四章 勇者に敵対するもの

307 邂逅

『ふむ。帝よ、本当にここで良いのだな』

「はい、あまり都市に近づくと攻撃されかねないので、ここで大丈夫です」

 俺は竜の姿になった天人族のアヴィオールの背から飛び降りる。


 名も無き帝国の拠点である島から海を越えて西にある大陸。ここにあるスターライト皇国――その皇国の一都市であるハーモニウム。そこは都市全体が学園になっているらしい。そこが俺の目的地だ。


 巨大な竜の姿をしたアヴィオールが都市に近づけば先ほどの俺の言葉通り、都市から攻撃を受けてしまうだろう。それでアヴィオールがどうにかなるとは思えないが、異世界人が持っている人種の遺産には何があるか分からない。油断は出来ない。


 獣人族の国で撃ち落とされた前例があるしなぁ。


 素直に俺が一人で歩いて行くのが正解だろう。


 俺は背中の鞄を持ち上げる。水は生み出せるし、食料は充分な量を用意している。それでも足りなければ、最悪、魔獣を食べるか、魔素で何とかすれば問題ないはずだ。


 ま、いざとなればリターンの魔法で拠点に戻れば問題なしだ。というか、猫人の料理人さんの美味しいご飯が食べられるし、そっちが正解なんじゃあないだろうか。


 俺は飛び去るアヴィオールに手を振り、歩き出す。


 城で見せて貰った地図では、都市があるのは……さらに西だったよな。全力で走れば一日で辿り着けるだろうけど、もし、その姿を見られたら、うん、問題だよな。離れた場所からこっそりと都市に向かっている意味がなくなってしまうな。だから、まぁ、焦る気持ちはあるけれど、それでも、ぐっと、その気持ちを抑えて、一般人が普通に行動しておかしくない速度で歩いて行こう。


 都市に着いた後は潜入している四種族の下部組織と接触して異世界人の情報を手に入れよう。それがとりあえずの目標だな。


 草原を歩き、森に入る。とにかく歩く。


 都市を目指し、なるべく人目につかないように気を付け、道なき道を歩いて行く。陽が落ちればスパークの魔法で火を起こし、簡単な食事を行い眠りにつく。魔獣が現れればそれを叩き潰す。

 この大陸の魔獣はそれほど強くないようだ。狩りに行った島はもちろんのこと、拠点のある魔人族の里と比べても格段に弱い。魔力を纏わせなくても蕾の茨槍で貫くだけで倒すことが出来る。

 数だけは多い狼のような魔獣、ヌルヌルとして槍を弾きそうな姿なのに一撃で貫き殺してしまったオオサンショウウオのような魔獣、唾を飛ばすだけの鶏のような魔獣。出会った魔獣はどれもこれも雑魚ばかりだった。


 魔獣を倒してあふれ出た魔素は全て貯金している。


 そう、貯金だ!


 何かあった時のために魔素を保管出来ないかと考えていたところ、なんとなくで出来てしまった。何も無い空間に魔素を突っ込んでいるような感じだ。なんとなくで出来てしまった俺の才能が恐ろしい。

 この方法なら無駄にレベルを上げることもないし、霧散してしまう魔素を無駄なく保管することが出来る。魔石も砕き、魔素として霧散させて貯金だ。魔獣が襲いかかってくるだけで魔素が貯金出来るのだから、俺は幸運だな。魔素を貯めておけば、いざという時にまたタイムの魔法を使うことが出来るだろう。だから、どんどん貯金だな。魔石を吸収するのと違って、意識を失ったり、体を乗っ取られそうな痛みに耐えたりする必要がないから楽だしな。


 そんな感じで何事もなく旅が続く。


 そんな何事もなく、順調だったから、俺は油断していた。そう、油断していた。それは、そろそろ学園都市の入り口にさしかかるだろう時だった。


 森の中を歩いていた俺は狼のような魔獣に囲まれる。あまり強そうではない。俺の威圧感が足りないのか、それともレベルが低いことが原因なのか、俺を取り囲む狼たちは餌を見つけた喜びを全身で表現するかのように、うーうーと楽しそうに唸っていた。


 やれやれだな。


 狼たちを蹴散らして魔素に還元しようと右腕に巻き付けた蕾の茨槍を起動させようとする。


「ねえ、あれ!」

「女の子が狼に襲われようとしている? 助けなくちゃ!」

 声。


 そう、声だ。


 だが、俺が気になったのは声よりも、その言葉だ。


 共通語じゃあない。辺境語や獣人語でもない。ましてや魔人語なはずがない。スキル一覧に入っていない言葉だ。なのに理解出来る。


 じゃあ、この言葉はなんだ?


 なんで俺が分かる言葉が――聞こえるんだ?


 いや、それよりも、だ。


 俺は腕に巻き付いている蕾の茨槍の起動を止める。


 そして、声の方を見る。そこには二人の少女の姿があった。何処かで見たような服の上に鎧を身につけ、手に剣を持った少女たち。


 気付かなかった?


 油断していた?


 いや、それよりもこの状況をどうするか、だ。


 この少女たちは都市からやって来たのか? それなら上手く取り入れば都市に入り込めるか?


「私たちが助けるから伏せて!」

「駄目だって、通訳さんが居ないと私たちの言葉は通じないよ!」


 なんだ?


 この状況はなんだ?


 少女は分からないと言っているが普通に分かるぞ。それに通訳? 通訳ってどういうことだ? この皇国の人間じゃあないのか?


 いや、それよりも、だ。


 少女たちがそう言うということは……俺は言葉が分からないふりをした方が良いのか?


 それなら、現状維持でオロオロしているのが正解か?


 どうする、どうすれば!?

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