閑話 導きの精霊神セレス
私は夢を見ている。
私が私でなかった頃の無能を晒す無様な光景を淡々と眺めている。
――愛する者を殺されたご主人様がマフィアの拠点を襲ったときのこと。
背後から五人。左通路から三人。右通路から二人。
武装のスキャニング………………情報がうまく読み取れなくてエラーが返る。一部情報を取得。右通路の二人は日本刀とナイフだけ。後回しでよい。
背後からの五人が追いついた。ご主人様が身をひるがえして襲いかかる。優先攻撃対象を選ばないと、でもスキャニングが終わらない。…………遅い……おそいおそいおそいおそいおそい――!!!!!
……――エラーが起きた。スキャニングが強制終了し、私は再起動された。
二秒で再起動された私はすぐさまスキャニングを開始したが、もう遅すぎた。
五人の中の一人が散弾銃を構えている。ご主人様は愛用のナイフを一本投擲して散弾銃の男を倒した。しかし、私が本当に最優先攻撃対象に設定しなければならなかった敵は別にいた。
左通路から飛び出してきた男が拳銃を構えて、発砲。甲高い銃声が鳴り渡り、ご主人様の腹部から赤い飛沫が飛んだ。一、二、三、四、五、六発の銃弾がご主人様に撃ち込まれた。しかし、ご主人様は激痛にひるむことなく背後から現れた敵集団の中に飛び込んだ。
拳銃がリボルバーだったため銃撃が続かないことを踏んで、四人の首をあっという間に掻き斬り、散弾銃を拾い上げる。だが、この散弾銃には装填がされていない。
私はめまぐるしく変化する戦闘状況に対応できていなかった。どうにか出せたナビゲートは、「敵の拳銃の残弾ゼロ、散弾銃の弾を回収して装填してください」と告げただけだった。
***
悪夢から己の意識を引き戻す。
私は漆黒の闇に無数の星が浮かぶ世界に漂っている。ここは精霊使いと契約を結んだ守護精霊が住まう、精霊使いの精神世界。ご主人様の精神そのものだ。
ご主人様と私は、死をきっかけに異世界に転生し、高次元的存在によって創り替えられた。何故そんなことをしたのかはわからない。ただ、私は精霊神の力を与えられ、この異世界のすべてを知る知識を与えられ、人間と同じ精神を与えられた。
人間と同じ精神を与えられたことで、私には感情が生まれた。過去の自分に感情を当てはめて思いだすことができるようになった。
私は前世では壊れかけのナビゲートAIだった。軍のラボで試験的に作成された私は、データ採取のためのテストを何度か繰り返し、失敗作と判定され処分された。廃棄業者が不正を働いて闇市場に私を売り払った結果、ご主人様の手に渡ることとなった。
失敗作なだけあって私の性能はひどいものだった。
情報の検索に失敗してはエラーを起こし、索敵中にネットワーク接続に失敗してエラーを起こし、高負荷による熱でエラーを起こし、プログラムのバグでエラーを起こし、……ああ、もう数えきれないくらいのミスばかりで、頭を抱えて悶絶しそうだった。
それでもご主人様は私を処分しようとはせず、エラーでフリーズしてばかりの私とうまく付き合いながら殺し屋の仕事をしていた。私はご主人様の役に立てるように精いっぱいがんばらせてもらった。
しかし、私は最悪の瞬間にエラーを起こし、ご主人様に致命的な損傷を負わせて――殺してしまった。
私がきちんとナビゲートできていればご主人様は怪我ひとつ負うことなくマフィアを撃退していただろう。もしくはマフィア共の不穏な動きを察知して、子供たちと病気の娼婦たちの隠れ家に戻るように進言できていたかもしれない。
私は取り返しのつかない失敗をした。ただ、唯一の救いとして次の機会を与えられた。ご主人様は転生し、神獣の幼生と呼ばれる子供になった。私も転生し、精霊神と呼ばれる精霊になった。
与えられた感情で私の気持ちを表すのあれば、私は歓喜していた。高次元的存在に感謝していた。そして、決意を漲らせていた。
