第5話

「アッハッハッハッハ!!


 とある日、俺は空を飛び回って遊んでいた。


 空を飛ぶ。それは誰もが子供の頃夢見たことではないのだろうか。

 かくいう俺もその一人だ。よく空を眺めては鳥の様に空を駆け巡りたいと願っていた。

 けど大人に近づくにつれてその夢は色褪せ、やがて捨ててしまった。


 しかし、今は違う。今の俺は人ではない。ドラゴンなのだ。

 ドラゴンには翼がある。もちろんこれは飾りではない。飛ぶためにあるのだ。……なら飛ぶだろ普通。



 最初空を飛んだ時は心が躍った。

 風を切る疾走感、そよ風が髪を撫でる感触、空から見下ろす景色……。すべてが未知の経験だった。


 そりゃもうガキみたいにはしゃいだ。喜びのあまりバランスを崩して倒れるほどだ。

 普段は冷めているが、自分も子供だと実感した。


 縦横無尽に飛行する。右へ左へ、上から下へと。

 急加速に急停止、急旋回やホバリングジグザグ飛行も行った。


 本当に素晴らしい飛行能力だ。蠅でもここまで飛べない。

 俺が前世に愛読していた漫画によると、竜は全生物の頂点に立つ存在とあったが、それはこの世界にも当てはまるらしい。



 言っておくが最初から俺はブンブン飛べたわけじゃない。もちろん練習を重ねた。

 鳥も最初から飛べるわけじゃない。最初は羽ばたき方から学び、勇気を精一杯出して手飛ぼうとする。しかし何度も失敗し、中には最期まで飛べずに死んでしまう鳥もいるそうだ。

 生まれた頃から飛翔のプロである鳥類がそうなのだ。竜の身体を持て余していた元人間が最初から飛べるわけがない。


 そりゃもう何度も失敗した。まず翼が上手く動かせないどころか、全く制御出来なかったのだ。

 人間に翼なんて生えてない。どう動かせばいいかなんて分かるはずもなかった。

 本当に苦労した。何百何千と飛行訓練を行い、勇気を出して飛行を試み、そして失敗した。

 俺は諦めなかった。失敗しようとも上手くいかなくても俺は続けた。


 本来、ドラゴンはここまで飛行が下手なことなんて在り得ないらしい。平均では俺の練習時間のうち、十分の一ほどの時間で飛行をマスター出来るようになるそうだ

 しかし俺の場合は元人間ということで飛行の動作に齟齬が生じ、その矯正に大分手間取ってしまった。

 けどまあ関係ない。最後は飛べるようになったのだから。


「ふ……ふふふ!」


 素晴らしい。本当に素晴らしい。

 ここは俺だけの景色。俺以外は誰も到達出来ない。この青空を独り占めしている気分だ。


 調子に乗って急加速する。

 物理法則を無視したかのような飛行。縦横無尽に飛び回り、空を切り裂き、ソニックブームをまき散らしながら縄張りを散歩した。


「アッハッハッハッハ!」


 気持ちいい。これを思い出したら床に着いたら今日も安心して寝られそうだ。








 火竜が住居にしている洞窟火山。その周囲に広がる森林。そこには危険な生物がウヨウヨしていた。

 その生物は好戦的なものばかりだった。中には大人しい個体も存在しているが、大半は殺し合いしか頭にない。

 在るものは牙と爪で獲物を狩り、在るものは角と蹄で自身の身を守り、在るものは俊足や翼で天敵から逃れる。


 通称、闘争の森。

 日々殺し合いの絶えない戦場。それがこの森である。



「「「………」」」


 しかし、今日は静かだった。

 いつもならば闘争の音が絶えないというのに、ここ最近は獣の声一つすら聞こえない。


 これは一体どういう事だろうか。いつもは動物園の猿よりも騒がしいというのに、何故今日はここまで行儀良いというのだ。


「……」


 そんな静寂の森の中、一匹の獣が大きな足音を立てながら堂々と歩いていた。


 それは魔物と言われる生物。通常の野生動物にはない能力を持つ超生物である。

 この世界には魔物という生物が存在している。通常の動植物よりも強大な魔力を内蔵する生物の総称である。

 種類は多種多様。植物型も存在すれば人型まで存在しており、中には生きた水のような個体まで存在する。


「ググググググ……」



 魔物は吠える。

 数mもある肌が緑の巨人。頭部には髪どころか眉すら生えておらず、まるで獣が混じったかのような醜い面の生物。

 その魔物は大鬼トロール。愚鈍で鈍間だが力は強い魔物である。一匹で村など簡単に壊滅してしまう。


 トロールの目的は竜を食らうこと。

 この世界では自身より強い魔物を食らうことでより強い力を得られるというルールが存在する。トロールはそれを狙って竜を食らおうとしているのだ。


 無論、通常ならば生態系の頂点に君臨するはずの竜に挑むことなんてありえない。いくら愚鈍でもそれぐらいはトロール理解している。


 しかし、幼竜ならば話は別だ。


 まだ成長しきってない竜の鱗ならばかみ砕くことも出来る。未熟なブレスを弾き、未発達の翼と尾を引き千切れる。


 こんなチャンスは滅多にない。


 たとえ幼竜でも竜だ。その肉を食らえば竜の能力を手に入れられるかもしれない。ならば動かないという選択肢なんて最初から存在しないのだ。


 トロールは歩く。竜の肉を、その力を手にするために。


 竜を狙うのはトロールだけではない。マンティコアや巨大蜘蛛など、様々な魔物がドラゴンの肉を我先にと向かっていった。

 ある者はその愚かしさから、ある者は欲望を抑えきれず、またある者は過信から。


 ……それがただの幼竜ではないと気づかずに。


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