540 ノアの真の目的

 ふぅ。


 俺は大きく息を吐き出す。残りの異世界人が逃げたのに合わせて大陸の種族の兵士たちも逃げだしたようだ。逃げた異世界人や兵士たちの対応は蟲人のウェイたちに任せよう。


 ふぅ。


 俺にはやることがある。


 俺は、何故か、ふよふよと浮いている元芋虫の少女を見る。さっきまで持っていた巨大な氷の剣は元の槍の姿に戻っていた。


 この少女姿ならまともに喋ることが出来るみたいだし、聞きたかったことを聞こう。


「えーっと、今なら会話が出来るんですよね。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 ふよふよと浮いている元芋虫の少女が俺を見る。

「うーん、勘違いしていたのかなぁ」

 そして、そんなことを言い始めた。


 勘違い?


 何やら不穏な言葉だな。


「えーっと、聞いてもいいですか?」

 俺はもう一度、そう言って元芋虫の少女に声をかける。

「あ、ごめんごめん。何が聞きたいのかな? こちらに味方するって決めたからさ、答えられる範囲なら答えるよ」

 元芋虫の少女はそんなことを言っている。どうやら俺たち四種族ではなく大陸の種族の方がヤバいって気付いてくれたようだ。でもさ……俺たちに味方してくれるのは心強いが、何処まで信用が出来るか、だよなぁ。いや、俺たちがこの元芋虫の少女に何処まで協力が出来るか、と言った方が良いか。


 それも全てはこの元芋虫の少女の目的が何か、だよな。それによっては敵対することもあるだろうなぁ。


「えーっと、こことは違う……異世界からやって来たんですよね? 何の目的があって来たんですか?」

 一番、聞きたかったことを聞く。味噌とか、そういった食材をくれると言っていたこともさぁ、芋虫になってもきゅもきゅと鳴いて誤魔化されていた感じがあるけど、そういうことも忘れていないけど、それがどうなっていますか、とか、そういったことを聞くのは後回しだ。それよりも、まずはこれを聞かないとな。また前回の時みたいに話を聞いているうちに芋虫に戻って誤魔化されても困るしさ。


「目的?」

 元芋虫の少女が首を傾げている。


 そう、目的だ。


 まぁ、この元芋虫の少女の性格からすると、遊びに来たとか、そういう答えが返ってきてもおかしくないけどさ。それならいくらでも協力が出来る。


「えーっと、そうです。目的を教えてください。まさか異世界食べ歩きとか言わないですよね?」

 猫人の料理人さんを連れてきていたくらいだから、その可能性もあるよなぁ。この元芋虫の少女だと何を言っても不思議じゃあないからなぁ。


「目的、ね。いいよ、教えるよ。まぁ、うん、異世界食べ歩きも面白そうだけど、この世界に来た理由はもっと切実なものなんだよ」


 切実?


 うーん、そう言われるとさらにヤバい気がするな。世界を侵略することとか言われたら困るな。あー、でも、大陸の種族に味方していたくらいだし、それは無いか。味方というか、利用されていたって感じだったけどさ。


「この世界の魔素を……って、魔素って言って分かるかな?」

「えーっと、分かります」

 この世界を構成しているのが魔素だからな。この世界の人間も動物も植物も、何もかにもが魔素から創られている。


 ここは魔素世界だからな。


 それがどうしたんだ?


「その魔素を分けて貰いに来たんだよ。自分たちの住んでいる世界は魔素を必要とする世界なんだけどさ、その魔素を創り出すことが出来ないんだよ。だから、魔素のある世界に――魔素を創っている世界に、分けて貰おうと思って、それでこの世界に来たんだよ。それが目的」


 魔素をわけてもらう?


 それが目的?


 う、うーむ。


 つまり魔素を奪いに来た、と。


 うーん。


 俺も異世界人だ。だから、俺はこの世界のことを深くは知らない。魔素って分けて良い物なのか? 魔素を分けても、この世界は大丈夫なのか? そんなことを知らない。分からない。


 ……。


 魔素を必要としているってことは、魔素を消費しているってことだよな?


 この元芋虫の少女に魔素を渡したら、渡した分だけ無くなるということだ。


 この元芋虫の少女は、この世界で魔素が創られていると言った。だけど、それが本当かどうか分からないし、本当だったとしても、その魔素の生産量は分からない。分けられるほど生産していないかもしれない。そうなると、この元芋虫の少女の世界に魔素を渡すと、こちらが枯渇してしまう可能性がある。


 ここは魔素で創られた世界だ。


 その魔素が枯渇したら?


 それは世界の崩壊を意味するだろうな。


 本当の意味で世界が滅ぶ。


 この元芋虫の少女が、どれくらいの量の魔素を欲しているか分からないし、困ったな。


 俺では判断が出来ない。


 とりあえずは分かったのは……、

「えーっと、つまり、あなたはこの世界から魔素を奪うために、侵略戦争を仕掛けようとしているってことですか?」

 俺の言葉に元芋虫の少女が驚いた顔をする。


 何故、驚く。


 まとめるとそういうことだろ?


「いやいや、なるべく平和的に、さ。だから、この世界に馴染もうと、冒険者の真似事をして仲良くなろうとしていたんだよ」


 ……。


 ああ、なるほど。それで狩猟者と探求者の組合に居たのか。


 ……。


 この元芋虫の少女、努力する方向が間違ってないか。


 うーん。


 元芋虫の少女の言葉は続く。

「あそこでは蜘蛛の姿の蟲人さんが居たからさ、その人から色々と話は聞いたんだけど、でも、その蟲人さん、どうも辺境暮らしが長いから、あまり世間のことは知らなかったみたいでさ。それならヒトモドキと交渉しろって言われたからさ。それで辺境で人に馴染もうとしてたんだよ。そうやって顔を売ってさ、それでこの世界の王? とかに会って交渉しようと思ったんだよ。でも、どうやら君たちの方が、この世界のことを知っているようだ。だから、こっちに鞍替え。まぁ、なんで異世界人の少女がトップに居るのかは謎なんだけどさ」


 異世界人の少女というのは俺のことだろう。まぁ、俺もなんでトップに居るんだろうな、と自分でも思うけどさ。


 まぁ、成り行きだ成り行き。


 にしても、うーん。


 これは蟲人のウェイとか魔人族のプロキオンと一緒に相談した方が良さそうだなぁ。


 あー、後、猫人の料理人さんを探さないと。

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