538 結局こうなるな

 もきゅもきゅ。


 芋虫は頭を振っている。いや、マジで何が言いたいか分からない。言いいたいことは分かるが分からない。


 俺は、この芋虫を回り込み、その後ろに居るひょろっとした少年を攻撃しようとする。


 ……。


 その俺の足が止まる。


 あ。


「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼぼぼぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」

 頭を抱えたひょろっと少年の体が膨れ上がる。


 結局、こうなったか。なるとは思っていたよ。


 俺は頭を振る。これで良かったのかもしれない。


 これで、罪悪感なく、この少年を殺せる。


 ひょろっとした少年の体が弾け、中から触手のような内臓が飛び出す。ぶくぶくと肉が膨れ上がっていく。


 そして、その触手が近くでふよふよと浮かんでいた芋虫を掴む。まぁ、そうなるよな。うん、そうなるよな。


 芋虫が驚いた顔で触手の方へと振り返り、ジタバタと慌てて逃げ出そうとする。だが、その行動も虚しく、芋虫が内臓の触手に捕らわれたまま肉の塊の中へと引きずり込まれる。


 あ。


 膨れ上がる肉の塊の中に芋虫が取り込まれた。


 あー。


 だからさ、言ったのに。いや、何も言っていないか。とにかくさ、俺はこうなるのを知っていたから、こうなると思っていたから処理しようと思っていたのに、何も知らないのに邪魔をするから、だから、取り込まれるような結果になるんだぞ。


 ……。


 これでこの芋虫を取り込んだことで脅威の力を持った肉の塊として生まれ変わったらどうしよう。


 ゲームとか漫画だと良くある展開だよな? いや、でも、さすがにそれは、無いよな? そんなお約束が現実に起きるはずがない。そもそも吸収したらパワーアップするとか意味が分からないしさ。普通はただ栄養になるだけじゃあないか。


 だから、まぁ、うん。


 芋虫には悪いけど、別に味方だったワケでも無いしなぁ。どちらかと言えば敵だったワケだしさ。


 ここで消えてくれた方が俺的には気が楽かなぁ、なんて。


 と、そこで肉の塊が一際大きく膨らむ。そして、中から、肉の塊を突き破り、光が漏れ出す。


 あー、うん。


 知ってた。


 肉の塊を突き破り、少女が――ノアが飛び出す。


 うん、知ってた。


「なんなの、あれ、なんなの! いや、これなんだよ!」

 少女の姿になった芋虫は、自身が引き裂いた肉の塊を指差して喚いている。


 あー、うん、知ってた。


 そりゃあ、そうだよな。こんな肉の塊に取り込まれたくらいで、この芋虫が倒せるなら、赤髪のアダーラが苦戦するワケがないんだよなぁ。


「あー、えーっと、はい、自分はシンプルに肉の塊と呼んでいます」

 肉の塊は中から弾けたことが嘘のように再生し、ボコボコと膨れ上がっている。やはり、そうなるか。攻撃すればするだけ成長するもんな。なんとなく、異世界人の力で復活しないとか、そういう可能性がないかなぁ、なんて思っていたけど、無かったか。


 まったく頼りにならない芋虫だ。


「えー、いやいや、知っていたの!?」

 少女の姿になった芋虫――ノアは驚いた表情で肉の塊を指差している。そのノアを取り込もうと無数の肉の触手が襲いかかっているが、それをなんでも無いことのように、ノアはひょいひょいと躱していた。最小限の動きすぎて、肉の触手の方がわざと外しているのでは? と思ってしまうほどの動きだ。


 あー、うん。


 人型にならないと喋れないのか? だったら、ずっと人型になっていて欲しいなぁ。それならまだ意思の疎通が出来るからさ。


「あ、えーっと、はい。これは自分の憶測になりますが、この世界の異世界人は全て偽物で人形だと思います。この世界で神を名乗る存在が魔素から創った人形に異世界の住人の意識をコピーして貼り付けたのが、この世界の異世界人だと思います。そんな面倒なことをやっている理由は人種の遺産と呼ばれる魔導具を使えるようにするためみたいです。神と名乗る存在が創っただけあって、自分たち四種族と無意識に敵対するよう調整されているみたいですし、追い詰められるとこうやって肉の塊になって襲いかかってきます」

 とりあえず目の前の元芋虫に伝える。


「え? それってどういうこと?」

 目の前の本物の異世界人からしたら信じられないだろうな。


 まぁ、俺の想像部分も混じっているから、事実と違う部分もあるかもしれない。だけど、多分、ほぼあっているだろうからな。


 ……。


 まぁ、これでこの元芋虫も俺に協力してくれるはずだ。


「えーっと、それで手助けして貰っても良いですか? 自分がこれからその肉の塊を殺そうと思います。その肉の塊の攻撃から俺を守ってくれませんか?」

「え? いや、でも」

 元芋虫の少女が困ったような顔で俺を見ている。そして、肉の塊を見る。


 肉の塊が助けられないかどうか悩んでいるんだろうな。


 この元芋虫の少女は凄く善良なんだろう。


 はぁ。


 俺は元芋虫の少女が見えないように小さくため息を吐き出す。


「もう、そうなったら――肉の塊の姿になったら、元に戻すことは出来ません。後、出来ることは殺して、殺して……救ってあげることだけです。だから協力してください」

 死が救いなのは嘘じゃあない。それに、こんな肉の塊になってから、意識を取り戻しても、な。苦しむだけだろう。


 ……。


 まぁ、俺がそう思いたいだけだ。そんなことは分かっている。


 でもさ、そう思うことの何が悪い。他に救う手段があるかもしれない? あるかもしれないだろう。だが、それは、今、ここには無いだろう?


 だったら、今出来ることをやるしかないじゃあないか!

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