第8話 悪逆な精霊神

――時はわずかに遡り、シズマがセレスに通訳を頼んだところまで戻る。




「ふむ……承知しました」


 セレスはご主人様の命令を受けて小さく頷いた。


 狐耳のクィユ族はご主人様を抱きしめたまま離そうとしない。いいかげんご主人様も暑苦しいのか狐耳のクィユ族に離れてほしいらしい。女性らしい柔らかさに包まれたら男性であればうれしくてたまらないかもしれないが、ご主人様は昔から女性に対して免疫が高い。ちょっとやそっとのことではピクリとも動揺しないところがある。


 ご主人様を幸せに導くにあたって女性の存在は不可欠になってくると思うが、――外見は女だから男性を宛がうべきか……いや、精神は男だから女性で問題はないはずだ。

 いけない、少しこんがらがった。


 計画はさておき。ひとまず狐耳のクィユ族をご主人様から引き離すべく、ベルトリア語で話しかけた。


「そこの狐耳のクィユ族、我が主から離れなさい。みだりに触れて良い方ではありません」


「え……はい。ご、ごめんなさい……」


 ご主人様を抱きしめていたクィユ族がハッとした表情で腕をほどく。名残惜しそうにご主人様の髪に触れていたものの、セレスの凍てつくような視線を受けてようやくロングツインテールに絡めた指をほどく。

 これ幸いと逃げだしたご主人様を横目に狐耳のクィユ族に話しかけた。


「お前がクィユ族の神獣の巫女ですね、名乗りなさい」


「神獣の巫女……。はい、……私はアーリーン。神獣の巫女というかクィユ族の王女、です。――あの、精霊様と神獣様はどちらからいらしたのでしょうか?」


「それをお前が知る必要はありません。それと私は精霊神です、ご主人様もルシャトトムなどとは格の違う神獣。言葉に気をつけなさい」


「せ、精霊神、様――っ!? ごめんなさ、ぁぅ……もうしわけありません……」


 恐縮して縮こまってしまったアーリーンを見下ろしながら、セレスはクィユ族をどのように活用するかを考えていた。クィユ族はこの世界でもなかなか希少性の高い種族なのだ。

 しかし――……これはひどい。

 神々の戦争時代は知的で戦闘能力の高いクィユ族がほとんどであったが、ルシャトトムがクィユ族の守護を忘れて卵を預けっぱなしで放浪しているような状況だ。クィユ族の優秀さは失われていると見ていい。このままではご主人様の役には立たない。


 クィユ族の中でも比較的マシなアーリーンをスキャニングしてみるが、惰弱な種族になり果てている。


名前:アーリーン

Lv:17

種族:神獣の巫女(劣化)

性別:女

筋力:1500

体力:3500/3500

魔力:10/10000

闘気:10/8000

神性:10/6000

器用:4000

敏捷:5500

反応:4800

知力:4000

精神:3000

魅力:12000

備考:神獣ルシャトトムの加護(劣化)【破棄】


 ただし、秘められたポテンシャルは種族固有のものだ。

 クィユ族は妖精族の末裔。身体能力と魔力が高く、霊獣・神獣と心を通わせ、精霊を呼びだせる力がある。また、囚われて性奴隷にされるくらいなので見目麗しくご主人様が侍らすにふさわしい容姿を持っている。身体を構成する魔力を作り変えて、種族本来の力を蘇らせていけば、そこそこ使える種族に戻るはずだ。

 ここにいるクィユ族は少ないが、魔力で繋がれたネットワークを経由して調べてみたところ、世界中に散らばっているクィユ族を集めれば一万くらいの人口が確保できる。ご主人様の幸せを叶えるための人員として確保しておくのは悪くない。

 すばやく情報をまとめると、クィユ族を懐柔するべくセレスは策を巡らせはじめた。


「聞きなさい、アーリーン。我が主はクィユ族を心配されておいでです。この場にとどまればふたたび盗賊たちがやってきて蹂躙するだろう、と。この地から離れよ、とのお言葉です」


