第9話 幼神獣は冒険者になりたい

 クィユ族を助けてから数日が過ぎた。オレとセレスはクィユ族のための村造りをしながらクィユ族と共に過ごしていた。


 朝を感じて瞼を開けた。

 眩しい柔らかな陽の光に目を細める。そして、左右から押し付けられているひんやりとしつつも柔らかい人肌に若干憂鬱になる。


「なんだってこいつらはこんなに懐いてくるんだ……」


 オレは左隣に寝ている狐耳のクィユ族アーリーンと日替わりで交代する右隣に寝ているクィユ族を見やる。二人とも腕を絡ませてオレの小さな体をがっちりと抱きしめている。おかげで寝苦しくてたまらない。

 ……前世のボロ家は狭いうえに雑魚寝だったから寝相の悪い娼婦たちが抱きついてきてもしょうがないかと思ってたが、こんだけ広いベットでなんで引っ付いてくるかな。


 オレはぼやきながら左右の二人を起こさないようにそろりとベッドから抜け出した。殺し屋の性で気づかれないように身動きするのは慣れたものだ。


 寝室からテラスへと出る。純潔城エンラニオンの最上階から眺める朝日は絶景だ。精霊の樹海を眼下に見据え、はるか北側に雪化粧の山岳地帯、はるか南側に広大な海を臨むことができる。精霊の樹海の途切れ目からは波打つ草原が延々と続いている。


 硝煙と血にまみれた殺伐とした日々が懐かしい。こんなに穏やかな数日を過ごしたのは本当にいつ頃だろうか。

 ささやかな心の安寧に気分を良くしていると、テラスにいた先客から声を掛けられた。


「おはようございます、ご主人様。昨夜はお楽しみでしたね」


 テラスにいた先客はセレスだ。

 前世ではサポートAIとして戦闘補助や道案内をしてくれていた機械だったが、転生したこの世界ではオレの守護精霊となっている。

 前世の壊れかけだったサポートAIのときはエラーばかり吐いて困ったやつだったが、いまも別の意味で困ったやつになっている。


「……服を着て寝るのはクィユ族にはない習慣だから合わせるように、と言ったのはお前だろ?」


 オレはいま服はおろか下着も履いていない真っ裸である。隣で寝ていたクィユ族たちも同じだ。長い髪のおかげで肌寒いとは思わないが何とも言えない落ち着かなさがある。

 寝食を共にするのだからできるだけクィユ族に合わせるようにしよう、と考えたから従っているんだが……――。


「お気になさらず。お約束、というものです」


「なんでお前のこと、修理しておかなかったんだろうな…………」


 守護精霊となったいまはエラーを起こさないが、指示や言動がすっとぼけた内容だったりするので、舐められているようにしかみえない。


「ご主人様はユーモアを解する心のゆとりを学ぶべきかと。面白みのない男はモテませんよ?」


「この姿でモテてどうすんだ?」


 オレは朝日に照らし出された自身の姿を見返す。

 白狼の耳の美幼女に転生してしまったオレは前世の男の姿じゃない。この姿でモテようものなら同年代の少年に好かれてしまうだろう。同性愛者でもなく少年愛好家でもないオレにはご遠慮させてもらいたい。

 しかし、女に好かれたいと思ったところでこの姿では絶望的だな。せいぜいクィユ族に好かれているようにマスコット的存在になるだけだ。


 ささやかな心の安寧から現実を突きつけられて気分は直滑降。重いため息が出る。どんよりとした気配を感じたのか、セレスが気遣いの言葉をかけてくる。


「ご主人様、お疲れのようですね。お望みであれば世界中の美女・美少女を集めて癒しのハーレムを建設……」


「いらん!」


「おや、美男・美少年のほうがお好みで……」


「やめろ!!! ……いいかげん黙れ、オレたちは冒険者になるために街を目指してたはずだ。今日、発つ。アーリーンに説明しとけ」


「承知しました、ご主人様」


 セレスはペコリとお辞儀をして下がっていった。


 悪い奴じゃないんだが、セレスは余計なことをするからな……。どうせなら冒険者についてもっと詳しい話を聞きたいんだが、ちょっとした躊躇いがあってセレスには聞けないでいた。


