのまま愛でられているわけにもいかないかと。いかがいたしますか?」


「ち……」


 こいつは絶妙なタイミングで話題を変えてくるな……、悪意がないから怒りづらいのもいやらしい。まあ、いい。いま考えるべきはクィユ族のことだ。


「…………お前、家を作れるか?」


「当然です。おまかせください、ご主人様」


 セレスは、衛星軌道エレベーターからジオフロントデータセンターまでどのような建築物でも問題ありません、と言い放つ。……転生しても製造当時からの壊れっぷりは直らないらしい。


「……。クィユ族の街をつくる。ついでに侵略者に対抗できるような自動迎撃装置セントリーガンのようなものを用意しろ。……あとはクィユ族たちを鍛えたい」


「承知しました、早速取り掛かります。ただし、クィユ族の強化は時間がかかります。即時対応となると人体改造など、非人道的な手段を取らざるを得ないかと」


「クィユ族を鍛えるのは少しずつでいい」


「かしこまりました。精霊を使って街の作成をはじめます。魔力を大目に使いますがよろしいですか?」


「ふむ? そのあたりはよくわからんが……、魔力がなくなるとどうなるんだ?」


「魔力がゼロになると気絶します。ですが、ご主人様の魔力を使い切るほど消費はしません。せいぜい十分の一程度かと」


「ならいい。好きに使え」


 どうせオレには魔法の使いかたなどよくわからない。オレの魔力を有効に使えるならセレスに使ってもらったほうがいい。


「ご主人様、どのような街を構築いたしますか?」


「そうだな……」


 セレスの好きなように作らせたら樹海のど真ん中に機動要塞が建設されかねない。逐一指示を出して妙な真似をされないようにしないとな。


「ご主人様の視線が気になります。もっと信用していただきたいものですね」


「ほざくな、ポンコツ…………、――ん、夜明けか」


 だんだんと東の空が白んできた。ぼんやりとあたりが明るくなってきている。


 朝日がさす前にまずはクィユ族の王女が住む家をつくるか。

 王女が住んでいると言えば城だろう。ついでに村人の避難所になる城だと都合がいい。なるべく広く、大きく、象徴的な建物にしたい。クィユ族たちが馴染みやすいように木の家にしたほうがいいだろうな。


「……と言う具合だ。できるか?」


「問題ございません。まずは整地をします。ご主人様は彼女たちと離れた場所に」


 セレスがクィユたちに離れるように伝えると、狐耳の女性がオレを抱き上げて村の入口まで歩いていく。狐耳の女性にくっついて他のクィユ族もぞろぞろと移動する。

 オレたちが十分に離れたことを見て、セレスが精霊を呼びだす魔法を使う。


「並列召喚開始、タイタントータスを呼び出します」


 焼け焦げた村の広場に光が集まり、鈍重な音を立てて次々と巨大生物が着地する。クィユ族たちがたたらを踏んで悲鳴を上げる。

 セレスが呼び出した精霊は巨大陸亀だ。その数およそ六〇体。まんまるい甲羅を揺らしながら歩く巨大陸亀は全高五〇メートルはある。足の太さはビルの柱のようだ。

 続けてセレスが新たな精霊を呼びだす。


「並列召喚開始、アシッドスライムを呼び出します。――結合せよ、アシッドスライム。細胞連結……三〇%……六〇%……」


 呼びだされたのは黄金色の粘体生物。その数は大地を埋め尽くしてなお山と為す。てらてらと光るゼリー状の生物はうぞうぞと這いながら寄り集まって巨大な粘体生物となった。


「……九〇%……連結完了。――各位、整地を開始せよ」


 召喚された巨大陸亀と巨大な粘体生物はさっそく仕事に取り掛かる。


 巨大陸亀は大きく頑強な顎で焼け焦げた木の家を噛み砕き、巨大な樹木の残骸を力任せに引き抜いていく。巨大な粘体生物は解体された瓦礫の山を次々と柔らかな体に取り込んで溶かしていく。

 

 壊された村はあっという間に跡形もなくなって開けた草地だけとなった。巨大陸亀と巨大な粘体生物はのしのしと歩いて森の方角へ向かう。今度はバキバキと精霊の樹海の木々を伐採しはじめた。

 セレスによって新たな仕事を命じられたらしい。


「魔法ってのはすごいもんだな……。いや、あれは精霊だったか……?」


 オレたちの世界でこれだけの土地の残骸を撤去するのは数日係の作業だった。機械が入れられない場所なら安上がりの日雇労働者をかき集めて昼夜作業していたものだ。

 狐耳の女性をちらりと見てみればぽかんとした顔をしている。ほかのクィユ族も似たようなものだ。セレスの手腕はこの世界の技術をもってしてもすごいものであるらしい。


「このくらいで驚かれては困りますね、本番はこれからですよ」


 セレスはオレたちの元まで歩いてくると次なる魔法を行使する。


「――主魔力貯蔵庫の権限取得要求……許可。魔力等換魔法マジックガチャボックスを使用、……、……、……、……【純潔樹エンラニオンの種子】を入手。城内階層図作成……および魔力化…………。【純潔樹エンラニオンの種子】に魔力譲渡魔法リチャージ…………城内階層図の注入完了。魔力の含有量が最大に達したことを確認。――芽吹きなさい、純潔樹エンラニオン」


