第19話 狐、大立ち回り
時は遡る。
ハクノが並走していたシキを置いて駆け抜けて行ったのを見送り、苦笑する。
「まったく、そんなに戦いたいのなら言えばよかったじゃろうに」
之布岐はシキを戦闘狂と云うが、ハクノの方がよっぽどだ、と嘆息する。
「まぁ良いか。さて、ワシもやるかの」
最早目前まで迫っていたモンスターを見やり、ニヤリと笑いながら抜刀。
手始めにパチリと指を鳴らし 、指定した座標に直径5m程の爆発を起こす魔術、『バースト』を発動する。因みに指を鳴らした意味は特に無い。強いて言うなら格好良いからだろうか。
突然数体の同胞が吹き飛ばされ、此方に向かう脚が止まるモンスター共を観察する。
身長2m程のでっぷりとした
シキは、未だに混乱状態のモンスターに突っ込んで行き、手頃な頸を刎ねる。
頭が無くなったオークの身体を踏み台にして次の獲物に襲い掛かる。
モンスターとモンスターの間をぴょんぴょんと器用に跳ねる。小さな白い影が跳ねる度にモンスターの首が舞う。
「くはは!良いのぅ!愉しいのぅ!」
シキは笑いながら跳ねて行く。
然しモンスターは一向に減らない。
徐々に飽きてきたシキはふと思い付いた。この身体ならば師の技を再現できるのではないか、と。
刀を振って血を払い、鞘に納める。警戒しているのか遠巻きにシキを囲むモンスター共を他所に、腰を落として左手の親指で鍔を押し上げ、右手を柄に添わせる。
今ならば師の言っていた事が解る。
心が凪いでいくのがわかる。気が身体中を巡り往くのがわかる。感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
己の身体の動く随に鞘を走らせながら右手を振り抜く。
構えてから刀が抜き放たれたその間、僅か0.01秒未満。
刀が振られたその瞬間、まるで空間ごと切り裂かれたかのように広範囲のモンスター共が真っ二つになり、命を散らしていく。飛び散る血飛沫が、舞い散る桜の花弁の様に舞う。最早、少女の周囲には一面の死しか残されていなかった。
奥義──魅夜桜
其が先程の技の名だ。師のそれと比べて粗が多く、雑ではあったが、本来できない動きをシキの圧倒的な身体能力が可能にした。
何時しか止めていた息を吐き出し、乱れた呼吸を整える。
周囲に敵が居ないことを確認し、刀を収めて未だ敵が居そうな方向へ向かう。
すると遠くに大きな気配を察知し、それと同時にその場から跳び退る。──瞬間、シキが立っていた場所に爆炎が上がった。
並の冒険者では突然爆発したようにしか見えなかっただろう。だが、シキには見えた。飛んでくる炎弾が。
炎弾は気配の方向から飛んで来た。
其方を見れば、爬虫類の様な巨体と大きな翼を携えた威容──
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「あ、あれは……ドラゴン……」
遠くに竜の姿を確認したブレージが呻く様に言葉を漏らす。
ブレージは過去に竜と対峙し、討伐したことがある。だが、A級冒険者のパーティー複数で且つ多くの犠牲を払いながらだ。しかも、あの竜は過去に倒した竜よりも一回り大きく、明らかに格上だと確信できる。
今のアーシライアにあの竜を倒せる人材は居ない。先日この街に来た3人の少女達以外には。
「ふたりは、大丈夫なのか?助太刀は必要なのか?」
隣で弓を構えていた之布岐と名乗った青年に震える声で問いかける。
「問題ない。あの程度の相手に手こずる程、あのふたりは弱くない」
そう答える之布岐からは顔こそ見えないが、態度と声音で自信に満ちているのが窺えた。
「そう言われたら信じない訳には行かないね」
だから信じよう。彼女らが凱旋するその時を。
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「なんじゃ、只の蜥蜴か」
