462 戦争が始まる

 俺は白い塊となって吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶように飛ぶ。


 いくつもの大きな天幕が並ぶ陣地を飛び抜ける。天幕の一部では、今更になってから戦闘準備をしている者たちの姿もあった。いや、今更準備をするか? 後詰めの――こいつらは後方支援部隊なのかもしれない。


 そして、戦場に――俺は、戦いの場へと躍り出る。


 そこではすでに戦いが始まっていた。翼を持った天人族たちが次々に竜へと姿を変え、その凶悪な竜の口から氷のようなブレスを吐き出す。それを大盾を構えた犬頭たちが一列に並び防ぐ。

 天人族のブレスの方が守る犬頭たちよりも勢いが強い。大盾を構えた犬頭たちをその大盾ごと凍り付かせる。だが、その犬頭たちの間から槍が投げ放たれ、ブレスを吐き出した竜の口を貫く。たまらずブレスが止む。


 戦いが始まっている!


 個々の能力は天人族の方が圧倒的に高い。だが、数が違い過ぎる。戦場に出ている天人族の里の住人の数は数十人程度しか見えない。それに対して軍隊は、数千、いや、それ以上の規模だ。何処に隠れていたのか、それだけピンクの壁に覆われた結界の規模が大きかったのか。


 ……。


 吹雪が消えてすぐだろ? まだ、そんな時間が経っていないはずなのに、なんでもう接敵して戦い始めているんだよ。かなりギリギリの、里に近い場所までピンクの壁の結界が伸びていたのか?


 今はその結界も消えている。吹雪が消えたのと同時に消えたようだ。もしかするとピンクの壁越しに攻撃することは出来ないのかもしれない。いや、きっとそうだろう。だから、今はピンクの壁が消えているのだろう。


 天人族の化けた竜が尻尾を振り回し、兵士たちを薙ぎ払う。だが、その一撃の間にもいくつもの槍が投げ放たれる。


 一人の天人族が無数の槍に貫かれ崩れ落ちる。


 一人の天人族が兵士に群がられ、吹き飛ばそうとするも、吹き飛ばした側から群がられ、そのまま崩れ落ちる。


 まさしく多勢に無勢だ。


 天人族の体躯がどれだけ大きかろうと、優れていようと、数には勝てない。ゲームで言うなら、一ダメージしか与えられない兵士たちが、ヒットポイントが一万の天人族を倒すために、一万人ほど集まって一度に攻撃しているような状況だ。いくら一撃が弱くても、一ダメージみたいなものでも、数が多くなれば、それだけで致命傷になる。


 そういう状況だ。


 このままでは負ける!


 俺は戦場を横目に里を目指して駆けるように飛ぶ。


 そして、天人族の里が見えてくる。


 雪の消えた緑地に石の建物、大きな神殿などが見える。だが、そのいたる場所から火の手が上がっている。


 里の中まで攻め込まれている。


 いや、攻め込まれたのとは違うか。軍隊はまだここまで来ていない。竜へと姿を変えた天人族が命がけで足止めしている。これは吹雪を生み出していた装置を破壊した奴らの仕業か。


 ……。


 くそ、タイミングが悪すぎる。何故、俺が辿り着いたタイミングでこれだよ! 俺がもう少し急いでいれば、余計な寄り道をしていなければ、鎧と弓、あの異世界人たちと戦っていなければ……。


 さっきの兵士に群がられ死んでしまった天人族たちのことが頭に浮かぶ。命がけで守っている姿が浮かぶ。


 俺のせいだ。俺がもう少し急いでいれば……。


 戦争を止めるつもりだったのに、間に合わなかった。


 くそ、くそ、くそッ!


 時を戻す力を手に入れたのに、肝心な時に使えない。使う余力が無い。あんな異世界人との戦いなんかで使ってしまったから……。


 後悔ばかりだ。


 俺は大地を踏みしめ駆ける。


 !


 その途中で火の手から逃げる天人族の少女を見つける。


「敵!」

 少女がこちらを見て唸り声を上げる。


 天人語だ。名も無き帝国では天人族のアヴィオールなども、もっぱら魔人語ばかりで魔人語が主要な言語だったが、里では天人語を使っているようだな。


 今の俺なら天人語も扱える!


「味方だ。里長か……誰か話の分かる人のところに連れて行ってくれ」

「言葉……もしかして! 分かりました」

 俺が天人語を扱ったことで味方だと理解してくれたようだ。


「こっち」

 少女の案内で里を走る。


 急げ。


 急ぐんだ。


 まだ、終わっていない。


「おっと、待ちなさい」

 と、そんな俺と少女を呼び止める声がかかる。


 その言葉と同時にそれが俺たちの前へと立ち塞がる。


「待ちなさい。ううーん、待ちなさいと言いましたが、言葉も分からぬ獣には無駄でしたかな。まあいいでしょう、死になさい」

 それは軍服を着たアヒルだった。そのアヒルが手に持った細身の剣を構え、こちらへと襲いかかってきた。

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