 広場の真ん中あたりの土がぽこっと膨らむ。土を押しのけて小さな芽が伸びてくる。小さな芽は見る見る葉を広げて背を高く伸ばす。恐るべき速度で成長をはじめた。

 みしみしと軋んだ音を立てて根が太く、幹が緑から茶色へと変化していく。もやしのようであった芽は低木となり頑強な大木へと育ち、数千年の成長を瞬きする間に終えていく。


「ぉぉ、……って、でかすぎる! もうちょい下がれ!」


 純潔樹エンラニオンはクィユ族の村を飲み込むほどに巨大に成長していく。慌ててオレたちは後ろに下がる。純潔樹エンラニオンは雲に届くかと言うほどに高く大きく育つ。樹齢何百万年といわれても驚かないような壮大な大樹へと変貌した。


「ご主人様、魔法がすごいのではありません。私の技術がすごいのです。もっと私をほめていただいてもよろしいのでは」


「……素直にすごいと思ってるけどな」


「ストレートに褒められると気味が悪いですね」


「お前ぇ……」


「ごほん、――クィユ族の城が完成しました。中をご説明します」


 セレスはスタスタと純潔樹エンラニオンの根元へと歩いていってしまう。遅れないように狐耳の女性とクィユ族もそのあとにへと続く。オレは狐耳の女性に抱えられながら憤懣やるせ方ない思いのまま運ばれていった。


 純潔樹エンラニオンの長大な両開き扉を押し開けると皆の口から感嘆の声が漏れた。

 純潔樹エンラニオンの内部は高級ホテルのように整えられており、入って正面にカウンターが用意され、広いオープンスペースにリフレッシュコーナーのような椅子や机が並んでいる。調度品はすべてエンラニオンの材木で統一され、色彩豊かな花々を模した巨大なシャンデリアが最上階まで吹き抜けの天井からつり下がっている。シャンデリアの周りには小さな精霊がふわふわと舞い踊り幻想的な空間をつくりだしていた。

 壁側に幅の広い螺旋階段が緩やかなカーブを描いて上層へと伸びているほか、瑞々しい葉をつけた蔦の昇降機エレベーターまで完備されていた。純潔樹エンラニオンは五○階まであるようで、シャンデリアの輝きで見えない最上階に玉座の間があるようだ。


「純潔樹、……純潔エンラニオンは様々な施設に応用できるように建設しました。この人数では広すぎると思いますが、城の整備は精霊たちが行いますので気にする必要はないかと」


 セレスは説明しながらエントランスを抜けて螺旋階段を上っていく。


「クィユ族の強化の一環として食事をこの城で提供するようにしています。食生活を変えて、身体能力・闘気・魔力の潜在値を底上げします。時間がかかるため長い目で見ていただければと思います」


「食事って……、彼らの生活スタイルを壊すのはまずいんじゃないのか?」


「すでに説明して了承を得ています。それに衣食住についてクィユ族に相容れないものを強制するつもりはありません。ご提案のすべてを過不足なく提供できています、ご主人様」


「お、おう……そうか……」


 オレのイメージよりも異常なまでに立派で荘厳すぎる仕上がりになっているが、クィユ族は目をキラキラさせているし、セレスもいい仕事をしたと言いたそうな雰囲気であるし、違うこうじゃない、とは言いづらい。


 食堂、来賓スペース、居住エリア、などなど。一通りの階を回り終えたオレたちは玉座の間へとたどり着いた。玉座の間のさらに上は展望台と王族の住む場所が用意されている。

 展望台から眼下を見下ろすと、精霊の樹海の伐採がセレスの召喚した巨大陸亀によって進められていた。伐採された木々は巨大粘体生物に取り込まれて枝葉を取り除かれた木材に整えられていく。

 いつのまにか召喚されていた人型の精霊が、木材を加工して丸太小屋と畑の柵をつくっている。


「あれはなんだ?」


「畑ですね。クィユ族は芋や豆などを栽培していたようなので続けさせます」


 他にも妙なものがあるな。


「あのへんな植物は?」


自動迎撃装置セントリーガンをご所望でしたので、魔力等換魔法ガチャ・マジックボックスのハズレでたくさん出現した【ブーケヒュドラの種子】に、家畜化の魔力を仕込み、促成栽培しました。外敵と判断した生命体を捕食します」


 じぃっと眺めていると【ブーケヒュドラ】が花に擬態した巨体を揺らしながらわさわさと動き出す。九本の首を巡らせる姿は首のたくさん生えたドラゴンを思い出させる。ちょうど森から迷い出てきたタイラントニーズヘッグを見つけたのか一目散に走り寄るとむしゃむしゃと平らげてしまった。

 【ブーケヒュドラ】は切り開かれた広場の外周に均等に植えられている。その数は一〇〇〇株を超えるだろう。徘徊している個体を含めれば倍はいるんじゃないだろうか。まるで花の森が点在しているかのようだった。


「警備も完璧でございます」


「……そうだな」


 クィユ族の何人かがおっかなびっくり【ブーケヒュドラ】を眺めていたが、【ブーケヒュドラ】は人懐っこく長い首を伸ばしてクィユ族にじゃれついている。


「いかがですか、ご主人様。私はお役に立てましたか?」


 セレスは無表情ながら期待を込めた眼差しをこちらに向けてくる。


 オレの要望はすべて叶えられている。

 クィユ族たちに一切不満の声はない。

 いまさら、やりすぎだろ、とは言えなかった。日和ったオレは黙っておくことにした。


「ああ……、よくやったぞ、セレス」


 オレはもやもやした気持ちを押し殺しながら、忠実に命令を遂行してみせた人工知能(AI)を褒めてやった。

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