537 それがどうした

 ひょろっとした少年は頭を抱えてブツブツと呟いている。いや、これ、本当にヤバいんじゃあないだろうか。もう変身しかかっているよな。


 肉の塊か。


 ヤバいな。


 ……。


 ……いや、待てよ。


 逆に考えれば、肉の塊になれば確実に倒すことが出来る。逃げられることも、倒したか倒していないか分からない状況にはならないってことだよな? 俺や魔人族のプロキオン、蟲人のウェイ、天人族のアヴィオール、獣人族のアダーラ、この五人なら、このひょろっとした少年に逃げられても困らないだろうし、再び襲ってきても人種の遺産を持っていない異世界人なんて話にならないだろう。返り討ちにするだけだ。


 だけど、他の皆は違うからな。名も無き帝国の皆さん――魔人族の皆さんも、蟲人の皆さんも、天人族の皆さんも、獣人族のみなさんも、普通の皆さんには、人種の遺産がなくても……異世界人の特別なスキルだけでも厄介だろうな。


 ここでこの異世界人を逃がして、それが原因で誰かが殺されたりとかしたら、俺は一生後悔するだろうな。


 そう考えると、ここで仕留めてしまうべきか。俺だって人殺しを肯定しているワケじゃないから、殺さなくて済むならそれが一番だ。殺したくない。


 だけどさ、説得も出来ず、だからといって下手に拘束していたら、肉の塊になって周囲の人々に危害を加えるかもしれないだろう? もうそんなの殺すしかないじゃあないか。


 この体になってから、生き物を殺すことに対する抵抗が少なくなったような気がする。それだけこの世界に馴染んだってことだろうな。


 ……。


 殺すしかない、か。


 人を殺す、か。


 今更さ、人を殺すことをさ、それを否定するつもりは無い。ここはそういう世界だ。だけどさ、肯定しているからといって人殺しに抵抗がないワケじゃあない。心の何処か、奥深いところから澱んでいくような、自分が取り返しのつかないことをしているんじゃあないかという不快感、罪悪感、色々なものが渦巻く……渦巻いてしまう。もしかすると、この異世界人を創ったヤツは、俺にそういう感情を蓄積させようとしているのかもしれない。


 ……って、それは考えすぎか。


 ……。


 人の姿でなければさ、肉の塊にさ、なってくれたらさ、仕方なく倒したと思うことが出来るのにさ。


 ……。

 ……。


 俺は決断する。


 こいつはここで処理してしまおう。


 俺はただの槍を構える。


「僕が、なんで、こんな目に、最強の魔法を創って……」

 ひょろっとした少年はこちらを無視してブツブツと呟いている。これは本当にヤバそうだ。


 必殺の一撃で終わらせよう。


 魔素の流れを読み、それを分解するように必殺の一撃を放つ。


 ん?


 その必殺の一撃が弾かれている。


 必殺なのに――必ず殺す技が防がれた、だと。


 見ればふよふよと浮かんでいた芋虫が俺の一撃を何処からか取りだした盾で防いでいた。

「えーっと、何のつもりですか?」

 俺は聞く。


 だが、芋虫は頭を左右に振りながら、もきゅもきゅと鳴いている。


 こ、こいつ……。


「殺すなってことですか。えーっと、今の状況が分かっていますか? 戦争をしているんですよ。そいつは敵です」

 俺がここに来るまでにさ、この戦場で何人が死んだだろうか。こいつに殺された人も居るだろう。


 ……名も無き帝国の国民が死んでいるんだぞ。


 ……。


 戦争をしている以上、死人が出るのは、まぁ、百歩譲って仕方ないとしよう。どちらが悪いにせよ、戦争が起きてしまった以上、非はどちらにもあるだろうさ。こいつが敵兵として俺の国民を殺したのだから、俺は報復としてこいつを殺す。


 芋虫は俺を見て、もきゅもきゅと鳴いている。その目は何処か悲しそうだ。


 ……。


「えーっと、そいつが人の姿をしているから守ろうとしているんですか?」

 そういえば、この芋虫は敵だった。


 忘れそうになるが、元々は敵側に居たんだったな。


「えーっと、人だと思っているのかもしれませんが、それはただの人形で肉の塊でしかありませんよ」


 俺の言葉は芋虫に届いただろうか。


 分かってくれただろうか。


 いや、無駄だろうな。


 なら、排除するしかない。


 この芋虫は強敵だ。


 だが、隙を突いてその後ろに居る怯えた少年を殺すことくらいは出来るはずだ。今後のことを考えても、ここでこのひょろっとした少年は殺すべきだ。


 もきゅもきゅ。


 芋虫の言いたいことはなんとなく分かる。だが、こいつの言いたいことは奇麗事だし、それじゃあ何も解決しない。

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