384 触手と肉塊
こちらへと襲いかかってくる肉の触手。俺は魔力を纏わせた蕾の茨槍でその攻撃を受け流し、逸らしていく。
一撃、一撃が、重いっ!
俺の体が銀色に輝く出すくらい全力で魔力を体中に纏わせているのに、それでもタイミングを読んで受け流すのが精一杯だ。
なんなんだ。
どうなっているんだ。
この世界、魔力が全てだろう?
そうだったろう?
さっきまで魔力が感じられないようなレベルだった少女が、なんで! 一瞬にして、こんな力を持つんだ! 化け物になったからか?
それとも、まだ俺の知らないこの世界の秘密でもあるのか?
分からない。
分からないが、この少年のような少女が変貌した肉の塊が脅威だというのは分かる。
いくつもの肉の触手が鞭のようにしなり、こちらへと襲いかかってくる。残像が残るほどの速度、そして大地を抉るほどの重い一撃。嫌になるほどの数の暴力。どれも洒落にならない。
くそ、槍の形態では無理だ。
――[ロゼット]――
蕾の茨槍が花開き、盾となる。魔力を纏わせた盾で防ぎ、受け流し、弾き返す。くそ、これだとじり貧だ。攻撃しようにも近寄ることが出来ない。
――[サモンヴァイン]――
少女の面影を残した肉の塊に草を生やす。
……。
確かにサモンヴァインの魔法なら離れた場所からでも届かせることが出来る。だが、効果が無い。肉の中に根が抉り混んだだろうに、それを痛痒に感じている様子は無い。
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
肉の塊の目のような部分、耳のような部分に草を生やす。
だが、肉の塊の攻撃は変わらない。目や耳でこちらを感知しているワケではないようだ。
俺は攻撃を防ぎながら周囲を見回す。
アダーラは吹き飛ばされ動かなくなっている。もしかすると気絶しているのかもしれない。機人の女王は距離を取り、こちらを見守っている。機人の女王の能力だと戦いについていけない可能性があるから、それで正解だろう。
ウェイは……。
蟲人のウェイの姿が見えない。
と、そこで俺の鼻から血がどろりとこぼれ落ちる。不味いな。ヴィジョンの魔法の使い過ぎで頭が割れるように痛い。俺の限界が近いのかもしれない。だが、ここでヴィジョンの魔法の効果が切れてしまえば、触手の攻撃に対処が出来なくなるだろう。攻撃を予測しているからなんとかなっているのに、このままでは……。
不味い、不味いぞ。
どうする? どうすれば?
考えながらも肉の触手の攻撃を受け流し、弾き返す。くそ、攻撃が激しすぎて近寄ることが出来ない。
!
俺は肉の塊の頭上に見知った存在が現れたことに気付く。
ウェイだ。
蟲人のウェイが肉の塊の頭上から鋭い手を伸ばす。
……。
だが、次の瞬間にはウェイの体を肉の触手が貫いていた。
な、んだと。
この肉の塊は不意打ちすら許してくれないのか。
体を肉の触手に貫かれたウェイが両手を広げる。ウェイの体が、いくつもの黒い蟲へと変化し、肉の塊に降り注ぐ。
黒い蟲たちが肉の塊を喰らう。喰らいつく。だが、噛み千切り、喰らったそばから肉が膨れ上がり、大きくなる。
なんだ?
攻撃すればするだけ大きくなっていく?
肉の塊が大きく膨れ上がっていく。それに合わせて俺への攻撃の激しさも増す。触手の数が増え、威力も上がっていく。盾が押え込まれそうになる。
攻撃が効かない?
それどころか強化される?
どんな化け物だ。
なんなんだ。これはなんなんだッ!
黒い蟲が蠢き、消えていく。そして、ここから少し離れた場所で集まり、蟲人のウェイの姿になる。
攻撃が無駄だと気付いて引き上げたのだろう。
さて、どうする。
このままだと俺が押え込まれるのも時間の問題だろう。
一応、一つだけ倒す方法を思いついてはいる。
それは――海に叩き落とすことだ。海に落ちれば、この肉の塊も溶けて消えるだろう。だが、それは最後の手段だ。
出来ればそれ以外の方法で勝ちたい。
異世界人の少年少女たちが今後もこの化け物と化すなら、俺は倒す方法を見つけておかなければならない。いつだって、都合良く海の近くで戦えるとは限らないからな。
さあ、どうする。
「姉さま、お任せください」
と、そこで俺に声を掛けてきたのは赤髪のアダーラだ。どうやら目が覚めたらしい。
「なんとか出来るのか?」
「なんとかします」
アダーラがよろよろとした足取りで俺の方へと歩いてくる。大丈夫なのか?
「大丈夫か?」
「はい。見えました」
アダーラが肉の触手の攻撃範囲に入る。そして、水平に槍を構える。
次の瞬間、アダーラの体は肉の塊の向こうにあった。
肉の塊が一瞬膨らんだかと思うと光の粒となって消えた。
え?
今、アダーラは何をした?
「姉さま、倒すという結果を残せば、槍の小手先の技なんて必要ありません。やっと少しだけ、私もその領域に入れた気がします……」
アダーラはそれだけ言うと、力尽きたように前のめりに倒れた。
一撃必殺。
ここでそれを習得するのかよ。
マジかよ。
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