 冒険者は魔物退治や秘境探索などを生業とする日雇い労働者だと言う。マフィアの殺し屋であった頃のように見知らぬ誰かを殺しにいく憂鬱な仕事じゃない。

 魔物退治はテレビで見たことがある猛獣ハンターのような雰囲気でなかなか楽しそうだ。秘境探索は映画の冊子でみた探検隊のようなイメージがある。

 何を隠そうオレは冒険者という職業について子供のようにわくわくしていた。


 セレスに冒険者のことを尋ねれば理由を聞かれるだろう、ご主人様はたいへん子供らしい感性のお持ちですね、とても二十代とは思えません(くすくす)、などと冷たい声音で言われたら傷つくと思う。しかし、あいつなら言いかねんと思うと相談できなかった。


***


 純潔城エンラニオンに注ぐ朝日に照らされながら、オレとセレスと狐耳のクィユ族、アーリーンが玉座の間に集まっていた。

 一段高い位置に置かれた木の椅子はアーリーンの席だと身振り手振りで伝えるが、決して彼女は座ろうとしない。セレスに通訳させてようやく座ったものの、なぜかオレはアーリーンの膝の上に座らされている。

 オレが思っていた構図となんだか違う……が、もはや訂正するのも疲れたのでされるがままになっていた。

 セレスは例の如く玉座の傍らに遠すぎず近すぎない立ち位置を陣取っている。


「セレス、クィユ族に旅に出ることは伝えてもらったと思うんだが……アーリーンだったか、この子、さっきから何か言いたそうじゃないか?」


 アーリーンは落ち着かない様子でオレの髪を梳かしたりしっぽを毛づくろいしたりと忙しい。たまにセレスをちらりと見て必死な表情で何かを話しかけている。


「お気づきになるとはさすがですね。おっしゃる通り、アーリーンはご主人様にお願いがあるようです」


「聞かせてくれ」


「はい、どうやらクィユ族の一部が盗賊団にさらわれてしまったようで、助けてほしいみたいです」


「……しまったな、全員殺したのはまずった。そういうことはもっと早く聞き取ってくれ! もうだいぶ時間経ってるぞ……」


 盗賊団に慈悲なんぞいらない。あと腐れなく殺してしまったほうが二次被害がなくなると思っていたんだが、すでに誘拐された者がいるなら行方が分からなくなってしまう。唯一の手掛かりは逃げた盗賊の一人を追いかけることであるが、さすがにいまから追いつくのは無理だ。


「アーリーンによれば、盗賊たちは東のロバン帝国から現れた、と。ロバン帝国に向かえばクィユ族の行方もわかるはず、とのことです」


 そこへ、アーリーンが口を挟む。セレスが素早く通訳を入れた。


「さらわれたクィユ族を探しに一人の戦士近衛隊長グラシアがロバン帝国へ向かったそうです、彼女も奴隷に堕とされているかもしれないので助けてほしい、と」


「奴隷か。急がないと難しくなるな」


 前世では奴隷制度はなかったが法律の抜け穴を利用して奴隷同然に働かされる人々がいた。いちど奴隷に堕ちてしまうと借金や契約といった本当の法律に縛られて救い出せなくなってしまう。もちろん無理やりに助け出すことはできるが、助けることが犯罪行為になってしまうので十全な準備をしないと痛い目を見る。


 異世界の法律はわからないが奴隷は売買されるものだろう。奴隷が販売されて第三者の手に渡ってしまえば取り返すのは簡単じゃない。金を積めば解決するだろうが手放さないやつもいるだろう。力業で奪い取ってもいいが、大立ち回りをすれば国が出張ってくる。さすがに国と戦争して勝ち目があるとは思えない。