シキのその言葉に怒ったかのように、大地に降り立った竜が咆哮をあげ、その巨大な前脚で叩き潰さんと振り下ろす。
迫る質量の暴力。然しシキは大音量に眉を顰めながらも余裕を持って回避する。
「ワシを侮ったか?地に降りたこと……後悔させてやろう」
そう言ったものの、竜とて馬鹿ではないだろう。己の攻撃を避けた目の前の少女を警戒し、隙の少ない攻撃を繰り出し疲労したところを大技で仕留める、といった所か。少なくともワシならばそうする。
そこまで考えたシキの予想を肯定するように小振りな攻撃を連続で繰り出してくるがその攻撃の全てを避け、躱しざまに斬りつけていく。
然し刃渡りの短い打刀では切り落とすには至らないのか、大してダメージを与えることはできなかった様だ。だが煩わしく思ったらしく、これまでの慎重な攻撃とは一転した大振りの尻尾による一撃を放ってくる。
長く太いその尾は避けるのが難しいだろう。然しシキは慌てる事無く只、待つ。
竜の尾がシキに当たる寸前、金属同士がぶつかるような音と同時に尾が弾かれる。それを成した者が振り向き、ポーズを決めて言い放つ。
「ボク、参上!」
「でかした、ハクノ!」
ハクノを労い、竜の方へ向き直る。
「一度でいい。隙を作って欲しいのじゃ。試したいことがある」
「おーけー、任せて!」
語りかければ、打てば響くように返事が帰ってくる。それに満足そうに頷いたシキが下がり、入れ替わるようにハクノが前に出る。
ハクノが構えるのを待たずに竜が攻撃してくるが、難無くシキを巻き込まないようにその全てを弾いていく。
焦れた竜は眼前の少女ふたりを纏めて焼き払おうと口内に炎を溜める。
「あぁ〜……これ防ぎきれないかも……」
ハクノが呟いたとき、何かが竜の顔面に直撃し、放たれる筈だった口内の炎が爆ぜた。
それを放った之布岐はニヒルに笑い、先程思いついた渾身のギャグを隣のブレージに向かって囁く。
「これが本当の口内炎……ふっ……」
ブレージは心做しか数度下がった気温に晒されながら愛想笑いを浮かべる以外の選択肢が思いつかなかった。
「隙ありぃ!ナイス之布岐ぃ!」
ハクノが吼えながら怯んだ竜の顎を蹴りあげ、大きく跳び退る。
「シキさん!」
「うむ」
呼ばれたシキは返事と同時に納刀し、魅夜桜と同じ構えをとる。然し放つのは先のそれではない。
大きく踏み込み、身体の捻りも加えながら刀を振る。
奥義──龍閃・魅夜桜
其は龍すら断ち斬る必殺の一撃。
竜がいつの間にか後ろにいたシキの方へ振り向こうとすると、視界がズレていく。
最期に竜の瞳に映ったのは首から血を噴き出す己の身体と、血を払い刀を納める少女の姿だった。
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遠くでその様子を観察している人影があった。
「クソッ!折角手駒を集め、絶好のタイミングで仕掛けて切り札のドラゴンまで出したというのに……あの小娘共……!」
そう吐き捨てるように言った人影は
「まぁいい、あの小娘を捧げれば供物としては問題ないだろう」
と、そう呟いて身を翻した。
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「魅夜桜」
スキルではなくシキが前世で習っていた剣術の奥義のひとつ。周囲を空間ごと断ち斬る技。名前の由来は光さえ切り裂き、夜の様に暗くなり斬られた者の血飛沫が桜の花弁に見えることから。射程距離は本人が認識できる範囲ならば後方にも届く。
「龍閃・魅夜桜」
大まかなところは魅夜桜と同じ。だが龍閃と付く奥義は龍を斬るための技な為、全身を使って繰り出される一撃は防御不可の必殺技となった。
ナハト・トラウム〜行き当たりばったりな3人旅〜 皇花咲丸 @sikisan
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