467 この手を汚す

「ここは名も無き帝国の帝城です。案内しますね」

 とりあえず天人族の皆さんを帝城の中に案内する。


「えーっと、ここなら安全です」

 今は帝城に人が居ないから、空いている部屋も多いだろうし、好きな場所でくつろいでもらったら良いかな。


「あの、聞いてください」

 助けた少女が俺のところへと走ってくる。

「あー、えーっと、ちょっと待ってね。もう一箇所だけ案内するから」

 俺は少女にそう告げて、案内を続ける。


 次は食堂だな。

「えーっと、ここが食堂です。とりあえず美味しいものでも食べて落ち着きましょう。ちょっと待ってくださいね」

 そのまま食堂の奥で料理をしている魔人族のお姉さんのところに向かう。


「えーっと、かなりの人数ですけど、何か出せますか?」

「時間をいただければ簡単なものなら」

 魔人族のお姉さんは快く引き受けてくれる。魔人族のお姉さん一人だけなのに大丈夫そうだ。まぁ、普段から少ない人数で食堂をまわしていたからな。これくらいなら余裕なのかもしれない。


 んで、だ。


 俺は何故か一緒にここまで連行されてきたアヒルの前に立つ。

「ぐあ、ぐぅあ」

 アヒルは顔が曲がっているからか、上手く喋ることが出来ないようだ。


 ……。


 コレは困ったな。


 さっきはどうやって回復したんだろうか? うーん、分からないなぁ。もう一度、喋れるようになるまで回復しろ、と言っても出来ない可能性があるか。あるよなぁ。

 まったく機人の女王の一撃でここまで負傷するとか、ちょっと弱すぎじゃあないだろうか。こんなので魔獣を狩れるのか?


「えーっと、とりあえず頷くくらいは出来るよな?」

 アヒルが小憎たらしい顔で横を向く。こいつ、自分の立場が分かっているのか? 馬鹿なのか?


「とりあえず聞くけど、お前に人質としての価値はあるか?」

 無いなら、その時は……。


 アヒルが慌てたように首を何度も縦に振る。


 うーん。俺が処することも辞さないって考えたのが分かったのかな。必死に頷いているけど、うーん。


 俺はアヒルを見る。


 でも、この様子だと人質としての価値はなさそうだなぁ。こいつを使ってあの兵隊たちを止めるのは無理か。


「里に入り込んだ、お前の仲間は他に何人いる?」

 アヒルが顔を逸らす。

「お前一人の仕業か?」

 アヒルは顔を逸らしたままだ。

「仲間は一人か? 二人か? 三人か?」

 アヒルの顔は動かない。


 ……。


 ふぅ、これは駄目だろうな。


 俺が舐められているのか、それとも命を賭しても仲間は売らないと誓っているのか――まぁ、普通に前者だろうな。


 仕方ない。


「何をやっても良いので、こいつから情報を聞きだしておいてください」

 俺は機人の女王にお願いする。

「うむ。任せるのじゃ」

 まぁ、機人の女王なら上手くやってくれるだろう。


「ぐぁ、ぐぁ、ぐあああ」

 アヒルが機人の女王に引き摺られ、何処かへと連れて行かれる。拷問とかされるのだろうか。ま、まぁ、機人の女王には、あまりグロくならない程度に頑張って欲しいなぁ。


 んで、だ。


 俺は改めて天人族の方へと向き直る。


「あの、あの……」

 天人族の少女は俺を待っていたようだ。


 はぁ。


 そうだよな。


 逃げても仕方ないよな。


 見えないように目を閉じていても駄目だよな。


 少女が何を言おうとしているか分かるから、俺は聞きたくなかったんだけどさ。そうも言ってられないか。


「えーっと、話を聞きます」

 聞きたくないが、聞くしか無い。


「助けてください」

 少女の言葉。


 そうだよな。


 そう言われると思っていたよ。怪しいマスクを付けた獣耳の少女みたいな姿をしているけど、それでも分かるんだろうな。天人族なら俺が誰なのか分かるんだろうな。


「お力をお貸しください」

 他の天人族の皆さんも膝を付き、頭を下げる。


 ……。


 そうなるよな。


 助けてくださいというのは自分たちのことじゃあないだろう。


 今、現在も里を守るために戦っている天人族たちのことだろう。四人の戦士以外は、ただ竜化が出来るだけの一般人なんだろうな。すでに何人かは命を落としている。助けられなかった。


 ……。


 分かっている。分かっているさ。


 俺だって助けたい。助けたいとは思っているんだよ。


 だけどさ、それはつまり、俺に戦えってことだろう?


 俺に兵隊を殺せってことだろう?


 大量虐殺をしろってことだろう?


 そりゃあさ、今更、戦う覚悟が、とか、人を殺す覚悟が、とか言わないよ。すでに何人も殺している。魔獣だけじゃない。人も、異世界人も、何人もこの手にかけている。


 向かってきた相手を、敵対した相手を、戦って殺す。それはもう仕方ないことだと覚悟している。


 だけどさ。


 これは違うだろう。


 これは虐殺だ。


 今更、話し合いでなんとかなりはしないだろう。圧倒的な力を見せて追い払うにしても、そのためには何人か犠牲にしないと駄目だろう。


 犠牲。


 そう犠牲だ。


 こちらからすると多くの兵士の内の何人か……だが、その兵士だって一つの命だ。家族が居て、仲間が居て、それを……。


 ああ。


 だから、考えないようにしていたのに。


 逃げていたのに。


 俺は選択をしなければいけない。


 目を閉じ、ここで、ただ命が刈り取られるのを待つのか。

 俺のこの力で虐殺をするのか。

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