533 膠着状態になる

 俺の目の前に槍が迫る。俺は槍を避ける。傍から見れば楽勝で避けているように見えるだろうが、実際はそこまで余裕があるワケじゃあない。油断するとあっさり貫かれるだろうな。


 周囲の泥人形も鬱陶しいし、それを倒すことに夢中になっていると槍の一撃を受けてしまうだろう。


 うーん。


 槍で貫かれるとか、元の世界なら大変なことだよなぁ。魔素が溢れ、魔力のある世界だから、それを守りに使っている俺は喰らっても死ぬことはない。けどさ、それでも出来る限り喰らわない方が良いだろうな。


 油断は危険だ。


 それに、魔人族のプロキオンがサクサクっと回避しているのに、俺が喰らうワケにいかないよなぁ。


 というワケで泥人形を排除しながら、迫る槍を回避する。


 槍の方向は――あっちか。迫ってくる方向は理解した。


 ……。


 これ、掴めないかな。


 俺は迫ってきた槍を掴もうと手を伸ばす。だが、俺が掴むよりも早く槍は消えていた。そりゃあ、一瞬で伸びるようなシロモノだから、縮むのも一瞬か。


 来ると予想していないと掴むのは無理かな。


 うーん。


 ここだ!


 ここだろうと予測して手を伸ばす。もちろん、槍が掴めるようなことはなく、俺の手は空を切る。


 まぁ、そりゃあ、そうだよな。


 とにかく、槍が伸びてきた方向に行こう。


 泥人形を排除しながら進む。俺が何を狙っているのが分かったのか、槍は、俺を集中的に狙ってくる。まぁ、魔人族のプロキオンを一旦撤退させたからなぁ。ここに残っている指揮官クラスは俺と蟲人のウェイだけ。蟲人のウェイは燃やす能力の人種の遺産で足止めされている。そりゃあ、俺に攻撃が集中するよな。

 この戦場で戦っている獣人族も、魔人族も、蟲人も、天人族も、そりゃあ、四種族だけあって、ただの大陸の種族よりは優れた能力を持っている。力も強いし、生命力も強いし、魔力も強い。普通の大陸の種族相手なら負けることはないだろう。だが、それでも俺や魔人族のプロキオン、蟲人のウェイ、天人族のアヴィオール、獣人族のアダーラと比べるとかなり落ちる。


 うーむ。


 そんな皆さんは、泥人形と大陸の種族の兵士で充分と思われてる感じだよなぁ。


 ……馬鹿にされてるよな。


 皆の底力を見せてやりたい、こいつらに思い知らせてやりたい。


 俺は迫る槍を蕾の茨槍の盾で弾き、泥人形を吹き飛ばす。うじゃうじゃと俺を飲み込もうとしている泥人形たち。だが、こんなもの苦にならない。


 普通ならさ、数に押され、攻撃を繰り返している内に体力が尽きて、泥人形に集られても反撃する余力もなくなって、そのまま数に圧殺されるだろうな。


 でも、だ。


 それは元の世界の普通であって、この世界の普通ではない。


 魔素生命体であり、魔力が循環している俺は疲れを知らない。いや、そりゃあ、まったく疲れないワケじゃあないし、いつかは力尽きるだろうさ。


 でもさ、多分、それは何日も後だ。それくらいは、今の俺の体力は多い。


 元の世界と比べるとさ、なんだか、不思議な感じだよな。こんな少女の、ちっさな体で、それだけの持久力があるっていうんだからさ。


 またも槍が迫る。向こうも疲れ知らずだな。


 ……。


 攻撃が盾で弾けるんだから、上手く掴めそうなんだけどなぁ。どうしても掴むという動作が加わってしまうと出来ないんだよな。


 伸びるのも縮むのも一瞬過ぎる。それが売りの人種の遺産なんだろうから、仕方ないけどさ。


 ……。


 俺は泥人形を攻撃して道を作りながら、槍が伸びている方向へと進む。


 ……。


 これ、本当に近寄れているんだろうか。いつまで進んでも異世界人が見えてこない。


 うーん。それほど離れていないと思ったんだけどなぁ。いや、だってさ、この槍って自動的に狙いを定めて攻撃しているワケじゃあないだろ。ということは、狙う相手を目視しないと駄目なワケだ。


 となれば、そこまで離れた場所には居ないだろうと思った……んだけどなぁ。これ、もしかして、相手は逃げながら攻撃しているのか?


 あー、その可能性はあるな。


 そうなると永遠に追いつけない可能性もあるか。泥人形で足止めされて、思うほど速く進められないからなぁ。泥人形が鬱陶しすぎる。倒しても、倒したその場でそれを素材として復活するし、この戦場で戦っている大陸の種族や四種族の皆さんの死体を材料として生まれるし、どんどん生まれるし、ああ、鬱陶しい。


 槍使いが逃げていると想定して、一気に追い詰めないと駄目そうだな。


 泥人形の足止めがなければ……。


 俺は空を見る。さすがに空を飛ぶ泥人形は居ない。


 うーん。これ、空を行けば泥人形に邪魔されることもないし、追いつけるか?


 だけど、俺は空を飛べないしなぁ。


 天人族の皆さんに協力して貰うのも手だけど、そうなると、その天人族さんが槍に狙われるだろうからな。空に飛び上がった天人族の皆さんが迫る槍を避けられるとは思えない。そんなのただの的になってしまう。


 うむむむ。


 困った。


 あの鎧の少年みたいに馬鹿みたいに前に出てきてくれたら楽なんだけどな。まぁ、それがあって――鎧の少年があっさりとやられたから、危険を感じて前に出てこないんだろうな。


 厄介だなぁ。


 本当に厄介だな。


 厄介で面倒だ。


 ……。


 あまり突出して進みすぎても戦場から離れることになってしまうか。いや、でも、そうやって、この異世界人たちを引きつけることが出来れば、戦況を有利に出来るか? あー、でも泥人形が邪魔で、それも難しいか。


 あー、うー。


 本当に鬱陶しくて厄介だ。

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