第4話 猛悪な幼獣

 人殺しはオレがやる。

 と、言ったもののこの小さな体で前のように戦うことはできるんだろうか。そういえば、蒼銀のショートヘアの少女が気になることを言っていたな。


「おい、オレの種族が神獣になったとか言っていたな。どういうことだ?」


「私が精霊に変質したように、ご主人様の身体も神獣の幼生に変質しました。非力に見えますが、身体能力や魔力など、この世界の平均を大きく上回る最上位種族です」


「とてもそうは思えないが……」


「測定しましょう。その小川の石を指定する標的に命中させてください。――戦闘起動。標的設定……網膜投影開始」


 蒼銀のショートヘアの少女の言葉に応じて、オレの左目の視界に薄赤のターゲットサイトと様々なパラメータが表示された。ほぉ、なんだか見やすくなったな。前はもっと文字がちらついて読みづらかったんだが、悪くない。


 蒼銀のショートヘアの少女が設定した標的は一〇○メートル先の樹木。そこには体長二十メートルはあろうかという凶悪な面構えの巨大蛇が絡みついていた。

 あまりに現実離れした生物に背筋が震えた。


「なんだ、ありゃ……」


「あれは【タイラントニーズヘッグ】。人の立ち入らない樹海に生息する巨大蛇です。知能が高く、非常に好戦的、頭上から獲物に襲いかかり丸呑みにします。この世界では【魔獣種】にカテゴライズされる生物です」


「あれをやるのか!? あんなの倒せるか! だいたい届くわけないだろが!」


「問題ありません。全力で投擲してください」


 蒼銀のショートヘアの少女はどうぞと拳大の石を握らせてくる。

 修正する気はないらしい。オレは首を傾げつつ、拳大の石を受け取り、軽く腕を回してから大きく振りかぶる。渾身の力をこめてターゲットされた巨大蛇に石を投げた。


 ゴゥ――ッ、と空気を突き破る轟音に森がざわめいた。キィィィン――――ッ、と甲高い風切り音が森の静けさを斬り裂いた。


 拳大の石は進路上にあった樹木に大穴を開け、梢を吹き飛ばし、巨大蛇の脳天に直撃した。頭蓋がはじけ飛んで衝撃波で下水管ほどもある胴体がバラバラに四散する様が左目に映し出され……【HIT】と赤く点滅した。


「は――……?」


「お見事です」


 オレは投石モーションのまま微動だにできなかった。固まったままのオレの傍でパチパチパチと無表情の蒼銀のショートヘアの少女が拍手をする。


「理論や理屈は不明ですが、この世界では魔力と呼ばれるエネルギーが生物の力に大きく影響します。この世界の生物は元々保有する身体能力に、魔力が上乗せされることで、超常的な力を発揮できるようです。普段は非力なご主人様ですが、魔力を意識的に使用することで何十トンもある戦車を持ち上げることができる、そんな解釈でよいかと」


 ぎくしゃくと己の両手を眺める。

 掌を見ても魔力なんてエネルギーを感じることはできない。オレが考えていたのはターゲットに石が当たればいいな、くらいなものだ。意識的にと言うが、魔力を使う術はそう複雑なものじゃないのかもしれない。


「うっかり力が入りすぎたりしたらどうするんだ。危なっかしくてしょうがないぞ?」


「私はAIですからコントロールが必要ですが、ご主人様は生物ですから感覚的に扱えるのでは?」


「それがわからんから聞いてるんだ」


「私にもわかりかねます。何とかしてください」


 この世界のあらゆる知識を持っていると豪語する癖に雑な解釈だ。やはりこいつはポンコツAIだな。オレの視線を感じてか、蒼銀のショートヘアの少女はジトっとした眼差しを返してくる。


「不本意な評価をいただいた気がします……。ともかく、ご主人様が全力をだせばたいていの生物はひき肉になってしまいます。ご注意ください」


「わかった」


 いままでは苛立ちで電柱やごみ箱を蹴っ飛ばしたりしたり、酒飲んで喧嘩をしたりすることもあった。この身体ではうっかり相手を殴りつけたら頭がポロリと取れた、なんてことになりかねない。

 見た目がこのありさまだから道端で喧嘩をするような事態に巻き込まれることもないかもしれんが。

 ひとまず戦うことのできない非力な幼女ではないことがわかった。AIの戦闘補助を受ければ、殺し屋であった頃のように戦うこともできるだろう。安心した。


「あとは武器がいるな。さっきの蜘蛛に拳銃とかナイフとか作らせることはできないのか?」


「――検索。この世界に銃は存在しないようです。【魔法】が発達しているため、投射武器は【魔法】または弓が主流となっています。また、設計図があったとしてもこの世界の鋳造技術では再現が困難です」


「【魔法】か。絵本の世界だな」


「ファンタジーと言いましょう。男の子が憧れる俺様ツエーとハーレムの世界です」


「……お前の言っていることはときどきよくわからん」


 拳銃がないならばボウガンあたりか。あとは格闘用の大型ナイフが欲しい。この小さな手だと特注してもらわないとダメかもしれないが。


「ファンタジーはさておき、精霊は人間の武器を作成できません。武器を使わない戦い方を考えておいたほうが良いかもしれませんね」


「【魔法】か?」


「もしくは【闘術】あるいは【神技】です」


 また新しいことか。頭が痛くなってくる。しかし、異世界で生きるためだ。覚えなければならない。三十歳に近づくにつれて物覚えの悪くなった頭でどこまでついていけるだろうか。


