542 何も考えてない

 俺は四肢を失って転がっている裏切り者の少女を睨むように見る。

「それで? えーっと、それで? お前がやったことで魔人族は救われましたか? 助かりましたか?」

 こいつがやったことは戦争による被害を大きくし、皆を危険に晒しただけだ。

「お前が居なければ! 全てお前のせい!」

 で、その俺の質問の答えがそれかよ。また、それか。


 こうやって同じ言葉を繰り返している姿を見ると、神とやらに創られた異世界人みたいだな。本当に、そいつに洗脳されているんじゃあないだろうか。


「えーっと、さっきからそれを言っているけど、なんで自分のせいなんだ? それにそれが自分のせいだとして、それの何が問題なんだ?」

 そうなんだよな。


 こいつが言っていることが本当にそうだとしてさぁ、俺が四種族を先導して、戦争を起こした? そうだったとして、何が問題なんだよ。それは元々、四種族が望んでいたことだろう? まぁ、魔人族は隠れ里に住んでいたワケだけど、でもさ、それでも、魔人族のプロキオンが暗躍していたように、大陸の種族とは敵対していたじゃあないか。


 ……。


 どちらかというと俺は大陸の種族とも仲良くなろうとしているのになぁ。出来れば戦いたくないのにさ。


「お、お前に従うのが問題!」

 裏切り者の少女が叫ぶ。


 なるほどなぁ。


「帝よ……」

 魔人族のプロキオンが耐えきれないとばかりに呟く。俺はそれを手で制する。ここで殺されたらたまらない。


「えーっと、俺に従うのが問題? それなら大陸に種族に従うのはいいのか。ヒトモドキだとか呼んで下に見ていたんだろう?」

 俺の言葉を聞いて裏切り者の少女が怒りに顔を歪める。人は図星を指されると反応してしまうからな。


「わ、私はヒトモドキに従ったのではない。人に従ったんだ」

 そして、言い訳するように裏切り者の少女はそんなことを言いだした。


 はいはい、そうだよな。


「人、人ね。えーっと、それは人種の遺産を扱う異世界人たちのことだろ?」

「そうだ。私たちの主はヒトだ。異世界人? それが何? 人種の遺産を扱えるのだから、ヒトで間違いない。ヒトの配下である私たちが、そのヒトに勝てる訳がない。勝てないのに!」

 裏切り者の少女が魔人族のプロキオンを見る。

「叔父様! 皆なら分かっていることなのに、なのに、なんで、その忌み子の言うことを聞くの! 私は間違ってない!」

 裏切り者の少女の、その訴えるかのような言葉を聞いても、魔人族のプロキオンは顔色一つ変えず、つまらないものでも見るかのように、冷めた目で少女を見ていた。


 ……。


「えーっと、猫人の料理人さんが陣地に居たんですけど、知りませんか?」

 話を変えるように、俺はダメ元で裏切り者の少女に聞いてみる。

「ふん。それならヒトが連れて行った」

 お、意外や意外。


 答えが返ってきた。


 そうか。異世界人が連れて行ったのか。

「えーっと、それは確かな情報ですか?」

「私がヒトを案内したのだから間違いない」


 ……。


 そうか。


 裏切ったんだもんな。それくらいするよな。


「えーっと、仲間に攻撃を仕掛けてなんとも思わないんですか?」

「あそこに居たのは天人族や蟲人ばかり。なんの問題がある」

 裏切り者の少女はそんなことを言っている。


 あー、そうか。


 そういえば四種族って別に四種族同士で仲が良いワケじゃあなかったな。魔人族でなければ、襲撃を受けて、怪我をしようが、死のうがどうでも良い、と。


 まぁ、そういう考え方なんだろうな。


 ……。


 まぁ、もう良いか。


「えーっと、あなたはさっき、ヒトには勝てないって言いましたよね」

「そうだ。人種の遺産を扱うヒトに勝てるはずがない。滅ぼされないように従うべき」


 ……。


「そのヒトとやら……異世界人なら自分が倒しましたよ」

「え? 嘘」

 俺の言葉に裏切り者の少女が驚いた顔をする。


 あー、魔人族のプロキオンが、この少女の手足を切断して回収したから、俺が倒した場面を見ていないのか。


 裏切り者の少女がプロキオンを見る。魔人族のプロキオンは答えない。何も言わない。


「奴らが使っていた人種の遺産も破壊しました。勝てない? 勝ちましたよ」

「う、嘘だ」

「そんなことで嘘を言ってどうするんですか。えーっと、自分たちが、勝って、生き残って、ここに居ることがそれが真実だという証拠でしょ。それに、人種の遺産なら自分も扱えますよ。異世界人は一人一個だけみたいですが、自分はなんの制限もなく、どの人種の遺産でも普通に扱えましたよ」

 裏切り者の少女は困惑した顔で俺を見、そして再び、魔人族のプロキオンを見る。魔人族のプロキオンは得意気に、肯定するように頷く。


「えーっと、人種の遺産を扱えるのがヒト? 四種族の主? それなら自分はどうなるんでしょうね。今のところ、全ての人種の遺産が扱えてますよ。それってどういうことなんでしょうね」


 そうだ。


 それが魔人族のプロキオンが俺を帝と呼ぶ理由。


 神域を扱える俺が――四種族の主として、帝として認められている理由。


 この裏切り者の少女は考えなかったのだろうか。


 何故、魔人族のプロキオンが俺に従うのか。

 何故、蟲人のウェイが俺に従うのか。

 何故、天人族のアヴィオールが俺に従うのか。

 何故、獣人族のアダーラが俺に従うのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る