308 二人の少女
俺を囲んでいる狼たち。その囲みを突き破ってやって来た二人の少女。二人とも随分と幼い。良くて十代半ば、もしかすると十代前半くらいかもしれない。この世界では珍しい黒髪黒眼の人らしい人の姿をした少女たちだ。もしかすると猿系の種族とかか?
……。
少女たちは俺の方を見て必死に手で伏せるような身振りを繰り返している。俺は思わずため息が出そうになる。
猿系の種族? んなワケあるか。
分かってるさ。この子たちが異世界人だろう。てっきり猫人の料理人さんみたいな姿かと思ったが、普通に人だな。もしかすると猫人の料理人さんとはまた違う異世界から呼ばれたのかもしれない。
……。
思っていたよりも早く、思わぬところで出会してしまった。この子らか、この子の仲間がプロキオンやアダーラを殺したのか。
殺したのか。
「大丈夫だから、お姉ちゃんたちは強いから任せて! ちぃちゃん、他に敵は?」
元気が有り余っている感じの少女がもう一人の大人しそうな子に話しかける。その大人しそうな少女が手に持った円盤のようなものを確認している。
……あれ、盾じゃあないよな? 手のひらサイズだし、盾にしては小さすぎる。
「周囲には、うん、他に敵はいないよ。この五匹だけだね」
もしかして魔獣を感知するレーダーみたいなものなのか? それを使ってここまで来たのだとしたら要注意だな。
「うん! ちゃちゃっとやっちゃうね!」
元気な方の少女が手に持った杖を掲げる。てっきり剣で突っ込んでくるのかと思ったが、違うようだ。この二人、何のために剣を持っているんだ?
その掲げた杖から炎が吹き出る。そう、炎だ。
俺は慌てて飛び退いて炎を回避する。炎が周囲の木々ごと狼を飲み込み喰らっている。おいおい、森で火を扱うとか正気か? 自爆するつもりか? というか、伏せろって、俺が伏せていたら一緒に炎に飲み込まれていたぞ。殺す気かっ!
「あ、あれ? 火の玉を飛ばすつもりだったのに、おかしいな?」
元気な方の少女はのんきに首を傾げている。おいおい、自分で生み出した炎に飲み込まれる前に逃げた方がいいんじゃあないか? 馬鹿なのか?
くそっ、俺が何とかするべきなのか?
……。
いや、待て。
何者かが近づいてくる気配がある。この少女の仲間か?
次の瞬間、燃え広がっていた炎が凍り付いた。そう炎が凍っている。氷の魔法か? なかなかの力のようだ。
そして、現れたのはローブ姿の犬頭だった。走ってきたのか息を切らしている。
「待って、ください。急ぐ、駄目です」
カタコトで少女たちと同じ言葉を喋っている。タブレットに表示されない言語か。少し気になるな。
「ねぇねぇ、この子、頭の上に耳が付いている! 猫みたい、可愛い!」
と、そんなことを考えていた俺の背後に、いつの間にか元気な方の少女が立っていた。
な、んだとっ?
気配を――動きを感知出来なかった? どういうことだ?
「その形、猫じゃなくて狐だと思うよ。でも、確かに可愛い」
大人しそうな方の少女まで俺の側に来ている。
俺が可愛いだと? こんなガリガリの姿を見て可愛いとか……あー、あれか、自分より下だと思っているから、それを可愛い、可愛いとマウントを取っているのか? あー、でも、最近は食生活が改善したから、俺もそこまでガリガリじゃあないか。
「ねえねえ、この子、なんでこんな場所に居たのかな? 両親とはぐれたのかな?」
「横に耳はないみたい。四つ耳ではないよ」
少女たちは俺を囲み、二人して楽しそうにきゃっきゃと笑っている。森が燃えそうになったのにのんきなものだ。
「待つ。危険、私、話します」
息を整えたローブの犬頭が俺の方へと歩いてくる。さっきの氷の魔法は、この犬頭がやったのか。種族は間違いなく、はじまりの町の門番と同じフォーウルフだろうな。フォーウルフは武器を使って戦うのが専門で魔法はあまり使わないイメージだったけど、大陸では違うのかな?
「忌み子がここで何をしている? その背負った荷物……探求者の荷物持ちか?」
犬頭が睨み付けるような顔で先ほどまでのカタコトとは違う流暢な言葉を使い話しかけて来た。いや、これ、獣人語か。俺も獣人語で返事をした方が良いのか? 共通語だと厄介なことになるかもしれないな。
「何を言っているのか分からないですけど、そんな風に喋ったら、この獣人の女の子が怯えます!」
元気な方の少女が背後から俺に手を回し抑えこむように抱きかかえる。大きめの背負い鞄が押し潰されそうだ。大切な食料と水が入っているから勘弁して欲しい。
「これ、獣人、違う。獣人族に、睨むられる。駄目です。呪われた、力だけは強い。荷物持ち」
犬頭が慌てたようにカタコトで少女たちに話しかけている。
あー、俺、ハーフらしいからなぁ。四種族だとそういう偏見がなかったから、忌み嫌われているって設定を忘れていたよ。んで、ハーフだと魔法が扱えない代わりに力が強いって思われているんだよな。だから、その怪力を買われて探求者の荷物をやっているとでも思われたか。探求者というのも懐かしい言葉だな。一応、俺も組合員だったしなぁ。
「え? この子、獣人じゃないの?」
元気な方の少女は何故か俺の頭をこすっている。髪が乱れるし、止めて欲しいのだが。
これ、どうしようかなぁ。
ここで皆殺しにしてなかったことにするのも不味いだろうしなぁ。それに油断していたとはいえ、動きを察知出来なかったのも気になる。甘く見るのも不味いか。
とりあえず、成り行きに任せてみるか。
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