545 話は聞かせ……

 俺を除く四人が席を立ち、臨戦態勢に入る。いつでも動ける状態だ。


 元芋虫の少女――まぁ、いきなりこの場に現れたこいつは何者だってことになるだろうし、この少女になった状態を知っている赤髪のアダーラからしたら油断の出来ない敵がいきなり現れたようなものだし、そりゃあ、そうだ。


「えーっと、とりあえず落ち着いてください」

 俺はとりあえず皆を手で鎮める。


 皆は警戒しながらも深く席に座り直す。


「うどんかぁ。あれ? 食べないの? 冷めちゃうよ」

 元芋虫の少女はのんきにそんなことを言っている。

「えーっと、すでに冷めていると思います」

 俺の前に置かれたうどんを見る。確かに食べてなかったな。


 もしゃもしゃ。


 ごっくん。


 うん、冷めてる。しかものびてる。


 だが、まぁ、食べられないワケじゃあない。


 もしゃもしゃ。


 うどんは美味しい。


 で、だ。


「えーっと、この方は元芋虫のノアさんです。猫人の料理人さんと同じ異世界人で、つまり、先ほど話していた芋虫です」

 俺は皆にこの元芋虫の少女を紹介する。


 皆が静かに頷く。


「えーっと、それで何の用ですか?」

 俺は改めて元芋虫の少女を見る。

「話は全て聞かせて貰った!」

 元芋虫の少女は手を顔の前にあて、ばばぁーんという感じでポーズをとっている。

「えーっと、それで何の用ですか?」

「話は全て聞かせて貰った!」

 今度は腰に手を当てるようなポーズで同じことを言っている。


 ……。


 ……。


 ……。


「えーっと、それで何の用ですか?」

「魔素のことだよ!」

 元芋虫の少女は脳天気な顔でそんなことを言っている。


「そういえばノアさんの異世界から懐かしい食材を色々と分けてくれるという話でしたが、それは?」

「いや、今、その話、してなかったよね。そういう感じじゃなかったよね」

 俺は別に聞かれたことを誤魔化そうとしているワケじゃあない。これは本気だ。忘れたとは言わさないからな。


「はいはい。えーっと、それで魔素がどうしましたか」

「そうそう、それ! その魔素だよ。君が心配するようなことは起きないから。まずはこれを見てくれ」

 元芋虫の少女はそう言うが早いか手のひらをこちらに見せるようにして、広げる。


 ん?


 すると、そこに豪華な装丁が施された本が、突如、現れた。

「えーっと、それは?」

 本からは何やら禍々しいオーラが放たれている。


「ああ、これ? こちらの……君たちが言うところの異世界か。その世界の要となって、世界を支えているアーティファクトさ」

 何やら元芋虫の少女は得意気な様子だ。


 うーん。


 アーティファクト?


 しかも、この元芋虫の少女が住んでいる世界の『かなめ』になっている?


 要……って、つまり、凄く重要なものだってことだよな?


 なくなったら世界が滅ぶとかそういう感じのシロモノなんじゃあないだろうか。それが本?


 まさか、この元芋虫の少女が住んでいる世界って本の中の世界とか、そういう感じなのか?


 うーむ。


「えーっと、それで、その本がなんでしょうか?」

「まぁ、見てなって」

 元芋虫の少女の手のひら――その上に浮かぶ本が開く。そして、風もないのにペラペラと自動的にページがめくられていく。


 その動きが止まる。


 そして、開かれた本から正方形の球体がこぼれ落ちる。


 なんだ?


 魔素のようだけど、魔素じゃない。


 見ていて気持ち悪くなるような、不安になるようなシロモノだ。


 なんだ、これは?


「これは自分たちの世界で消費され、壊れた魔素さ」


 これが?


 元芋虫の少女の世界の魔素?


 消費された魔素を補うために、この世界から魔素を補充したいと言っていた。これが、そうなのか。


 魔素だけど魔素じゃない、空っぽの……不気味なシロモノだ。確かに、これは壊れているという言葉が正しい。


「えーっと、それが……」

「見ててくれよ」

 元芋虫の少女は何処か得意気に、ニヤリと笑う。


 壊れた魔素。


 俺は魔素を見る。


 その壊れた魔素は――周囲の魔素と反応し、同化を始めていた。


 ん?


 壊れた魔素は、周りの魔素に影響されたかのように元の姿へと戻っていく。


 ゆっくりと時間をかけ、壊れた魔素は、元に戻っていった。


 もう今では何処に壊れた魔素があったのか分からないくらいになってしまっている。


 俺はタブレットで時間を確認する。


 ゆっくりと元に戻ったように見えたが、実際にかかった時間は、ほんの数分でしかないようだ。


「えーっと、今のは?」

「この世界の自浄作用なのか、こうなるのさ。だから、この世界に迷惑をかけることはない。それはうちの世界の古代種さんも保証してくれている」

 元芋虫の少女が力強く任せろという感じで胸を叩いている。


 うーむ。


 問題無い……のか?


 でもなぁ、それってこの元芋虫の少女の話が本当だったら、だろ? 信用が出来るのだろうか。この芋虫の世界の古代種とやらが保証したってさ、俺はその人を知らないわけだし、信じられるかどうかも分からないじゃあないか。


「えーっと、皆さん、どう思います?」

 というワケで皆に聞いてみることにした。


 自分だけでは判断が出来ないんだから、相談するのは大切だよな!

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