531 チートがなんだ
俺は目の前の鎧の少年にただの槍で攻撃する。その一撃が弾かれる。鎧の無い部分を狙ったはずなのに何か薄い膜にでも守られているかのように防がれてしまった。
さすがは人種の遺産だな。
明確な攻撃は防がれる、と。
では、魔法はどうだろうか?
サモンヴァイン――草魔法は……発動しなかった。なるほど、魔力は無効化されて発動すらしない、と。
――[サモンヴァイン]――
鎧の少年の前に草が生える。ああ、少し離れたら――危害を加えないレベルになったら発動するのか。
うーん。どうもこの攻撃を防ぐ力、自動発動しているみたいだけど、その線引きが分からないな。誰がどうやって何を判断して攻撃かそうじゃあないかを分けているんだ?
さっきも考えたけどさ、空気は? 微生物は? 何を通して何を通さない?
誰が判断しているんだ?
そうなんだよな。
誰が、どうやって区別しているんだ? それを決めた奴は、どういう判断でこれを作ったんだ?
人種の遺産――誰かが作ったから、ここにあるんだろう?
人種の遺産――自然に生まれたものの訳が無い。
こんな明確な意思を持って設計されたものが自然に生まれる訳がない。
にしても、こいつら、こんな怪しいものを、何も考えずにさ、よく身につけて使うことが出来るな。
……。
一瞬で伸びる槍とか、突然燃えるとか、どんな攻撃でも防ぐ鎧だとか、必ず命中する弓だとか、対象をお取り寄せするとか、どれもチート染みた能力を持っている。だが、そのどれもが完璧ではない。わざとらしいというか、あえてなのか、何処かにとってつけたようなデメリットが存在していた。デメリットというか、こうすれば完璧なのに、何故か、その部分が埋めてないというか、そういう感じの穴が存在していた。
そして、もう一つ。殆どの能力が何かと戦うことを想定している。
何だ?
こんなチート染みた道具を用意しないと戦えない存在ってなんなんだ?
まぁ、考えることは色々とある。
とりあえずは目の前の鎧の少年を終わらせよう。その後は、こいつの後ろに控えた裏切り者の魔人族の少女と、未だ攻撃を続けている伸びる槍、泥人形作成機、燃やす能力の人種の遺産を持った異世界人たちだな。
――[サモンアクア]――
水が生まれる。俺は魔力を集め、大量の水を鎧の少年の頭上から降らせる。
「水魔法? そんなものが効くかよ!」
鎧の少年が得意気に叫んでいる。
うんうん、確かに効かないよな。
俺が鎧の少年の頭上から降らせた水は、その少年を守る薄い膜によって防がれていた。少年は濡れてすらいない。
まぁ、本当に凄い能力だな。
これを攻撃だと判断して防ぐんだから、凄いな。
――[サモンアクア]――
水が生まれる。鎧の少年の頭上から大量の水を降らせる。
「だから、効かないのが分かんないのかよ」
鎧の少年が叫んでいる。
うんうん、そうだな、効かないよな。
――[サモンアクア]――
水が生まれる。
――[サモンアクア]――
水が生まれる。
――[サモンアクア]――
水が生まれる。
次から次に、間が空くことなく水が生まれ続ける。
この人種の遺産の鎧、攻撃は防いでくれるようだ。今も俺が頭上から降らせた水を薄い膜が防いでいる。鎧の少年と水の間に隙間が出来ているな。
――[サモンアクア]――
俺は水を生み出し続ける。
さて、この世界の生き物についてだが、魔素によって作られた魔素生命体であることは分かっている。この異世界人たちも例外じゃあない。
魔素生命体は呼吸をしていないのだろうか?
いいや、そこはしっかりと呼吸をしている。
俺は科学者じゃあないから、正確なところは分からない。それが酸素を取り込むためなのかどうかは分からない。この世界の空気が元の世界の空気と同じ成分とは限らないからな。それは魔素を取り込むための動作なのかもしれない。
だが、呼吸をしているのは間違いない。
それは水で囲んだ状態でも可能なものなのだろうか?
この世界の魔素が、魔素から発生した魔力で生み出した水の壁を抜けて吸収出来るものなのだろうか?
――[サモンアクア]――
水が生まれる。
「だから、効かないって、わか……ごほっ、ごっほっ、な、んだ、くる、苦しい」
鎧の少年が苦しみだす。
ああ、やはり駄目だったのか。
攻撃を無効化する。攻撃を防ぐ。
無敵の能力だろう。
俺の水魔法も攻撃だと判断されてしまっていた。
優秀だ。
優秀だからこそ、どうにもならない。
鎧の少年が苦しみ、その場から、降り注ぐ水から逃れようとする。逃すワケがないだろ。
俺は鎧の少年の頭上に水を降り注ぎ続ける。隙間無く、空気を、魔素を通さないように水を降らし続ける。
攻撃を防がなかったら、水から脱出が出来たかもしれないな。水の壁から顔でも突き出して呼吸すれば良いんだからさ。だが、防いでしまうから、弾いてしまうから、閉じ込められる。抜け出そうにも、弾いた水が邪魔をする。
鎧の少年は喉を抑え、苦しみもだえた表情のまま、気を失って倒れた。
これでまずは一人。
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