「精霊の樹海から……? でも、どこへいけばいいか……」


「そうですか。――忠告はしました。あとは、あなたたちの自由になさい」


 セレスは伝えるべきことは伝えたとばかりに踵を返す。


「ま、まってください――!!! お願いです、私たちを安全なところまで連れていってください!」


「我が主は旅の途中、安全な場所など知りません。クィユ族は神獣ルシャトトムの庇護下にあるはず。そちらを頼りなさい」


「そうですけど……ルシャトトム様は、なにもしてくれないし……」


「ふむ……」


 クィユ族を掌握するためにはルシャトトムの存在が邪魔だ。撃ち滅ぼしてしまうのはご主人様の力をもってすればたやすいことだが、後々クィユ族との間に禍根が残るのはよろしくない。ご主人様も納得してくれないだろう。


 セレスは傲然とアーリーンに言い放つ。


「ならば、――ルシャトトムを捨て、我が主に忠誠を誓いなさい。クィユ族が裏切らぬ限り、我が主の庇護下で安息を得られるでしょう」


「えええっ!? そ、そんなことを急に言われても……。ルシャトトム様は私たちが先祖代々お仕えしてきた神獣様です。捨てるなんて……」


「助けてもくれない神獣に仕える意味はありますか?」


「ぅぅ、そ、れは……」


「それに、ルシャトトムはもうクィユ族を守ることはないでしょう」


「え……、あ――」


 セレスは地面に撃ち捨てられた卵の残骸を見やる。


「クィユ族は預かったルシャトトムの卵を守れなかった。いずれルシャトトムは卵が壊されたことに気がついて怒り狂うでしょう。守るべき責務も忘れているのに怒るなど……フフッ……お笑い種ですが、その猛威に抗う術がクィユ族にありますか」


「――!?」


 アーリーンの顔が真っ青になりふらふらと座り込んだ。

 神獣の巫女は卵に魔力を送り続けて次代のルシャトトムを育てる役割を担う。その代価としてルシャトトムはクィユ族を守る義務を負う。ただし、約束が破られた時の決まりは特になかった。両者ともに世代交代を重ねて忘れそうになっている決まりだ。セレスが好きなように解釈したところで誰もわかりやしない。


 いじわるせずとも、アーリーンのお願いを叶えてあげることもできないわけじゃない。

 ルシャトトムの卵を蘇らせることはできないが、クィユ族を別の地に連れていき、ルシャトトムに見つからないようにしてあげることは簡単だ。――できるが、クィユ族は利用したいのでそんな提案をするつもりはさらさらない。

 この状況を利用しない手はありませんね、とセレスは黒い笑みを浮かべる。


「神獣の巫女ならわかるでしょう、我が主の神性がどれほどのものか。我が主の庇護下にあれば、失われたクィユ族の力を取り戻すこともできます。断る理由はないと思いますが?」


