第3話 精霊の助け
蒼銀のショートヘアの少女は手を伸ばすと、オレの服に触れた。
「行動開始の前に……、このだらしない服をどうにかしたほうがよいですね。幼児性愛者がすり寄ってきそうです」
「む……」
つままれたダボダボの服を見下ろす。
いま着ている服はオレが死んだときに来ていたものだ。ほのかに漂う男臭さ、擦り切れた裾や袖、銃で撃たれた服の穴に乾いた血痕まで残っている。
シャツは肩からずり落ちて胸元が見えている。ズボンはずり落ちて下着が丸見えているし、下着はいまにもすとんと足元まで落ちてもおかしくない有様。おまけに水辺まで這いずってきたものだから泥だらけだ。
細身筋肉質の百八十センチはあった男の身体から、抱えて運べそうな小柄な女の子になってしまったのだから当然か。
人は見た目が九割。
養っていた子供たちには、孤児に見えないように綺麗な古着を着るように言いつけていたし、だらしない服装をしていた子供は叱っていた。当然、いまの格好を許せない。
「素っ裸のお前が言うな、服を着ろ。ロリコンがすっとんでくる」
「お互いさまだと返答します」
ひとしきりしょうもないやり取りを繰り返したところで、ここが樹海のど真ん中であることにため息を吐いた。
「針も糸もないんじゃどうしようもないな……」
「私にお任せください」
「まかせろってどういうことだ。お前はナビゲートAIだろ」
「私は精霊です。下位精霊を使役する力があります。制作の得意な下位精霊を呼び出して服を作らせてみます」
「そんなことができるのかよ!?」
蒼銀のショートヘアの少女はさも当然とように頷き、ご主人様の力をお借りすることで可能です、と告げる。
「私はご主人様の守護精霊という間柄になっているため、ご主人様のエネルギー、この世界でいうところの魔力を消費して精霊を呼び出します。ちなみにご主人様も神獣という種族のため様々な技能をお持ちです」
「オレの魔力??? つまり、なんだ?」
「詳細は後程、五メートルほど離れてください」
「あ、ああ……わかった……」
オレが距離を取ると、蒼銀のショートヘアの少女は両掌を広げて目を閉じる。何をするつもりなのか、じっとそのしぐさを見守る。
「――主魔力貯蔵庫の権限取得要求……許可。精霊個体名1:【テイラーアラクネア】、精霊個体名2:【レインボーシルクワーム】の召喚要請および契約魔力の概算提示…………召喚個体からの了承。主魔力貯蔵庫の残量99.89%……問題なし、最終許可。――召喚個体に割り当てる仮想魔力回路を新規構築、接続、供給開始。――召喚フェーズ、開始」
蒼銀のショートヘアの少女の身体が淡く光りはじめた。少女の掌から小さな光の礫が無数に浮かび上がり空中で寄り集まっていく。光は瞬く間に大きく輪郭を形作っていく。
「……ぉぉ――!?」
「――実体化します」
目の前で起きる摩訶不思議な現象に思わず目を見張る。蒼銀のショートヘアの少女が創りだした光は大きな生き物の形となり、――光がぽんっと弾けた。
そして、オレが跨れそうなくらい肥え太ったカラフルな芋虫がぼよんと落ちてきた。さらに、細長い爪を備えた真っ白な巨大蜘蛛が音もなく着地する。
「――召喚フェーズを完了しました。召喚プロセスの解析ができたので、次回は処理を簡略化しておきます」
とんでも事象を目の前にしてオレは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。そんな様子にお構いなく、真っ白な巨大蜘蛛が長い爪でオレをひょいっとつまみあげた。
そして、チョコレートの銀紙を破り去るようにバリバリとオレの服を引き裂いた。
「ちょ、な、ななな……」
「だいじょうぶです、そのまま静かにしてください」
「本当だろうな!?」
裸に剥かれたらあとはおいしく食べられるだけではないのか、そんな不安がのど元まででている。だが、蒼銀のショートヘアの少女が言うのだ。不安な気持ちを抱えつつも信じてこらえることにした。
真っ白な巨大蜘蛛が肥え太ったカラフルな芋虫の頭をつんつんとつつく。肥え太ったカラフルな芋虫は口から黒い糸を吐き出す。真っ白な巨大蜘蛛は黒い糸を綺麗に絡めとると、オレの身体に合わせて糸を編んでいく。
その速さと言ったら! テレビの十倍速再生のような凄まじい速度で細長い爪を動かしていく。一本の糸からあっという間にぴったり合うショーツができあがる。続けて肥え太ったカラフルな芋虫は白、青、黄、赤、橙、と鮮やかな色合いの糸を吐き出していく。
「 ぉぉ……すごい……が、……ちょっとまて!」
真っ白な巨大蜘蛛は目にもとまらぬスピードで無数の糸を絡めとり、瞬く間に衣服と靴を編み上げた。だが――。
「この服装は、……どうにかならないのか――!?」
華やかなフリルに彩られたドレス、可愛らしい意匠を凝らした黒のガーターストッキングと黒のパンプス。極めつけは、ロングツインテールを結わえる大きなモザイクリボン。ぱっと見れば旅装のお嬢様、そんな印象を与える服装だ。
オレに女装の趣味はない。しかし、見た目は幼女。だが、心は男なわけで。この格好は恥ずかしすぎる。
「大変かわいらしいです」
「やめろぉぉぉぉぉ――っ」
蒼銀のショートヘアの少女のとても嬉しくない賛辞に思わず絶叫。地面をのたうち回りたくなるほどに精神的な苦痛に暴れだしたくなる。服を着せ終えた真っ白な巨大蜘蛛は、オレを地面に下ろし、今度は蒼銀のショートヘアの少女を拾い上げると再び服を編みはじめた。
「別の服にしろ!」
「ご主人様、違和感なくこの世界で活動するためには『役』が必要です。その格好はこの世界の貴族の服装です。見た目で侮られることはないはずです。ご理解ください」
「だからオレを『ご主人様』なんて呼ぶのかよ!!!」
真っ白な巨大蜘蛛に着替えさせてもらった蒼銀のショートヘアの少女は軽やかに地面に降り立つ。そこには漆黒のフード付きマントを羽織り、翼の飾りが刺繍されたクロースアーマーに身を包んだ美少女従者が佇んでいた。
貴族のお嬢様と若い女従者、この世界に溶け込むための役がこんな情けない姿になるとは思わなかった。せめて逆だったら良かったのに。いや……逆だとしても違和感はあるか。どっちも変わらない。むしろ悪化するかもしれん。
「私も戦闘に参加できます。いままでの戦闘補助に加えて手数が増えると考えていただければ――」
「やめろ。戦いはオレがやる。お前はいままで通りにしろ」
「……かしこまりました」
蒼銀のショートヘアの少女は眉ひとつ動かさず了承する。なんとなく無表情な顔には寂しさが感じられる。居心地の悪さを感じて、オレはそっと少女から視線を逸らす。
しかし、戦いはオレがやるべきことだ。戦いはときに人殺しをすることもあるだろう。人殺しはオレの仕事だ。誰にも任せようとは思わない。
オレは誰に対しても「人を殺せ」とは言いたくないのだ。
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