460 結界の外と中
吹雪だ。
これこそ、吹雪だといわんばかりの吹雪だ。
太陽を覆い隠した薄暗い闇の中、氷の刃が舞っている。
俺はその中を飛んでいる。
……。
ふむ。
俺は夜目が利くから、少し暗いくらいなら、それなりに見える。周囲を見渡すことが出来る。
風と氷の刃。
そして、体を斬り裂くような氷の刃だが、その殆どが真っ白なガーヴの上を滑っていた。反射している、とまでは言わないけどさ、こう、刺さらず、軌道が変わっているって感じだよな。
水と油と言ったら良いのだろうか。
吹雪という水の中に、油の俺が突っ込んでいる。そんな状況だろうか。
ゴーグルがあるから視界も確保出来ているし、マスクのおかげで息も出来る。おー、吹雪に強いという説明は伊達じゃあないな。
行ける行ける。
というか、だ。雪の上だと滑らないという特性を生かして、その反発で吹っ飛んでいた状態だったからな。
進むとか止まるとか、そういう選択肢が――無い。
……止まれない。そう、止まれないのだ。
雪の上だったら、頭から突っ込めば――最悪、止まることが出来ただろう。
……。
この吹雪の中、どうやって止まる?
無理だろ。
リターンを使うか? この吹雪の中で発動出来るのだろうか?
う、うーむ。
ま、まぁ、幸いなことにミルファクが作ってくれた装備品の効果はしっかりと働いてくれている。怪我することも無いだろうし、このまま吹っ飛ぶか。
吹雪の中を飛ぶ。
びゅーんと飛んでいる。
太陽が見えないから、方角があっているのかも分からない。ま、まぁ、飛んでいる軌道を修正していないから、多分、北の方には進んでいるだろう。
多分、大丈夫だ。
それにこの吹雪が無限に続くワケじゃあない。何処かで途切れるはずだ。途切れた場所から歩きだせば問題無い。
吹雪の中を飛ぶ。
しっかし分厚い吹雪だな。これ、多分さ、この吹雪が天人族の里を守っているんだよな? 天人族はどうやって出入りしているんだ? 竜になれば、この程度の吹雪なら問題ないのか? それとも吹雪の上を飛んで渡るのかなぁ。俺は上を見る。上層部は風や氷の力が弱いとかあるのかもしれない。天人族の里はどれもこうなっているのか? いや、多分、違うよな?
ま、まぁ、今度聞いてみよう。
天人族の里はもうすぐのはずだ。
……。
吹雪の中を進む。
俺の体が勢いを弱めること無く、吹っ飛んでいく。
ん?
それは突然現れたかのように見えた。
薄暗い吹雪の中にピンクの空間がある。な、なんだ?
なんだ、アレは!
そして、俺はそのピンクの空間? 壁に突っ込む。
ふぉぉ!?
俺の体がピンクの壁に弾き返され、そのまま地面を転がる。
ぶほぉぉ。
雪の上を転がる。
雪に手をつけ、体を起こす。
し、死ぬかと思った。
雪がクッション代わりになったのか?
ピンクの壁に突っ込んだ時、痛くなかったな? なんだろう、今までの力を全て吸収して、その上で侵入を拒むように跳ね返されたって感じだ。これ、コンクリートの壁とかじゃなくて良かったな。もし、そうだったら、大穴を開けて、俺も大怪我をしていたかもしれない。力を全て受け止め、分散してくれたピンクの壁で良かった。
少し、無謀なことをし過ぎただろうか。
俺は吹雪の中、雪の上に座り込む。
ふぅ。
改めてピンクの壁を見る。ピンク色の防御膜という感じだ。うっすらと向こう側が見える。ピンクの壁の向こう側では吹雪いていないようだ。吹雪を遮断している。
よく見ればそのピンク色の壁の向こうにいくつもの大きなテントのようなものが見える。
……。
もしかして、これが天人族の里か?
ついに辿り着いたのか?
ん?
頭の上の獣耳がピクピクと何かを捉える。
音?
周囲はごうごうと風が吹きすさぶ吹雪の中だ。その音しか聞こえないはずなのに、これは……。
声?
声か?
「……たった……」
「また……か、……だろ」
「いちお……み……かく……ん」
声だな。
声がこちらへと近づいている。
これは……共通語?
俺は慌てて雪の中に潜り込み、隠れる。真っ白な服装だから、綺麗に隠れることが出来るな。
そして、ピンクの壁の向こう側に人が現れる。
槍を持った犬頭たちだ。
犬頭たちはピンクの壁を越えることは無い。壁越しに周囲を見回している。
「ほら、見ろ。何も無い」
「また大きな氷の塊でも当たったのかよ」
「だから、言ったろ」
「あの竜どもの襲撃だったらどうするつもりだ。確認は必要だ」
「はいはい。くそ真面目かよ」
犬頭たちが笑いながらテントの方へと帰っていく。
……。
これ、もしかして、大陸の種族の野営地か? この吹雪の中で?
天人族の里に着いたと思ったのに、まだなのかよ!
だが、ここに野営地があるということは、もうすぐだろ? もうすぐゴールだ。
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