 ふと視線を感じて首を巡らせる。アーリーンが涙で潤んだ瞳でこちらを見つめている。オレはそっとアーリーンの頭を撫でてやる。


「だいじょうぶだ。きっと助ける」


 言葉は通じずとも言いたいことは伝わるはず。オレは子供たちに話しかけていたように穏やかに優しく語りかけてやる。アーリーンは泣き笑いの顔で小さく頷いた。


「承知しました、ご主人様。これよりクィユ族の奴隷解放のため活動を開始します。第一目標プライマリを冒険者志願、第二目標セカンダリをクィユ族の奴隷解放、に設定。つきまして、提案がございます」


「言ってみろ」


「はい、第二目標セカンダリの円滑な達成のために、神獣の巫女アーリーンを随伴させることを推奨します」


「彼女を、か? 危ないだろ……クィユ族が奴隷にされるっていうなら街をふらふら歩いてたら余計な面倒ごとに巻き込まれかねない」


「推奨理由をご説明します。私の索敵能力でクィユ族を探すことは可能ですが、奴隷か否か、アーリーンの探している人物か否か、特定することは極めて困難です」


「顔がわからないのか」


「アーリーンの脳を摘出して記憶を抽出してよいのでしたら必要ありません」


「ばかやろう! そんなことしたら死ぬだろうが!!! ……あらかじめ人相書きを用意してもらうのはだめなのか?」


「それでも良いですが、アーリーンは人探し以外にも重要な役目があります」


「ほかに何があるんだ?」


「ご主人様のお世話係が必須です、最重要優先事項でございます」


「なんでオレにお世話係が必要なんだよ――ッ!」


 セレスの目がスッと細められた。


「はて、お忘れですか。……女の身体になってトイレの仕方もわからずモジモジしていたご主人様を私はようく覚えておりますが」


「あ…………、あ、あれは、そういうんじゃない!」


 この城は女性しかいないためトイレや浴場が一種類しか存在しない。なんとなく入るのを躊躇っていたところをアーリーンに世話をさせてしまったので申し訳なく思っていた。まさかセレスに見られていたとは……。


「ほかにもありますが。着替えはできますか? 身だしなみは?」


「それも見てたのか!?」


「私はご主人様の守護精霊です。すべて見守っています」


 セレスの用意した服はひらひらしているだけでなく、着用方法も非常に難しいものだった。オレが見様見真似で着てみたところ頭が抜けなかったり腕が通らなかったり散々な目にあっていた。それも見兼ねたアーリーンに手伝ってもらっていた。


 身だしなみは顔を洗っておけばいいじゃないかと思っていたのだが、アーリーンは気になるらしい。髪を梳かし、耳を撫でつけ、しっぽの毛づくろいを丹念にする。ついでにクィユ族の使っている化粧なのかペタペタするいい匂いの液体や紅を塗りつけてくる。

 化粧なんぞしたくないしめんどくさいのだが、アーリーンは逃げようとすると悲しい顔でイヤイヤと首を振るのだ。逃げるに逃げづらかった。


「ご主人様。クィユ族の神獣となったからには、クィユ族は神獣を飾り立てて、見栄え良くしておきたいのです。神輿のようなものです。ご理解ください」


「もとはと言えばお前が余計なことをするから……!」


「やってしまったことを悔いてもしかたありません。すべては次に活かすべく振り返らないことです」


「お前が言うな!!!」


 結局、アーリーンを連れていくことにした。

 アーリーンはこの村の顔役であったが、いないときには別のクィユ族が担当するらしい。細かな決まりごとがあるわけじゃないので適当なんだそう。

 とは言え、オレが不甲斐ないばかりにアーリーンには迷惑をかけている。申し訳なさそうにアーリーンに謝ると、わかっているのかわかっていないのかアーリーンはぎゅっとオレのことを抱きしめてにこにこと笑っていた。


 その日の午後、オレたちはクィユ族に見守られながら村を出立した。

 目指すはロバン帝国の街アズナヴール。精霊の樹海を抜けて、草原を歩くこと二日の旅程だ。

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