539 これで終わりだ

 肉の塊が蠢く。


 その姿はとても苦しそうで痛みに耐えてるようにも見えた。


 さっきまで偉そうにオリジナル魔法がどうのと言っていたのに、今はもう喋ることも出来ない。お得意の魔法を使うことも出来ないだろうな。


 この肉の塊――意識が残っているんだろうか。もし、意識があるなら、地獄だろうな。周囲の生物を見境無く攻撃して、喰らい、取り込んでるのは自分の意思じゃあないだろうし、自由に動けない、そんな状況で意識が残っていたら、ホント、キツいだろうなぁ。


 ……。


 早く終わらせよう。


 無数の触手が生まれ、周囲の兵士たちへと襲いかかる。大陸の種族の兵士たちは叫び声を上げて逃げ惑っている。もう戦いどころじゃあないようだ。


 俺の周囲はさっきの黒い炎で燃えた死骸しか残っていない。伸びた触手はその黒焦げの死骸も掴み、肉の塊に取り込んでいく。


 そして成長していく。


 ホント、なんでも取り込むな。


 肉の塊の触手が再び元芋虫の少女へと襲いかかる。元芋虫の少女が、槍を、剣でも持つかのように腰だめに構える。

「アイスソード」

 元芋虫の少女が呟く。


 元芋虫の少女が腰だめに構えた槍の先端に氷が生まれていく。氷の刃が生まれる。槍が一瞬にして巨大な氷の剣へと生まれ変わる。


 氷? 氷の刃? 十メートルはあろうかという巨大な氷の刃が生まれている。


 そして、そのままその巨大な氷の剣を振り抜く。


 元芋虫の少女に迫っていた触手ごと肉の塊が真っ二つになる。


 なんつー威力だよ。ホント、この芋虫……いや、元芋虫か。この元芋虫の少女の能力が高すぎる。チートだよな、チート。この元芋虫の少女が住んでいる異世界は、どんな恐ろしいところなんだ? この元芋虫の少女の能力が普通だったら嫌だなぁ。


 だが……。


 真っ二つになった肉の塊からいくつもの繊維が伸び、くっつき、元に戻ろうとし始める。そうそう、こいつの厄介なところは、その再生能力だからな。しかも再生すればするほど、大きくなっていくからなぁ。


 ホント、厄介だよな。


 元芋虫の少女が振り抜いた巨大な氷の剣をくるりと返す。くっつき再生しようとしていた肉の塊を再び真っ二つにする。


 へ?


 また真っ二つ?


 ……。


 だが、その程度では肉の塊の再生能力が負けるワケがないんだよなぁ。肉の塊は再び無数の繊維を伸ばし、元に戻ろうとしている。


「な、なに、なんだよ、これ」

 そう言いながら元芋虫の少女が巨大な氷の剣を振るう。


 振るう。


 振るう。


 振るう。


 振るう。


 振るう。


 は?


 は?


 肉の塊が細切れになっていく。


 いやいや、マジか。


 巨大な氷の刃だぞ。馬鹿みたいにデカい氷の塊だぞ。それで肉の塊を斬ったのも驚きだけど、なんで、それを振り回せるんだよ。いや、まぁ、魔力を纏えば俺でも出来るだろうけど、それは俺が魔力をまとえるからであって素の能力でそれをやるのは異常だろう。どういう体の構造をしていたら、こんなことが出来るんだよ。この元芋虫の少女の世界は、ここよりも重力が何倍も凄いとか、そういう世界なんだろうか。


 一瞬にして肉の塊はバラバラになった。


 いや、ホント、この元芋虫、頭がおかしい。


 ……。


 だが、それでも肉の塊は殺せない。


 バラバラのぐちゃぐちゃになった肉の塊がくっつき合い、元に、いや、元の状態よりも大きな姿で再生しようとしている。


 この元芋虫の少女は頭のおかしい、チートみたいな能力を、戦闘力を持っているが、それでも肉の塊を殺すことは出来ない。


 ……。


 俺はバラバラになりながらも再生しようとしている肉の塊を見る。足止めは充分か。ここまでバラバラだと再生で手一杯で攻撃なんて出来ないだろう。


 俺はただの槍を構える。


「離れてください。必ず殺す一撃で、その肉の塊を魔素に分解します」

 俺はさらにバラバラにしようと巨大な氷の剣を構えた元芋虫の少女に言葉をかける。


 元芋虫の少女は首を傾げながらも、大きく後退する。


 さあ、この肉の塊も殺そう。必殺の一撃は、体にも精神的にも、かなりの負荷がかかるから、本当は、出来れば赤髪のアダーラにやって貰いたいけど、まぁ、仕方ないよな。再生しようとしている肉の塊を無視して、アダーラがここにやって来るのを待つワケにもいかないし、体と精神に負荷がかかるような技をほいほいと人にやらせてばかりは心苦しいしな。


 これくらいは俺がやろう。


 俺は必殺の一撃を放つ。


 ――!


 肉の塊が魔素に分解され、霧散する。


 ……。


 これで終わりだ。


 肉の塊は死んだ。


 殺した。


 俺は大きく、ぶはぁっと息を吐き出し、額の汗を拭う。


 ふぅ。


 体から嫌な汗が出ているな。


 ホント、必殺の一撃は疲れるな。なんというか、自分の寿命を削っている感じがする。


 だが、これで異世界人の一人を殺した。人種の遺産も壊すことが出来た。一歩前進だな。


 俺は周囲を見回す。


 いつの間にか蟲人のウェイを襲っていた炎が消えている。何度倒しても甦っていた泥人形も復活しなくなっているようだ。


 ……。


 逃げた、か。


 逃げられたか。


 ……。


 だが、これでこの戦場は終わりだ。

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