465 状況は最悪だ

 俺は逃げようとしているアヒルの首根っこを掴み、引き摺る。

「えーっと、それじゃあ、行きましょうか」

 俺は天人族の少女に案内を頼む。だが、その少女が動かない。

「えーっと……」

「それ、連れて行くんですか?」

 俺は少女の言葉に頷きを返す。なるほど、それで動かなかったのか。まぁ、これから向かうのは、この里の住人が集まっている場所だろうからな。言うなれば心臓部みたいな場所だ。そこに襲撃者を連れて行くのは不味いと思うだろうなぁ。


「殺すべき」

 少女の口からそんな言葉が出てくる。いきなり殺せ、か。しかも、こんな子どもから出る言葉がそれかぁ。ここが異世界だということを痛感させてくれるな。死と戦いが身近にある場所だと再認識させられる。うん、荒んでいる。


「えーっと、自分が生きている限り、この程度のヤツには何もさせません。だから、大丈夫。話の分かる大人と、こいつの知っている情報を共有したいんです」

「分かりました。こっちです」

 少女が動き出す。俺はアヒルを引き摺りながらその後を追う。


「くっ、わ、わらひを、じ、尋問するつもりでふか。わ、わたひは何も喋りまひんよ」

 俺たちの言葉を理解したワケじゃあないだろうが、アヒルがそんなことを言いだした。なんだかなぁ。どうやらこいつは死にたいらしい。

 この少女が共通語を知らなくて良かったよ。知っていたら、ここでこのアヒルを殺そうとしていただろうな。


「こ、このいらひを、終えれば、真銀、に、なれたのに。こ、こんなところで、し、死ねまひん」

 アヒルが潰れたクチバシでそんなことを言っている。この依頼を達成したら真銀級になった? って、こいつ真銀級の狩人じゃあなかったのかよ。マジかぁ。依頼を達成したつもりで、もう真銀と名乗っていいだろうとか、そう考えて名乗っていただけの小物かよ。どうりで真銀級を連呼するワケだ。作戦を成功させて、真銀級になれるってのが嬉しかったんだろうな。


 ……。


 というか、こんな独り言を口にするなんて、随分と余裕だな。俺が共通語を話せるってことを忘れているのかなぁ。鳥頭だしな。


 俺はとりあえず、うるさく喚いているアヒルの頭を叩いておく。

「ひ、こ、殺さないでく、ら、はい」

 アヒルは怯えた顔でそんなことを言っている。ホント、小物だなぁ。


 このアヒル、真銀級では無かったけど、それでもトップクラスの実力者だろ? とてもそうは見えないな。


「こっち」

 俺は、アヒルが喚くたびに叩いて静かにさせ、少女の後を着いていく。


 ……。


 ……。

 ……。


 少女の案内で火の手の上がった里の中を進む。


 しかし、この少女はなんでこんな中に居たんだろうな。どうも逃げ遅れたって感じじゃあないし、謎だな。


「ここ」

 そして、神殿らしき建物に辿り着く。いかにもって感じの場所だな。


 少女の案内で引き摺ったアヒルとともに神殿の中に入る。


「こっち」

 少女が床石を持ち上げる。そこには隠し通路があった。


 隠し通路かぁ。なんだか、天人族らしくないな。俺の知っている天人族はもっと、こう、自信満々でさ、秘密の通路とかに隠れたりとかしないイメージだ。


 薄暗い通路を進む。そして開けた場所に出る。


 そこには身を寄せ合う天人族の女性たちの姿があった。そういえば、この少女もそうだけど、天人族の女性って珍しいな。名も無き帝国にやって来ていたのは、アヴィオールもそうだけど、男ばかりだったよな? 戦える者が来ていたって感じなんだろうか。


「無事だったんだね」

 天人族の女性の一人がこちらへと駆け寄る。

「うん」

 少女が頷く。


 その女性が俺たちを見る。

「そちらの方たちは?」

 まぁ、気になるよな。


「くくく、こ、こんな場所に隠れてひたのか、この情報、は、か、かひがありまふぞ」

 まだそんなことを言っているアヒルを叩いて黙らせる。こいつ、今の立場が分かってないよなぁ。随分と余裕だよな。自分が死ぬことは無いとでも思っているのだろうか。


「えーっと、こんにちは。ここの代表の方ですか?」

 俺は天人語で挨拶をする。ちゃんと言葉が分かるというアピールは大事だからな。


「私がそうですが、あなたは?」

 こちらに駆け寄ってきた女性がそう喋り、首を傾げる。


「えーっと、自分は名も無き帝国で帝をしている者です。アヴィオールたちと合流するためにここまで来ました」

 俺はゴーグルを外し、そう挨拶をする。

「え!」

 俺の言葉を聞いた天人族の女性が驚きの声を上げる。


「えーっと、それで……」

「申し訳ありません。長たちはここに居ません。ここには戦えない者だけが残っています」

 俺は女性の言葉を聞いて頭を掻く。少女から聞いていた通りだな。


「えーっと、この里に隠れている人は他に居ますか?」

 俺は女性に聞いてみる。

「残ってくれた戦士が四名と、一緒に戦いに出た者が二十名ほど……」

 俺は女性の言葉を聞いて理解する。


 あー、そうか。


 俺は軍隊と戦っていた天人族たちのことを思い出す。


 あの軍隊と戦っていたのは……。


 そういうことか。


 戦闘訓練をしていたのは四名しか居なかったのか。


 一緒に戦いに出た二十名も……。


 ……。


 俺はガシガシと頭を掻く。


 ホント、まいったよなぁ。


 ここでアヴィオールたちか、戦える人と合流出来ると思っていたのに、ここじゃないとは……。


 こうなるとはなぁ。


 どうする?


 ゆっくり話を聞くにしても、いつ軍隊が攻め込んでくるか分からない。


「その人たちは、もう……」

 俺は首を横に振る。


 俺の言葉を理解した女性が顔を曇らせ、そしてうつむく。


 しまったなぁ。


 考えていたよりも状況が悪い。


 このままここに居ても危ない。

「えーっと、とりあえず安全な場所に行きましょうか。そこでゆっくりと色々と教えてください」

 俺の言葉を聞いた少女が、俺の服を引っ張る。

「外は……」

 少女は寄り添い集まっている女性たちを見ている。もしかすると、この少女は勇敢にも、外に様子を見に行っていたのかな。


「えーっと、大丈夫です。とりあえず名も無き帝国に避難しましょう」


――[リターン]――


 俺はリターンの輪を作る。俺にはこの輪があるからな。


「ささ、どうぞ」

 色々と話を聞くにしてもまずは帝国に戻ってからだ。

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