373 進まないな

「そ、そんなの嘘だから」

 嘘かぁ。俺が嘘を吐くメリットってなんだろうなぁ。


 と、とりあえずだ。

「えーっと、それで聞きたいことがあるんだけど……」

「元の世界に帰してください」

「どうやったら帰れるの?」

 知らんがな。


 というか、こっちが聞いているのに、なんで、それに答えずにさ、さらに聞いてくるかなぁ。


「君らを元の世界に帰す方法は知らない。それにさっきも言ったように、戻ったところで居場所なんて無いかもしれないよ」

「それでも戻りたいの」

「そうだよ。僕らは好きでこの世界に来たワケじゃない」

 いや、だから、それを俺に言われてもなぁ。それにさ、それを言うなら俺だって好きでこの世界に来たワケじゃあないしさ。


 俺は困り、ウェイの方を見る。

「ひひひ、こやつらが何を言っているか分からないんだがね」

 そうだよなぁ。


 現在、賢者と通訳の犬頭を除くと異世界人の言葉が分かるのは俺くらいか。あー、後、猫人の料理人さんと、その王様も、か。機人の女王と、ここで働いている魔人族の皆さんも少しは扱えるんだったか?


「ひっひっひ、それでも、こやつらが帝を軽んじているのは分かるがね」

 蟲人のウェイのフードに隠れた真っ黒な瞳が不気味なくらいに輝いている。恐ろしいなぁ。

「まぁ、とりあえずは、えーっと、自分に任せてください」

「ひひひ、帝が言うならば」

 蟲人のウェイが頭を下げ、一歩下がる。


 まぁ、アレだ。俺も同じようにいつの間にか、この世界に来て、それで死んで、生まれ変わって――まぁ、そういう側だから、この子らの気持ちも分からないでもないからなぁ。


「好きでこの世界に来たワケじゃないのに、こんな扱いを受けるなんて理不尽だよ」

 でも、うーん、なんだかなぁ。

「えーっと、それをこちらに言われても困るんだが」

「僕たちは、あなたのせいでこちらの世界に連れて来られたんですよ」

 そうなの?

「そ、それに、こ、こんな場所に拉致して……」

 もう一人の少女がそんなことを言っている。


 ……そうなのぉ?


 って、それは合っているか。拉致したのは間違いないけどさ。


 うーん、でもさ、こんな場所って……さっきまで馬鹿みたいな勢いでうどんを食っていた人の言葉じゃあないよなぁ。


 というか、だ。


 周り全部が敵で、その敵の本拠地で、こんなにも好き勝手なことが言えるって凄いよなぁ。どういう神経をしているんだろう。


 はぁ、仕方ないなぁ。


「はいはい、えーっと、そうだねぇ、そこの猫人の料理人さんの主である王様は異界を渡る能力を持っているらしいから、もし、出会えたら君らのことを伝えるよ。それでいいかな?」


 俺の言葉を聞いた少女たち二人が、突然、泣き始めた。


 わんわんと大泣きである。


 え?


 なんで?


 意味が分からないんですけど。


 俺の問いかけには答えてくれないし、こちらが譲歩したら泣き出すし、ホント、意味が分からない。


 俺はどうしたらいいんだ?


 ……。


「あー、えーっと、この二人に甘いものを出してやってくれ」

 俺は猫人の料理人さんにお願いする。

「正しい選択だと思いますよ」

 異世界人の言葉が分かり、先ほどのやり取りを把握した猫人の料理人さんが苦笑して、そんなことを言っている。


「私の分は……?」

 元鎧姿の犬頭が空気を読まずそんなことを言いだしている。いや、うん、そうだよな。言葉が分からないから、どんな話の内容だったか分からないものな。唐突に甘いものって言われたようなものだもんな。催促するよな。


 ……って、するか?


 催促するか?


 一応、俺、ここのトップのはずなんだけどなぁ。そりゃあ、厳しすぎる上司よりは親しみのある感じになろうと思っているけどさ。


 コイツ、少しフレンドリィ過ぎやあしないだろうか。


 はぁ。


「コイツにもお願い」

 なんだかなぁ。


 全然、話が進まない。


「あー、ウェイも後はやっておくから、ご苦労様」

「ひひひ、帝のご命令とあれば、ですよ」

 そう言いながら、何故か椅子に座っている。


 ん?


 あー、ウェイも甘いものを食べるつもりなのか。


 ウェイも、虫のような姿をした蟲人だからか、甘いもの大好きだからな。虫って木の蜜とか吸ってるもんな。


「ウェイの分もお願いするよ」

「了解ですよ」

 猫人の料理人さんが頷き、厨房の方へと消える。


 それからしばらくして運ばれてきたのは……、


 蜂蜜のようなものがかかったパンケーキだった。


 えーっと、前も同じものじゃあなかった? ちょっと手抜きじゃない?


「今日もパンケーキですか」

「各種小麦粉が多いですからですよ。凝ったものを作るより、提供の早さを重視したんですよ」

 猫人の料理人さんが笑い、小さくお辞儀をする。


 なるほどなぁ。


 そういえば、さっきの料理もうどんだった。うどんって、確か、小麦粉から作られているんだよな?


 あるもので調理するとこんな感じになるか。材料も限られているし、不満を言うのは贅沢か。


 さっきまで泣いていた少女たちが無言でパンケーキを口に運んでいる。その顔は幸せそうだ。


 あー、うん、甘いものを食べたら幸せ一杯になるよな。


 ……でもなぁ。


「とりあえず、食べ終わったらこちらの話を聞いてくれるかな? こちらが聞いたことには答えて欲しい」


 たく、同情して大甘な待遇で迎えているんだから、少しは話を聞いてくれよ。

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