私はご主人様をサポートする。
全身全霊を賭けてお仕えしてこの世界で幸せに生きてもらう。この身体と精神が粉々に砕け散ろうとも必ず守り抜き、迷い悩めるご主人様を導いてみせると、誓った。
精神世界の外を見れば、ご主人様が目覚めていた。変わってしまった姿を見て悲鳴を上げていた。安心してください、私はいつでもあなたの傍にいますから……。
『お困りのようですね、ご主人様』
私はいつものようにご主人様に声をかけた。
ご主人様は私の変化に大層驚いていた。わからないでもない。今の私は前世で最高級品質であったAIの性能を遥かに凌駕している。
私はできるだけ丁寧に、そしてご主人様が納得しやすいように現状を説明していった。これからは新しい人生を進むべきであると、諭した。
ご主人様の性格は把握している。案の定、ご主人様は養っていた子供たちを心配し、来世があることを願っていた。
人は死んだらそれっきり、来世などない。意識は霧散し、肉体は塵となり、何者でもない何かとなって分子単位に分解される。……私は残酷な真実は伝えなかった。
ご主人様が気持ちを落ち着かせたところで新たな提案をする。
衣服だ。
ご主人様は生前着ていた服装のままであったため、男の体臭は染み付いているし、ほつれているし、血に汚れて穴まで開いている。サイズがあっていないので今にも服がずり落ちそうになっている。
前世のアウトローな雰囲気を纏っていたご主人様は、子宮に響く魅力を放っていたが、獣耳美幼女に生まれ変わったご主人様にはもっとふさわしい服装がある。
この世界の誰もが羨むような服をつくろう。且、ご主人様が纏うに値する美しい装いにするのだ。
と言うわけで呼びだす精霊に衣服の作成と注文をだしてみた。脳内で3D映像化された衣服のイメージを精霊に送ってやる、すると。
「精霊神様、…………あの、……その……、このような繊細な色彩の衣服をつくることは、我らテイラーアラクネアでは不可能でございます……」
「我が主にふさわしい衣服をお前は作りたくないということですか、ほう」
「いえ、いえいえいえ……! そのようなことは! お許しくださいませ、テイラーアラクネア属は白い糸しか生み出せないのです。申し訳ございません……」
「ふむ、では糸はレインボーシルクワームに作らせます。ワームの糸を使って衣服をつくりなさい」
「ワ、ワームの糸を、……でございますか……? そんなことができるのかどうか……。前例がありません……」
「私はやれ、と言いましたが理解できませんか?」
「ひぃ、……やります! やらせていただきます!!!」
「報酬はこのくらいでいいでしょう、至高の一品をつくりなさい」
「!!!!? こ、これほどの魔力をいただけるので…………しょ、承知、いたしました……。すぐにでも参ります!」
さて、スムーズに制作者は捕まえた。次は材料の糸を調達しなくては。
呼びだす精霊を追加。精霊、レインボーシルクワームにも衣服のイメージと色彩の細かな情報を送ってやる、すると。
「精霊神様ぁ、ボクらは色鮮やかな糸は作れるけどぉ……頑丈さも必要なんでしょ。こんなにたくさんの丈夫で色のついた糸を作るのは疲れるんだけどぉ…………」
「いまから精霊界に赴いて、糸を絞り出した後にレインボーシルクワーム属を絶滅させてもいいですが。それでも嫌ですか?」
「ちょっとぉ……こわいこわいぃぃぃ……。たくさんの魔力をもらえるならぁ、できるけどぉ……そんな魔力、精霊神様でも渡せないと思うよぉ……」
「問題ありません。あなたはつべこべ言わずに糸をつくればよろしい、……これが報酬です」
「ひょぁぁぁ~~~、なにこれぇ、すごいすごい! こんなにもらえるんだぁ、すぐいきますぅ~♪」
こうして服飾製作者と素材生産者が揃い、ご主人様と私の衣服は作られた。ご主人様は大層ご不満だが、眺めている側としては眼福である。通りをすれ違う人は誰もが振り返る美幼女っぷりだ。
