370 拉致するぞ

「な、ここは?」

 抱えていた少女が驚き、キョロキョロと周囲を見回している。俺は、その脇に抱えた少年のような少女が驚いている隙を突いて、人種の遺産らしき眼鏡を取り上げる。せっかく捕まえたのに転移して逃げられても馬鹿らしいしな。


「待っていたのじゃ」

 神域に入ってすぐに機人の女王がやって来る。

「あー、えーっと、ただいま」

 シュタっと片手を上げ、とりあえず機人の女王に挨拶を返しておく。


「何をしているのじゃ。先ほどのアレといい、どういうことなのじゃ?」

 最初に送った少女も上手く処理してくれたようだ。

「あ、えーっと、そちらはどうなりました?」

「あの気絶していたものなら怪我していた足を治療中なのじゃ。そういうことでこちらに送ったのであろう?」

 おー、気が利く。さすがは機人の女王。空気は読めないけど、先手を取って気を回すことが得意なだけはある。いつもなら聞いてからやれって言いたいとこだけど、今回はグッドジョブだな。


 にしても、気絶していたのかぁ。足に草が生えた程度で気絶するとか、根性がないなぁ。いや、まぁ、それだけこの世界になれていないってことなのか。まぁ、騒がれるよりはいいけどさ。


「こ、ここは魔王城なのか」

 脇に抱えた少年のような少女がそんなことを言っている。いや、違うけど。神域だけど。ここって、ちょっと荘厳な感じがしない? 部屋の脇に巨大な騎士鎧みたいなゴーレムが並んでいるしさ。割と神秘的な感じだと思うんだけどなぁ。


「こやつは何を言っているのじゃ」

 機人の女王が唇を歪めて笑顔を作っている。おー、表情を出せるように頑張っているな。でも、こういう場面で使う表情じゃあないよなぁ。そこは要勉強だな。


 と、それは今は関係ないな。


 言葉が分からないんだった。


 通訳が必要になるのは不便だよなぁ。この子らもさ、そういう言葉が分かるようなスキルは願わなかったのだろうか。それとも異世界だと無条件で言葉が分かるようになるとでも思っていたのかなぁ。


「えーっと、言葉が……」

「ここは神聖な領域なのじゃ。その魔王城などという不穏な場所ではないのじゃ」

 うん?


 あれ?


 機人の女王が普通に異世界の言葉を喋ってるぞ。しかも理解しているような感じだが、どういうことだ?


「えーっと、この子らの言葉が分かるんですか?」

 機人の女王が悲しそうな顔を作り、腕を腰に当て得意気に胸を張る。いや、だから、表情が違っているって。表情の作り方を教えたのは誰だ?


「うむ。おぬしが偶に呟いているのを聞いて、理解したくなったのじゃ。だから教えて貰ったのじゃ」


 ……。


 え? 俺、呟いていた?


 うーん、独り言が多かったのだろうか。


 これは気を付けないとなぁ。


「って、誰から習ったんですか?」

「あの猫の料理人なのじゃ」

 え?


 猫人の料理人さん?


 まさか異世界の言語が使えるのかよ。って、そういえば、あの人も異世界人だったか。もしかすると同じような言語を使っているのかもしれないなぁ。


 しかしまぁ、いつの間に習得したのやら。


「他にこの言葉を使える人は居ますか?」

「今はまだ、わらわだけなのじゃ。じゃが、あそこで働いている者の何人かはいずれ使えるようになると思うのじゃ」

 お、おー。


 食堂で働いている魔人族の女性の何人かが喋れるようになったら助かるな。この子らのために、いちいち、俺が出張ってくるのも面倒だしなぁ。


「は、な、せ」

 脇に抱えた少年のような少女が暴れている。話に着いていけなくなったから、とりあえず暴れておこうとでも思っているのかな。暴れたところで逃げられるワケでもないのになぁ。相手の印象を悪くするだけだろ。


「えーっと、とりあえず城の方に戻ります。機人の女王はさっきの少女が目覚めたら、食堂まで連れてきてください」

「うむ、分かったのじゃ」

 機人の女王が頷く。


 さて、と。


「僕をどうするつもりだ」

 叫んでいる少年のような少女を無視して名も無き帝国の中庭行きの輪っかに入る。


「ここは、また……ゲートなのか」

 ぶつぶつと呟いている少年のような少女を無視して城に入る。まぁ、アレだ。こっちの方が魔王城だよ。俺は魔王じゃあなくて帝だから帝城だけど、まぁ、この子らには魔王の方が分かり易いだろうから、それで構わないけどさ。


「た、助けてください」

 俺が城に入り食堂を目指して歩いていると見覚えのある犬頭が助けを求めながら駆け寄ってきた。えーっと、確か、うん、ここに放置した騎士鎧の犬頭の女だな。


「えーっと、何があった?」

「助けてください。団長に殺されます」

 犬頭が泣きそうな声でそんなことを言っている。あー、赤髪のアダーラか。こいつ、獣人族の中に放り込んだからなぁ。身体能力が全然違うだろうし、あのアダーラが気を利かしたりとか手加減をしたりとか出来ないだろうし、そりゃあ、死にそうになるか。


 ……。


「えーっと、とりあえず一緒に来てください」

「は、はい!」

 犬頭が飛びつくような勢いで俺に縋り付く。


 う、うーむ。


 新たなお荷物を加えて食堂を目指す。


 その食堂では猫人の料理人さんが後片付けを行っていた。もうそんな時間か。


「どうしました? 食事ですか?」

 こちらに気付いた猫人の料理人さんがそんなことを言っている。

「はい、この二人の分もお願いします。それとこの子に異世界の言葉を教えて貰えませんか?」

 俺は犬頭を指差す。

「んで、君はこっちの少女と、後もう一人くるけど、この子らにこちらの言葉を教えてあげて。上手くやれば、自分の方からアダーラ……団長には良く言っておくから」

 俺は犬頭にそう告げる。


 両方が言葉を憶えれば、少しはやりやすくなるだろ。


 この少女らも今まではこちらの言葉を憶えようとしていなかったようだけど、ここで死ぬ気で頑張ればすぐに使えるようになるだろ。

 必死さって大事だよな、うん。

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