「まずは【魔法】について教えてくれ」


「――詳細検索。【魔法】とは、生物が体内に保有する魔力を消費させて発生させる事象の総称です。私たちの世界では【超能力】と呼ばれていたものに近いです」


 【超能力】ときたか。いきなり胡散臭い。街頭で客寄せ手品を披露していたピエロの姿が思い浮かぶ。あれは仕掛けがあるから【超能力】ではないか。


「使いかたは?」


「イマジネイションです。魔力を集約させて事象を発生させる過程を思い浮かべるだけです、――このように」


 蒼銀のショートヘアの少女は人差し指を立てると、爪の先に青白い炎を灯らせた。


「学校にもいっていないオレには無理だな。過程なんか知らん」


「私の真似をする必要はありません。いつもご使用されていた武器ならばわかるのでは?」


「ふむ? なるほど……」


 拳銃、小銃、機関銃、狙撃銃、散弾銃、手榴弾、時限爆弾、エトセトラ。マフィアから提供された様々な武器を使ってオレは人を殺してきた。性能や効果、簡単な修理ができるように内部構造も学んだ。


 オレは慣れ親しんだ拳銃ベレッタM9の姿を思い出しながら、銃身の形状を、撃鉄の仕組みを、引き金の硬さを、すべての構造を頭に浮かべながら手を銃の形に真似てみる。


 オレは傍らの大木に狙いを定めて、トリガーを引き絞ってみた。


 …………。

 ……………………、何も起きない。発射のイメージが湧かないからか?



「……バン」


 試しに声に出してみた。


 刹那。

 眩い閃光が指先から迸る。人差し指の先に円錐状の金属塊が瞬時に生成され回転をはじめる。回転は初速からフルスピード、仄かに放電を放ちながら、黄金の輝きが発射された。


「うぉ――!?」


 金属塊は大木に命中、大爆発を起こした。根元から大きくえぐられた大木はミシミシを音を立てて倒れ伏す。


「少々、魔力が過剰かもしれません。火薬のイメージは抑えたほうが良いです」


 蒼銀のショートヘアの少女に教えてもらいながら魔法の練習を繰り返す。その甲斐あって指先から金属塊を発射する【魔法】を習得することができた。この世界では岩石弾ロックバレットと呼ばれる【魔法】に似ているとのこと。

 蛇足であるが、蒼銀のショートヘアの少女が見せてくれた本物の岩石弾ロックバレットとは似ても似つかなかった。

 ちなみに威力は申し分ない。

 蒼銀のショートヘアの少女が哭雷砲ハウリングガンと名付けたオレの【魔法】は、拳銃程度の威力から戦車砲並みの威力まで調節ができた。

 魔力の消費も低く、一日百万発を撃っても問題ないくらい。


 ただし、問題がひとつ。


「バン、バン、バン――。タタタタタタタン――ッ。ドン――ッ、ドン――ッ、ドッカーン」


「拳銃ごっこは楽しいですか、ご主人様」


「うるせぇ! こっちだって好きでやってるんじゃないんだよ!?」


 【魔法】を学び、使えるようになれた。しかし、蒼銀のショートヘアの少女のように息を吸うように【魔法】を行使することはできなかった。拳銃や短機関銃、果ては携帯対戦車擲弾など、銃火器を【魔法】で再現できるようになったものの、銃撃音を声に出さなければ【魔法】を発動できなかったのだ。


「頬を染めて恥ずかしがるご主人様もかわいらしいですね、よしよし」


「怒ってるんだよ!!! 頭を撫でるな! ……ちょ、やめ……んぁ!!! くぅ……!!!」


 蒼銀のショートヘアの少女の手を振り払い、獲物を狙うタコのようにすり寄ってくる身体を押しのけようと……するも、腕のリーチ差で逃げられない。いいように抱きしめられ満足のいくまで耳と尻尾を弄ばれた。


「大変心地よい毛皮です。マフラーに一つ欲しいくらいですね」


「ぐ……このポンコツが……ッ、ぶち壊すぞ……!!!」


「おやおや……、よろしいのですか、ご主人様。私のサポートなしでこの世界を生きていけると? それならどうぞ私をスクラップにしてくださいませ」


 この世界に来てからナビゲートAIの態度がでかい。赤の他人であればぶちのめしてひき肉にしてやるが、こいつがいないとオレの今後に差し障る。邪険にするわけにはいかないし、へそを曲げられたら困る。いまは好き勝手にやらせるしかなかった。


「お返事は、ご主人様?」


 大きな狼耳をもにょもにょと触られながら、オレは怒りを押し殺した声で答えた。


「~~~~~ッ、……お前は、必要だ――」


「さようでございますか、しかたありませんね。ナビゲートAIとして引き続きお力になりたいと思います」


「――……ッッ。よろしく……、たのむ…………」


 怒鳴り散らそうと口を開きかけるも、罵り言葉は出てこない。そっぽを向いてごにょごにょと言い訳するしかなかった。


「さて、お遊びはこれくらいにしましょう。これからの方針を決めていただけますか?」


「わかってる!」


 お遊びをはじめたのはお前だろうが、と喚き散らしたい気持ちをぐっとこらえる。気持ちの切り替えが大事だ。……腹は立ったままだけどな!


 これからこの世界で生きていくために考えなければならないことは、どのように金を稼ぐか、だ。

 オレは一文無し。今日食べる飯にも困るすかんぴんだった。

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