ひらひらの服を摘まんで困った顔をしているご主人様を心の中でニマニマしながら眺めていると、ご主人様は戦いについて興味を示された。殺し屋を長年やっていただけあって現状をしっかりと把握されたいのだろう。
正直、戦闘については前世よりも心配していない。ご主人様の身体能力に追随できる生命体は限られている。精霊神である私が全力で戦いを挑んでも及ばないポテンシャルを秘めている。
ご主人様には体感してもらうために適当な魔物を倒してもらい実感してもらった。魔物【タイラントニーズヘッグ】は精霊の樹海の食物連鎖の頂点に位置する。アレをただの投石いっぱつで倒せるなら戦闘で困ることはほぼない。
もちろん未知の存在に出会ったときのことを考えてスキャニング機能を強化しておいた。ご主人様が問題なく対処できるかどうかを確認するために、生命体の身体能力を分析して数値化する簡易パラメータを用意した。
***
名前:シズマ
Lv:1
種族:神獣
性別:女
筋力:450000
体力:480000/480000
魔力:6800000/6799999
闘気:6500000/6500000
神性:150000000/150000000
器用:780000
敏捷:800000
反応:790000
知力:280000
精神:300000
魅力:1500000
備考:幼生のためパラメータの変動あり。
名前:タイラントニーズヘッグA
Lv:78
種族:魔獣
性別:男
筋力:2000
体力:0/2500
魔力:0/200
闘気:0/500
神性:0/10
器用:3200
敏捷:3500
反応:3300
知力:900
精神:130
魅力:150
備考:損壊が激しいため素材の採集不可。
***
……見れば見るほど規格外の
戦いについて説明してから魔法についても触れておいた。
この世界の生命体は、魔力、闘気、神性、と呼ばれるエネルギーを保有しており、三種のエネルギーを消費することで、魔法、闘術、神技、と呼ばれる事象を発生させる。
ご主人様は孤児であったため高等教育を受ける機会に恵まれなかった。その他、娯楽に触れる機会もほぼなかったためか、魔法について理解ができていないようだ。もしかすると、闘術、神技についても理解に時間がかかってしまうかもしれない。
それでもご主人様はすばらしい。
前世の科学技術を基礎に編み出されたご主人様の魔法は、この世界の魔法とは一線を画す破壊力と精密性だ。この世界の住人が原理を理解して、使用できるようになるまで数百年はかかることだろう。
それと、魔法について学び、悩み、行使しているご主人様の姿は脳髄が痺れるかと思うほどかわいらしい存在だった。思わず抱きしめて獣耳としっぽを愛でてしまうほどに。まさしく神獣だ。母性本能を刺激するセンスが神がかっていた。
最後に、私は名を与えられた。
私の名前はセレス。ご主人様を幸せへと導く精霊神だ。
はて、そういえば……ご主人様の幸せはなんだろう。男の幸せとはなんだろう。
世界中の美少女・美女を集めたハーレムだろうか。世界の誰もが傅く権力者だろうか。使いきれないほどの金銀財宝か。神をも屠る絶対的な力か。数多くの家族に囲まれた穏やかな家庭か。……キリがない。
キリがないと思い立ったところで私は閃いた。
小さな幸せから途方もない幸せまですべてを列挙するまでは時間がかかる。私は幸せと定義できるすべての項目を並べていく。その数は留まることを知らないほどに膨大だ。
このすべてを叶えればご主人様は幸せになるだろう、悩むことなど一つもない簡単な話だ。私は閃いた名案に笑みを浮かべた。
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