「……ぅぅ、で、でもぉ……」


「選択は自由です。盗賊に囚われ性奴隷として慰み者になるもよし、神獣ルシャトトムの怒りに灰となって滅びるもよし、好きな最期を選びなさい……フフフ……」


 ご主人様が見れば、お前はなにやってるんだ、と怒鳴りこんできてグーパンでもかましそうな邪悪な微笑みである。他人の人生を食い物にする悪人面だった。

 もはやアーリーンに選択の余地はなかった。転がるようにセレスにすがりつく。


「わぁぁぁ、まって、まってぇ!!! 誓う! 誓うから!!! クィユ族を助けてください!」


「誓う? 足りませんね、――我が主への献身を怠らず、その身体と魂を尽くしてお仕えしなさい」


「魂……。た、例えばどんなことをすれば……? いけにえ、とか……ですか?」


「例えば、ふむ…………」


 はたとセレスは考える。

 ご主人様が男であれば、酒の相手をしろだの、夜伽をしろだの、いくらでも使いようはある。しかし、いまのご主人様は男でもなければ、酒も飲めないようなおこちゃまだ。

 子どもが喜びそうなことと言えば、おもちゃを与えたり、お菓子を食べさせてあげたり、物欲を満たすようなことばかり思い浮かぶ。

 微妙な沈黙がセレスとアーリーンの間に流れる。セレスは返答に窮した結果、――すべてをクィユ族にぶん投げることにした。


「ご主人様に仕える第一の種族となるクィユ族には、ご主人様がよろこびしあわせに感じることを考える権利が与えられます。これからもご主人様に仕える種族は増えていくでしょう。手本となるように精進なさい」


「は、はぁ……。よろこび、しあわせ、……ですか……」


「思いつかないのですか?」


 己も思いつかないくせに威勢だけはいいセレスである。じろりと睨まれたアーリーンははたふたと言葉を返す。


「えーっと、えぇぇっと。あのその、……だっこしてあげたりとか、よしよししてあげるとか、甘いものをみんなで食べるとか、……そういうのですか?」


 それは本当の子供にすると喜びそうなことだと思うが、さりとて代替案の思い浮かばないセレスは何も言うことはない。ご主人様と一緒に過ごさせればすこしずつ喜ぶことを理解していくだろう。

 セレスは楽観的にバッサリと思考を投げ捨てた。


「お前が良しとするならば、それで良いでしょう。つねにご主人様のしあわせについて考えることです」


 アーリーンは決意に満ちた瞳で頷いた。


「――わかりました!!! ……わたしは、ルシャトトム様への祈りをやめます。クィユ族のみんなにも新しい神獣様にこの身と魂のすべてを捧げるように伝えます……。どうか、クィユ族を助けてください」


「よろしい、お前の忠誠を我が主に伝えましょう」


 アーリーンの意志がルシャトトムに向いたままであれば神獣の加護は消えない。おそらく、いまの宣言でアーリーンの意志はご主人様シズマへと変わったはずだ。


名前:アーリーン

Lv:17

種族:神獣の巫女(隷属)

性別:女

筋力:6500

体力:8500/8500

魔力:10/15000

闘気:10/13000

神性:10/11000

器用:9000

敏捷:10500

反応:9800

知力:9000

精神:8000

魅力:17000

備考:幼神獣の加護(下級)、信頼関係によりパラメータ変動。


 これでご主人様とアーリーンがパスで結ばれた。加護の影響でステータスが上昇している。

 神獣名が表示されないのはわからないが、アーリーンの忠誠はご主人様へと向いている。しかし、ご主人様の神獣名はいったいなんなんだろうか。こればかりはセレスでも解析ができない情報であった。


 アーリーンも遅れながら自身の変化に気がついたようだ。


「……すごい、魔力があふれてくる……!!!」


 アーリーンのパスを通してクィユ族全体にご主人様の加護が流れ込んでいくため、広場に座っていたクィユ族たちにも静かなざわめきが聞こえてくる。


「お前が感じている力こそ本当の加護。我が主の加護を受けたことで、力の一端を分け与えられています。繋がりが深く強くなるほど加護の力は上がります。如何なる時にもご主人様への忠誠を忘れないように、それがお前たちクィユ族を守るでしょう」


「は、はい! がんばります!!! あ、あの……みんなに説明をしてきます!」


 アーリーンはぴょんと跳ねるように立ち上がるとクィユ族の仲間の元へ走っていった。その後姿を見ながらセレスは満足げにつぶやく。


「クィユ族の掌握に成功。ご主人様が望まれれば、国家樹立の足掛かり、ハレム建設の母体、戦力として充実させれば傭兵団にも利用できそうですね。…………フフフ」


 クィユ族を庇護下に置くこととなりご主人様は大層ご立腹だったが、ご主人様が幸せな人生を送るためにはいずれ必要になるかもしれない。様々な可能性を考慮して準備を進めておくのが大事だ、とセレスは信じてやまなかった。

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